
10月頃の話。どうにも車が運転したくなり、土日にかけて仙台まで行った。
行きは国道4号で内陸から、
夜、仙台港あたりのコンビニの駐車場で、車の中で寝て、翌日は海沿い、仙台空港から相馬、福島原発、いわき、東海村、大洗、鹿島と、できるだけ海に沿って帰ってきた。
どこでも良かったし、疲れたところで寝ようと思って着いたのが仙台だっただけ。
仙台空港のあたりとか、相馬のあたり、
このあたりは海よりも低いところに、道路や家がある感じだなあ、と思ったこと、福島原発はどうにも近寄りがたいなあ、と思ったことは、覚えている。
昨年10月のある日曜日、車で走った海沿いのあのあたりは、今は走ることはできない。
その
何でもなかったことが
平和
ということだったのなら、
カタチは変わっても、
人間はまた、
この星の時間軸なら
瞬く間に
元通りの平和に
たどり着くだろう。
ただし
突然失われた
命は還らない
この悲しみを
繰り返さない
知恵と勇気を持って。

今日も新宿でゆれた。
大震災の地震を新浦安のビルで激しく体験したからか、
あるいは単にニブいのか、
何かがマヒしているのか、
今さら、ゆれる、は、あまりこわくない。
こわいのは、
高いところだったり、
トンネルを入る瞬間だったり、
混んでる電車の中でパニック症候群らしくなりそうな時だったり、
ふと突然、おやおや何だかこのまま死ぬのかな、と感じる瞬間だったり。
地震を恐怖として強く感じる人は、
本当に辛いことだろう。そしてその辛さがどれほどなのか、
私はわかっていない。
高いところが全然平気、という人に、
高いところの恐怖を話して、
「そうか、こわいんだねえ」と、
頭でわかってくれても、「きっとわかってねーんだろーなー」と感じてしまうのと、似ているのかなあ。
「みんな違って、みんないい」
と言いたいところだけれど、
違いを共有して、
なおかつ助け合うには、自分が身に付けた、いろいろな武装を解除しないと、
これから生きていくのが辛くなる感じだ。
これから「震災の」被災者の支援をしようと動き出したけど、
本当に「その人が望む支援」が何なのか、
わかろうとしないと、と思う。
「本当はこれを言いたかったんだけど、言えなかったよ」ということの無いように、
無防備でいたいと思う。
こわくないことは、
こわくないし、
こわいことは、
こわいままでいいんだ。
それはアキラメじゃない。
