今日から数日間親はショートステイに行くので、その施設まで送っていった。


 部屋まで入ってほんの少しの間、雰囲気を見てみたが、日常的に施設に入所することを想像すると、「どうなんだろう」と考えてしまった。別に今日連れて行った施設に入るということではなく、“施設”に入所すると言うことを想像したわけです。


 ほとんど今いるフロアでしか移動できない。外の空気を吸いたいと思ってもできない。人とおしゃべりすることが好きな親にとってこういう環境は精神衛生上いいのだろうかと・・・。


 かといって、自宅での生活にも限界が来ているよう思う。9月の介護計画を考えているが、ヘルパーに来てもらえば僕は楽になるが、その分リハビリをする時間を削らないといけなくなる。リハビリをしたところで薬が効いている様子がないので、状態は悪くなる。だからといって、リハビリをしないわけにはいかない。リハビリを増やせば家事等々は結局自分でしないといけなくなる。


 その堂々巡りで最近は頭を痛めている。相談できる人もいないので、 そうしたら親にとっても、自分にとってもいいのかわからない。二人が共倒れにならずに済んで、ちゃんと暮らせる方法はないものだろうか。

 朝食後、親がめまいが酷いというので、医者に連れて行った。


 吐き気はないようだが、滝のように汗をかいていたので、血圧が高いのだろうと思った。 玄関先に置いた車椅子に何とか乗せて、そのまま近くの病院まで連れて行った。車でも良かったのだが、乗り換えを考えるとこのまま連れて行った方が良いと思ったので、車椅子のまま連れて行った。


 この数日、血圧が高く、中央病院の主治医に薬のせいかどうか聞こうと思っていた矢先だった。近くの病院は他に主治医がいるということなので、応急措置程度しかしてくれなかったが、何とか粘って点滴はしてもらえた。というより、まだ目が回っているのに家に帰そうとするから、「入院させてください」と言ってみたら、「入院は無理だが、点滴はしよう」ということで、してもらった。


 どうも余談が多い医師で、検査の結果を聞きに診察室に入っても、世間話をしてからでないと結果は言わなかった。結果がまず聞きたいのに、細胞の数がどうとか、そんな話をされても迷惑だということが医師にはわからないのだろうか。雰囲気を和らげるためなのかもしれないが、早く原因が知りたいのに・・・。


 今後も医者選びにまた悩みそうである。段々主治医が遠くなるが、状態は悪くなる。だから今度主治医を代えるとしたら、近くの医者を選んだ方が良いのか・・・。

 親が転倒し始めておおよそ半年が経つ。


 この半年の間にだいぶん状態の悪化が進んだ。最初の頃は転倒はするが、普通に歩けていた。それが段々普通に歩けなくなって、シルバーカーを使わないと歩けなくなった。そのシルバーカーがあれば自分一人で外出できていたのが、目的地に着いて帰る頃には疲れてしまって、足が前に出なくなり、誰かに連れて帰ってもらわないとダメになった。


 少し前はもう一人では外出はほとんどできない。といっても僕が留守の間に近所に出かけているみたいだが、それも今は難しいかもしれない。これからどこまで悪くなるのだろうかと考えてします。薬は効かない、リハビリをと言うが神経的に歩行できない状態を改善しないとどうしようもないと素人ながら思うのだが、それもどこまでできているのかわからない。


 転倒しなくても、今年中に自分ではほとんど歩けなくなるような気がする。その時どういう対応をすればいいのか今から考えていかないといけないのだろう、たぶん。

 今朝、民生員から電話があった。


 施設に入って方が良いのではないかとのことだった。しかし、親の介護度では入所は難しいと返事すると、民生員は「歩けないから、ほとんど寝たきりと同じなのにね」と。親の状態を見れば、第三者から見るとあの歩行障害は“寝たきり”に見えるのだろうか。


  悪気があっての発言ではないだろうが、“民生員”という立場の人間が言っていい言葉なんだろうか。

 9月からの介護計画を考えているが・・・。


 8月の分(修正)はほぼできて、月曜日にケアマネージャーに伝えれば、完了するのだが、9月分が決まらない。いろいろ練ってみてはいます。親の筋力の低下させず、自分の生活時間も確保しつつ、親の見守りができる、という欲張りな計画を思案しているが、どれもネックになるのが親の行動。


 「これはヘルパーに頼もう」と思っても、そのヘルパーが家に来てやってくれるのが、おそらく待てないだろうと思うと、練り直しです。強引に待たせると、親のストレスにもなるだろうし・・・。上手くはいきません。


 一番怖いのが転倒と火です。転倒したらどこを打つかわからない。頭とは限らず、腕かもしれない。その転倒で骨にヒビでも入れば自分ではしばらくご飯を食べたりできなくもなり、いろいろと不便にもなろう。そのことがストレスになるし、転倒をきっかけに認知症にでもなれば、と思うと・・・。


 火はどうしても火事につながるし、化学繊維の服に燃え移ると大やけどしかねない。それに沸騰した鍋をふとしたことで被ってしまうことも考えてしまう。いろいろ考えるから、ヘルパーを頼んだり、触らせたくないのに、親としては「悪いのは足だけだから、これくらいできる」と思っているようである。


 なぜしてはいけないのかを、理由を話しても聞かない。どうしたらいいのやら・・・

 今日はショートステイしている施設に迎えに行って、病院の受診をしてきました。


 処方してもらった薬を飲んでも、変わりないように思うのだが、医師はそうは考えていないようだ。目の前に指をかざし、それを見ているように言って、その指を上下に動かす。その診断によると2週間前は上に上がる指を顔を動かさずに追えなかったのに、今日は少しだけ追えるようになっているようだった。


