「ああ、あのお方のおわす天へ、我も行きたや…」
鬼たちは雨に打たれながら揃って顔を空に向けた。雲が厚く立ち込め、稲光が走る。その先に何があるのか?その恐ろしい双眸の辺りを流れ落ちる雨粒は、まるであり得ない涙のようだった。
「ならばこれで行くか?せめて行けるか、試してみるか?」
ぎょっとなって鬼たちも、明高も振り返った。海賊船の甲板上を。
そこにすっくと立ち、小柄な美麗の少年は、風に黒髪をなびかせて見下ろしていた。
「童子…」
「お前が我らを伴っていくと?」
船の長らしい鬼の問いには答えず、童子は左の掌底を口もとに当て、何やら呪文を唱え始めた。
鬼たちはどこか恍惚となって、救いを求めるかのように両手をその神々しい白装束の少年に差し上げた。そしてすーっと浮揚し、船の甲板に乗る。何と奇異な光景か。
呆気に取られて見守る明高を残し、海賊船は錨を上げて宙へと昇り始めた。
行くのか、行ってしまうのか、天とやらへ…
「ああ、鬼切童子とやら。我らを天へ連れて行きたまへ」
「その『天』とは、いずこなるや~」
鬼たちの切なる願いに応え、童子は朗々と問いかけた。
「そは『月』なりき」
鬼の一体が答えた。
「月…、そこに『奴』や鬼切岬の灯台守がいるのか」
「あの方を『奴』などと」
聞き捨てならぬ様子の鬼たちは、しかし船頭となった童子への畏怖と、それ以上に美少年の額に小さく生えた角に恐れを抱いて言葉を呑んだ。
「いざ、『天』へ…!」
童子が厚い黒雲を見上げた刹那、真上より鬼火に包まれた世にも恐ろしい手のひらが降りてきた。
それは怒気を放って鬼たちを震え上がらせ、鬼の海賊船を叩き潰すように地上へと落下した。その通過した後には、鬼火で出来た船も鬼たちも、影も形も無くなった。
「!!!!!」
宙空へ逃れながら、掌のやってきた上空を血の色の双眸で睨みあげて、何かの名を叫んだ。
ああ、鬼切童子。ついにその名を呼ぶか。