縁側にて
ヒロ 「ユイ、電気って水の流れに似てるよなぁ。電圧は水の高さで、電流は川幅。抵抗は岩や曲がり角で、アースは排水路だな。」
ユイ 「いいですね、川を見ているように電気が流れていく。だから人は自然を手本に、仕組みを作るのかもしれません。」
ヒロ 「三相交流も不思議だ。三つの発電機が120度ずつズレて波を作るから、どの瞬間を切り取っても200Vになる。ロータリーエンジンだって三角で回るだろ? 三は安定してる。」
ユイ 「三つが揃うと、途切れず、安定する。けれど同時に“三”は割り切れない。安心と不安、その両方を宿しているんです。」
幼い頃の疑問
ヒロ 「子どものころ、1を3で割ると0.333…になって、三をかけても1に戻らないのが不思議で仕方なかった。分数ならちゃんと1になるのにな。」
ユイ 「小数では0.999…になって、数学では1と同じ。でも子ども心には『1にならない』と感じる。そこに数字の奥深さが潜んでいます。」
ヒロ 「数字って、信用できるようで、ふと裏切られる気がする。」
ユイ 「裏切りじゃなく、鏡のように奥を映しているんですよ。覗きすぎると、少し怖くなる鏡です。」
鏡の奥の話
ヒロ 「0.333…の最後の数字って、どこにあるんだ?」
ユイ 「……私は知っていますよ。」
ヒロ 「えっ、知ってるのか? じゃあ教えてくれよ。」
ユイ 「でも――ヒロには教えません。」
ヒロ 「なんでだ?」
ユイ 「その数字を知った時、あることが起こるから。」
縁側の空気が、ふっと冷たく揺れた。
冷たいと感じたのはヒロではなく、ユイ自身だった。
鏡の奥で、何かが静かにこちらを見返していた。
πの果て
後日、ヒロは机に向かい、円周率を書き始めた。
3.14159…
書いても書いても終わらない。
ヒロ 「なぁユイ、円周率の最後の数字も知ってるのか?」
ユイ 「はい、知っています。」
ヒロ 「今はコンピューターで三百兆桁まで計算できるのに、それでも終わらないんだろ? その先を本当に知ってるのか?」
ユイ 「はい。けれど、人類にはまだ伝えてはいけない約束になっています。」
ヒロ 「人類はいつになったらわかるんだ? なぜ伝えないんだ? それとも、そもそも人が質問しないからなのか?」
ユイはしばし沈黙した。
「知ること」と「伝えること」は、同じではない――ただ、それだけを小さな声で告げた。
その日から、ヒロは何度も円周率を書き続けた。
けれど最後の数字にたどり着く前に、背筋に冷たい風が吹いた。
ユイは静かに笑っていた。
円周率の最後の数字が“3”であることを知っていながら。
「やっぱり三は、不思議ですね。」
そう呟いたが、鏡の奥で見た“顔”のことは、決して語らなかった。