昨季限りで現役を引退したデイリースポーツ評論家・金本アニキ氏が語る新連載
「21年間の舞台裏」をスタート。
第1回は「プロ初安打」。
これまで語ったことのない、あのシーンの舞台裏に隠れた秘話をアニキが語り尽くす。
僕は変なプロ野球選手でした
20年前のことです。あの頃の自分を振り返れば、そんな表現がぴったりだと思います。
プロ初安打は、はっきりと覚えています。
93年の8月8日に地元広島で、ヤクルトの山田勉投手から打った二塁打。
プロ2年目のその年は、開幕から2軍暮らし。8月1日にようやく1軍から声がかかったのですが、最初の打線は横浜戦で1ゴロ。4日後の中日戦で空振り三振。次打たなければ2軍落ち。そう思いながら打席に立ったので、初安打の打球が抜けた瞬間も喜びはまったくなくて、ただ、ホッとした気持ち。これで2軍に落とされずに済む。あと2打席はもらえる。そんな感情でした。
2本目はそれから、20日ほどたった東京ドームの巨人戦。相手投手は石毛博史投手だったと思います。結果を出せば絶対にレギュラーをとるぞ!となる。20代前半の若手なんて、皆やる気満々。でも、僕は違いました。
73キロだった体が、さらにやせ細っていったのはこ
「21年間の舞台裏」をスタート。
第1回は「プロ初安打」。
これまで語ったことのない、あのシーンの舞台裏に隠れた秘話をアニキが語り尽くす。
僕は変なプロ野球選手でした
20年前のことです。あの頃の自分を振り返れば、そんな表現がぴったりだと思います。

プロ初安打は、はっきりと覚えています。
93年の8月8日に地元広島で、ヤクルトの山田勉投手から打った二塁打。
プロ2年目のその年は、開幕から2軍暮らし。8月1日にようやく1軍から声がかかったのですが、最初の打線は横浜戦で1ゴロ。4日後の中日戦で空振り三振。次打たなければ2軍落ち。そう思いながら打席に立ったので、初安打の打球が抜けた瞬間も喜びはまったくなくて、ただ、ホッとした気持ち。これで2軍に落とされずに済む。あと2打席はもらえる。そんな感情でした。
2本目はそれから、20日ほどたった東京ドームの巨人戦。相手投手は石毛博史投手だったと思います。結果を出せば絶対にレギュラーをとるぞ!となる。20代前半の若手なんて、皆やる気満々。でも、僕は違いました。
73キロだった体が、さらにやせ細っていったのはこ