昨日の朝、電話機が鳴って受話器を取ると、「もしもし」というような声が聞こえて、姉の声だと思った私は思わず「どうしたん?」と方言で応えた。しかし、それが間違いであることは、それ以上向こうの声を聞くまでもなく気づいた。なぜなら姉は癌で入院していて、それも末期状態で重症化していたから、電話などかけられるはずがなかったからである。
そしてそれは姉の子(姪)からの電話で、やはり「今しがた息を引き取った」という報せであった。先々月「危ない」という報せで会いに行ったときの弱々しい姿が思い浮かぶ。ひとまわり以上歳の離れた姉は、結婚してから別姓になってはいるが、男兄弟が誰も帰らないこともあって、私たちの生家に住んでいた。だから、高校を卒業して以来、遠く離れた関東で暮らしている、そして結構早くに両親が亡くなった自分にとっては親のような存在だったのかもしれない。ずっと昔、街に連れて行ってもらったとき姉が「お母さん」と間違われていたことを思い出す。
今まで姪の声を姉の声と似ているとは思ったこともなかったのに、今回は姉の声に聞こえた。姉が最後の別れを言いたかったのだろうか。・・・こんなことを書いていたら、突然涙があふれてきて止まらなくなってきた。これから新幹線に乗る・・・。
そしてそれは姉の子(姪)からの電話で、やはり「今しがた息を引き取った」という報せであった。先々月「危ない」という報せで会いに行ったときの弱々しい姿が思い浮かぶ。ひとまわり以上歳の離れた姉は、結婚してから別姓になってはいるが、男兄弟が誰も帰らないこともあって、私たちの生家に住んでいた。だから、高校を卒業して以来、遠く離れた関東で暮らしている、そして結構早くに両親が亡くなった自分にとっては親のような存在だったのかもしれない。ずっと昔、街に連れて行ってもらったとき姉が「お母さん」と間違われていたことを思い出す。
今まで姪の声を姉の声と似ているとは思ったこともなかったのに、今回は姉の声に聞こえた。姉が最後の別れを言いたかったのだろうか。・・・こんなことを書いていたら、突然涙があふれてきて止まらなくなってきた。これから新幹線に乗る・・・。