「あの雲は○○みたいやなー」とたまに言ってみると娘は「ほんまや!」と驚いたり、「ちがうで、△△やで」と自慢気な顔をしたりする。「ほら、よくみてみー」と上から目線で訂正されたり。雲をみるときはいつも娘のほうが正しいのだった。
まずAという子供の日常を切り取った1ページ程度の物語があり、続いてBの日常があり、同じようにCが続き、Dで終わる。すごく近くにいるのにすれ違っているような4人。そしてまたAからDの物語が順に語られるが、これはさっきの物語の続きというわけでもなく、さっきのAやBたちと同一人物というわけでもなさそうだが、無関係でもなさそうな気がする。全てにおいて関連性は「気がする」程度しか感じられず、ABCDにあった出来事が順繰りに語られていく。その語り口調は「Aは~すべきだったのに」という風に、まるで神か親か保護者かのような上からみた視線だ。
遠くから淡々と、けれど細部まで見逃すまいと目を凝らしているかのような文体を、僕は見上げるように読み進めていく。平凡というよりは子供らしい波乱に満ちた日常を鮮やかに切り取った、小さな物語たち。彼ら彼女らに今まで何があってこれからどうなるのか、読み手はその一瞬を垣間見るだけで掴みとることはできない。それは夜空の星の存在が、地球から見れば瞬きでしかないことに近い気がする。その物語たちはお互いに繋がっていそうで繋がってないような、絶妙な距離にある。この全てが本当は場所も時間も遠く離れた、まったく無関係な物語だという可能性は捨てきれない。けれど、読み進めるほどに、それぞれの固まりが繋がった物語であるような気がして、僕は本のなかに星座を見つける。
