鬼切岬の灯台守3~摩天楼の鬼~ 4.摩天楼の鬼(3) | sunada3216の書きものブログ

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 天?と見上げれば、そこには厚く雲が張り詰め、稲光が閃き雷鳴が響く。滝のような雨が絶え間なく落ちてくる向こうに、空も星も月も見えない。
「天に届くだと?Skycraper=空を削るものを意味する摩天楼と言えど、所詮は人の作った高い塔に過ぎぬ。もちろんこの街の摩天楼は人の憧憬の対象なれば、あの自由の女神と同じくらい霊力を溜めているのは確かだ…」
 つぶやくようにしながら、少年剣士は霊剣鬼切を青眼に構えたまま、敦と柴犬から目をそらさない。唄士・楽士もまた、唄と演奏をいつでも再開できるように静かに構えている。
「しかし、天に何がある?お前の言う天に、がいるのか?『天』とはどこだ?
「あるじゃないか、天に俺の行くべき場所が」
 謎に富んだ答えに、思わず童子が上を見やった。
 わずかに眼球を上に動かしただけの隙の無い剣士に向かって、電光のごとく鬼火が飛びかかった。
「任せたぞ、童子!」
「カアッ」
 柴犬の唸り声は、かすんで消え行く敦の声に応えたかのようだった。
「ひゅっ」
 尖らせた唇から放つ鋭い呼気とともに、童子の切っ先が正面へ突き出される。その速さ、まさに光のごとし。
 柴犬の眉間を貫いたかと思えた霊剣鬼切はしかし空を切り、「むうっ」と美少年が唸り声を上げて頭部を傾けるようにしてかわした物は、鬼となってなお鋭く伸びたであった。
 一瞬ニヤリと笑った霊犬が、しかし空中で軌道を変え、宙に軽々と舞い上がって、数メートル離れた地点に着地した。息を荒げたその表情に、自分が傷を負わせた相手に対する脅威が見て取れる。
「この鬼切の切っ先を2度もかわし、あまつさえ2度目は刀の嶺に乗って飛び退るとは、さすが霊犬・鬼切童子」
 感嘆の声を漏らす頬は、あり得ないと思えるほど無残に引き裂かれ、鮮血が流れ落ちていた!
 それなのに柴犬が悔しそうに吼えたのは、美少年の声が上から聞こえてきたからだ。傷を負いながらも、少年剣士は飛び上がり、アンテナ塔へ上った敦を追いかけていた。
 よーっ
 ぽん
 カン
 ヒョ~
 唄と楽器が鳴り響き、鬼切の儀式が灯台守を追い詰めるかと思えた瞬間、美少年が塔を駆け上がりながら舌打ちした。
「鬼どもやあ、こっちゃ来ーい!灯台の火はちゃんと点してあるぞ~、迷わずにこっちゃ来ーい!」
 この世の果てまで届くかと思えるほどの、常人であれば発狂しそうなまがまがしい声がとどろいた。いやあるいは、地上の人々にはこれはただの雷鳴にしか聞こえないかもしれない。
 だが鬼切童子は自身とこの都市が、未曾有の危機を迎えたことを悟った。
 アンテナ塔の頂に立ち、鬼の灯台守は高笑いして見やっていた。リバティ島の自由の女神像の松明の鬼火が赤々と燃え盛るのを。その先の嵐に荒れる海に怪しい光の渦が現れ、鬼火に包まれた海賊船が十隻ほども飛来してくるのを。
「今こそ紐育を阿鼻叫喚の渦へ!鬼どもよ、灯台守はここだ!摩天楼に災いを成せ!天へ届くほどの災いを!」
 その声を聞きながら、何ということか少年剣士はバランスを崩し、アンテナ塔の壁面で足を滑らせて落下した。
 地上でその様子がハッキリと見えた明高は、「童子!」と泣き叫んだ。
 童子とすれ違いに、柴犬がアンテナ塔へ駆け上がるのが見えた。背後から霊犬・鬼切童子が襲い掛かったのだと悟った時、敦が高笑いしながら柴犬の背にまたがって、アンテナ塔からさらに高みへ上っていくのが見えた。
「さらばだ、鬼切童子、そして源の明高よ」
 明高は涙で頬を熱く濡らした。雨の激しさなど、今は感じなかった。
 鬼の灯台守はまんまと、どこかは知らないが「天」へと向かった。たくさんの尊い命を犠牲にして…