 だからなのか、もう1種類薬が増やされた。2種類になったパーキンソンの薬、効いてくれるのだろうか。最初の神経内科の医師に言われたことだが、「パーキンソン病ならパーキンソン病の薬は効くが、パーキンソン症候群には効くかどうかはわからない」と。効いてくれることを祈るのみである。

 昨日、ケアマネージャーと今後について話をしました。

 

 今後といっても、9月の話です。在宅を中心とするのか、施設介護を中心とするのか。今は使っていないヘルパーを利用するかどうか、などについて話をしました。


 その中で、この前のショートステイでもTV漬けについての施設側の“言い訳”を聞きました。要は身体についての状態を把握するためだったそうです。本当でしょうか。疑うわけではない・・・というか、疑っています。身体の状況について把握するのにショートステイした5日間すべて必要だったということなんでしょうか。


 一人で見守りをするわけではなく何人かで行うのだから、最初は把握するのに時間が必要でも、後半は様子を見ながらリクレーションに参加をさせることは可能だったはず。こちらがクレームを付けたから、もっともらしい言い訳をしているようにしか見えない。プロのやることではない。何て施設だろうか。今月もう1回使うが、それ以後は使わないでおこうと思う。


 それから、9月からのプランだが、1ヶ月でどの程度病状が悪化するかが予想できないので、今立てても意味があるのかと思うが、今から基本方針のようなものだけでも考えておくのも必要だろう。しかし、施設では安全・転倒防止が第1なので、車椅子移動は仕方がないとのこと、それがイヤなら多少の危険をとって在宅中心の介護を、とのこと。


 安全をとるか、筋力低下防止をとるか、ということである。要は施設で面倒見て欲しければ、施設側の“ことなかれ”に従えってことだろう。でも、その選択を迫るのって正しいのだろうか。介護保険ができてから雨後の竹の子のようにできた施設では多くを望めないということなんだろう。

 今日は公証人役場に行ってきました。


 いろいろ手続きをするにはこの方法が一番だろうと思って、手続きをお願いしに行った。今の状態だと銀行の口座から現金を引き出すにも、委任状がいる。その委任状は、当たり前だが、自筆でないとダメだが、どうも面倒みたいだし、これから病状がどうなるかわからないので、もし入院にでもなったら、いちいち委任状を書いてもらいに行くのを考えると、任意後見かなっと思っている。


 しかし、これにもまだ問題がある。後見監督人を誰にするかである。本来ならば、兄ということになるのだろうが、数ヶ月に1回しか来ない人を後見監督人にしても、何が監督できるのかと思ってしまう。実質的には事細かく監督するわけではないのだろうが、どうも気が進まない。


 また、思案することが増えた。(>_<)

 今日はケアマネージャーにこの前行ったショートステイとは違う施設を探して欲しいとお願いした。


 というのは、まず施設内の移動がほとんど車椅子だったこと。確かに歩行には不安があり、転倒しないかと見守りが必要なので、施設側としては“仕方がない”という理屈なのだろうが、今現在歩けないのは神経的に歩行が困難になっているだけで、身体機能的には問題はないので、四六時中車椅子移動だとその身体機能面も低下していくのは素人でもわかる。なのに施設は歩行機能よりも転倒を避けることにしか目が行っていない。そんな施設側の理屈よしとするわけにはいかない。


 次に契約の際、同じ施設内の別の階でデイケアか何かのリクレーションを行うので、参加させるという話だったのだが、全くなかったようである。それ以上に、1日TVを見て過ごしたらしい。人がTVを見ることが“ボケ”に繋がるということは素人にもわかることだが、1日中何もさせずにTV漬けにしていたようである。スタッフの誰かが手が空けば、少しだけ自分で車椅子を使う練習だとか、シルバーカーを使ったリハビリはしたらしいが、大半はTVの前で過ごしたようだった。


 まだある。土曜日にお風呂に入れてもらったときに、あるスタッフに「洗濯は自分でします」と言ったら、そのスタッフは「自分でできるなら、来ないでいい」と言われたらしい。どういうシチュエーションだったか、言い方がどんな感じだったかはわからないが、そういうことを利用者に言ってもいいと思っているのだろうか。それにどういう教育をしているのだろうか、と呆れてしまう。


 TV漬けのことと、“来るな”と言ったことを考え併せれば(それに物凄く悪くとれば)、親の様子をみたスタッフ達が控え室なんかで、「転倒させると責任とかが生じるので、ベットからはあまり動かさないでおこう」という話になっていて、その時に「面倒くさい、来なければいいのに」って言い合っているように思える。


 その施設に来ていた他の人は一人ではなにもできないような人ばかりだったようで、その中にかろうじて自分で歩ける利用者が来れば、その分負担が増える。車椅子に乗せて機械的に食堂や風呂場に連れて行って、流れ作業をして、“仕事”が片づくのに、自分で歩ける利用者は“不調和音”でしかない。そういうスタッフ達の考え方が見えるのだが、考えすぎだろうか。


 この前行ったショートステイはそんな感じだったので、ケアマネージャーに違う施設を探してもらって、9月から順番に体験的に入所して、良いところを探すことにした。まだまだ不安は続く。

 今日、親がショートステイから戻ってきた。


 夕食は施設で済ませてきたので、寝る時間まではゆっくりしていた。施設の様子を聞いてみたが、どうもイマイチのような感じである。


 他の人は自分で何もできないような人ばかりだったようで、親の方に歩行障害だけでは利用しない方が良いのかと考えてしまう。といっても、ずっと親とやっていく自信もないし、それに家の中でははい回っているので、ヒザの傷が治りきらないので、ショートステイで一時的にはい回る生活から解放されれば、ヒザの傷も治るだろうし、施設の人に見守りをしてもらいことで、転倒しないだろうから、親にとっては良いと思うのだが・・・。