虹の戦士 第4章「Lone Wolf」5 | sunada3216の書きものブログ

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「お前ハイジャック犯のエスパーを、生きたまま連れて帰ったんだって?」
 訓練の休憩中に同僚に訊かれた。
 勇悟が頷くと、そりゃ大したもんだなと称賛の笑顔を向けられた。
「だけどそいつ、死んだ方がマシっていうくらい、きつい取り調べを受けるだろうな」
 その通りだろうと思った。A級の能力者と言われるだけあって、手錠のような拘束具は意味を持たない。テレポーテーションやテレキネシスで解除されるからだ。では大人しく聴取できる状態にするなら・・・やはり催眠状態にするしかない。テレキネシスで脳内物質の分泌を促して眠った状態にしたり、自白剤のような薬を使うことが考えられる。通常の人間にそんな仕打ちをしたことが公に知れたら、批判されるし下手したら違法だ。
 だがエスパーが被疑者となると、通常の事件報道はまずされない。滑稽なミステリー報道と受け止められる可能性が高いし、報道する方も半信半疑だから正しく伝える労力を払うことが難しい。だからエスパーは「人としては」扱われない。
 場合によっては逃亡や反撃を図ったとして、即座に殺処分されるかもしれない。
 勇悟は自分のしたことが正しかったのかどうか、どうにもわからなかった。
 そしてその時、ふと恐ろしい考えが浮かんだ。

 もしかしたら、美理やロックも同じ方法で自由を奪われているのでは?

「ハイジャックの対応は見事だった。早速次の事案に取り組んでもらいたい」
 訓練後に会議室に呼び出され、今度は中東の紛争地域へ行くように命じられた。日本人ジャーナリストが、イスラム過激派集団に拘束されたという情報が入ったという。その状況把握をし、あわよくば救出することが任務だ。
「現地で米軍の支援をしている陸自に合流して、隊員の一人として行動しながら活動してほしい」
 早速翌日の飛行機で出国してほしいと言われた。しばらく帰ってこれないかもしれない。
「出国前に友人たちに会わせてください」
 少し不服な声で言うと、ここにはいないと言われた。
「わかってほしいのだが、我々の総力を結集しても君のESPの破壊力には及ばない。その我々が君をどう扱おうと考えているかというと、我々は君の弱点を確保して、君に単独で危険な現場・前線へ出てもらって、困難な事案の解決に協力してもらう。これしかないんだ」
 勇悟の胸に、恐怖と混ざった憤慨が湧いた。
「つまり橘さんやロックはここではないどこかにいて、それを私に隠したいと。しかし二人ともかなりの能力を有するエスパーだ。拘束するためにどんな手段を使ったんですか?」
 会議室の隅に立っていた、陸自から派遣された二人が銃を構えて勇悟に向けた。一瞬でゼロまで距離を詰められるように、前傾姿勢になっている。サイコバリアやテレキネシスで防御できる勇悟に対して、最も有効な攻撃手段はゼロ距離射撃だからだ。
 まあ落ち着けと上官が勇悟に言いながら、二人に銃を下ろさせた。
「君の危惧を否定はできない。正直に言って我々も心苦しいのだが、彼らを拘束するために薬物を使わせてもらった。意識が混濁して従順な状態になる。だが通常の食事や睡眠は取るだけの能力は保たれている」
「家畜状態ですか」
 苦い顔をしたその時、勇悟の心にその声が聞こえてきた。

 神堂君、神堂君だね?

 美理?テレパシーで答えると、睡魔にまどろんでいるような意識が「無茶はしないで」と呼びかけてきた。弱らせられた精神でも、勇悟のことを想っている。最近の「勇悟」という親しい呼称ではなく、出会ったころの「神堂君」という呼び方が、二人の距離に思えて切なかった。

 信じてる。私信じてるから。きっと神堂君が、助けに来てくれるって・・・

 美理のテレパシー能力は強い。かなり距離のある場所からでも、勇悟とコミュニケーションできる。その意思の声が聞こえにくいのは、それだけ距離がある場所にいるのか、それとも鉛のような素材で密閉された場所に幽閉されているのか、それとも薬によって精神が麻痺しているのか・・・
 いずれにせよ、今自暴自棄になって行動すれば、美理やロックはただちに殺されるかもしれない。今や内調特殊能力課は勇悟を「群れからはぐれたローンウルフ」として追い出し、言うことを聞かせるための切り札を今にも裂かんばかりに手に握っている。
 命令に従うしかなかった。
(6へ続く)