第十二章 救いの手は差し伸べられるのか
城を遠くに見る森の小道。マリアンナ、舞台中央に呆然と座り込んでいる。
照明、スポットライトを舞台中央のマリアンナに当て、城の手前のアップライト(赤)を、火のイメージで点灯させる。
照明班は舞台にアップライトを、暗転中に据え付けるのに苦労していたな。危ないからやめようと何回も言われたが、彼らの目はいつもわくわくと高揚していた。俺は彼らを「出来たら達成感あるぞ~」とあおってやったっけな。
宏史は舞台を観ながら感慨にふけっている自分に気が付いて驚いた。
俺は、俺はどうしたのか?
マリアンナ「城が、城が燃えている!アルカード!」
マリアンナ、城へ向かって走るように、舞台上手へ立ち去る。
暗転。
物語は終盤へ向かって、加速した展開になる。さっきからあいつが俺に目線を送ってきていた。
見届けずに、この命を差し出すことになるか?
まあいい。いつか来るはずの、約束の時だ。
そろそろ行くか。
早川宏史はスタッフブースを離れ、客席後ろの通路を歩き始めた。警備員や警官たちの目線を浴びたが、何食わぬ顔をして。
そう、いつも俺はこう振る舞っていた。今ここにいる俺だって、演じているのだ。生まれてからずっと、こういう俺を。
演じろ。演じ続けるんだ。
焼け崩れる城の中、アルカード、舞台中央で右往左往する。
照明、赤いライトを舞台全体に当てる。
アルカード「うわ、こっちはすごい炎だ。こっちもダメだ。どこへ、どこへ逃げたらいいんだ」
マリアンナ、舞台下手から走って登場する。
マリアンナ「アルカード!無事なの?」
アルカード「マリアンナか?!なぜ戻ってきた」
マリアンナ「城が火事になっているのが見えて、あなたが心配で。さあ、早く逃げないと、ここも火が回ってしまうわ」
アルカード「マリアンナ、私は君にひどいことを。あの金を盗んだのはジノだったのに、君を疑うなんて、私はどうかしていた」
マリアンナ「今はそんなことはいいから、早く逃げましょう」
アルカード「しかしもう火が回ってきた。間に合わない」
マリアンナ「諦めないで!一緒に逃げて、二人ですべてやり直すの!こっちへ」
アルカード「マリアンナ、気でもちがったのか?!そっちはものすごい火の手が」
マリアンナ「この火の壁の向こうは、まだそれほど燃えていないの。ここを走り抜ければ、大丈夫。お願い、私を信じて」
観客は吸い込まれるように舞台に見入った。今この状況で二人がする行為は、一つしか考えられない。そのくらい二人は、愛する夫婦になり切っていた。
マリアンナ、アルカードにキスする。
アルカード、マリアンナを抱きしめ、その目をしっかり見つめてうなずく。
マリアンナ、アルカードの手を握って、舞台下手へ、炎に顔をしかめるようにしながら走り出す。
アルカード、片手で顔を覆うようにしながら、マリアンナに手を引かれて走って退場する。
暗転。
暗闇でたくさんの人たちが思った。
アルカードに手は差し伸べられた。
だが、その手は間に合ったのか?
宏史は思った。
自分には救いの手は差し伸べられない。
アルカードと違い、私は誰にも愛されないから。
・・・この期に及んでなぜ、私は誰かの救いの手を待っているのだろうか?
(続く)