「え?本当?!」
予想以上に美理は嬉しそうだった。
「ええ」
勇悟はちょっとどぎまぎしながら笑った。
「同居している親友も、橘さんに会いたいと言ってるし、ぜひ家に遊びにいらしてください」
「じゃ、今度の土曜日に伺うね」
静かな声を弾ませて美理は言う。
勇悟は目を優しく細めて頷いた。
「コーヒーくらいは、お出しできますから」
「橘さん、もうそろそろだね」
居間でくつろいでいたロックが言う。
「うん、もう駅から向かってるって、メールがあったよ」
部屋はすっかり片付いている。二人がかりで数日前から掃除した。
「じゃあ、僕がコーヒーを入れるよ」
「え?ロックが?」
「ネットでいろいろ調べたんだ」
にやりと笑って小犬がキッチンに向かった。
「まあ、お任せください」
勇悟はその後ろ姿を見ながら、この犬のことをどう美理に説明したものだろうと思った。
「お邪魔します」
「どうぞ。駅からの道、すぐわかりました?」
「うん、スマホの地図も見たけどね」
「座ってらしてください。早速コーヒーを入れます」
「ありがとう。じゃあ、ブラックでね」
キッチンへ行ってみると、小さな相棒が二つのカップに彼の自信作を注いでいた。
「ブラックとは違いのわかる人だね」
ずいぶん懐かしいインスタントコーヒーのCMのセリフを、ネットで知ったらしい。それにしても、よくパソコンやタブレット端末を使いこなす犬だ。
「持ってくのは、僕がやるからね」
犬にいきなりカップを差し出されては、どんな顔されるかわかったものではない。勇悟は二杯のコーヒーを居間のテーブルに運んだ。
美理が一口飲んで、ニコッと笑った。
「美味しいね」
すると美理の隣に座っていたロックが、会心の表情で右前脚を突き上げてガッツポーズをした。彼は明日からずっと、コーヒーを作るのは自分だと主張するだろう。
「何がおかしいの?」
笑いをこらえている勇悟に、美理が怪訝な顔で尋ねる。
「犬が・・・」
「犬?」
美理は首を傾げながら、床に伏せている小犬を見た。目が合ってロックがしっぽを振る。
「かわいい!この子が新堂君のお友達ね?」
美理はシャレのつもりで、犬に向かって頭を軽く下げた。
「初めまして。橘美理です。よろしくね」
「こちらこそ!ロックです。出身はニューヨークだけど、日本語大丈夫だよ」
パタパタと勢いよくしっぽを振りながら、小犬が愛想笑いを浮かべた。
「まあ、そうなの・・・」
相槌を打ちかけて、美理は何者がしゃべったのかを確認して目を丸くした。
「い、犬が・・・」
ゆっくりと勇悟の方を向く顔が引きつっていた。勇悟は苦笑いしたまま、何も言えない。そしてたまらず、美理は大声で叫び出した。
「犬が、犬がしゃべった!きゃーっ」
予想外のパニック状態に、勇悟はクッションから跳ね上がって転び、ロックは「わ、どうしようどうしよう」と右往左往した。
(17へ続く)