8つの短編が収録されてる。数学が専門外のため理解出来ない短編もあったが、強烈なインパクトを残す大傑作ばかり。「バビロンの塔」「理解」「地獄とは神の不在なり」もかなり好きだけど、娘を持つ身としては表題作の「あなたの人生の物語」がたまらない。絵本を読み聞かせするとき、ときどき思い出して泣きそうになって困る。
異父兄弟の人生を描く。気が弱く内向的で歪んだ性癖を持つ文学青年崩れの弟と、冷静で論理的で科学者として成功をおさめる兄。性格も社会的地位もまったく違う二人だが、ともに孤独であり人をうまく愛することができない人間として描かれる。フリーセックス団体に入れ込む弟の屈折した性描写はどうしたものかと思わされるが、ストイックというより不感症に近い兄との落差がそれぞれの苦しみを際ださせる。二人の過酷で残酷な生い立ちから、ラスト近くの胸が痛む衝撃の展開まで、どのページも密度が濃すぎて、1ページあたりの文章が通常の本の2倍あるかのような重量感。
ニューヨーク・スケッチブック (河出文庫)
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ピート ハミル
河出書房新社
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都会を生きる人間の孤独と哀愁が漂う、短い物語が34収録されている。人生からこぼれ落ちてしまった大切なものたち。人が生きるということは、その記憶と共に歩んでゆくということが、痛烈に思い知らされる。街を歩いている時、あの時の誰かと再会してしまう時がある。バーの片隅で永遠に出会うとのない人の記憶を抱きしめている男がいる。飾らないシンプルな言葉が、とても多くのことを語ってくれる。
そんな日の雨傘に (エクス・リブリス)
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ヴィルヘルム ゲナツィーノ
白水社
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自分の人生を肯定できない。そんな46歳にして彼女に捨てられ、職を失ってしまう男の物語。と説明すると暗く沈み込んでしまう憂鬱な内容を想像してしまうけど、この主人公はネガティブな割にはなんだか楽しそうにも見える。街を歩くと昔の恋人にやたら遭遇するし、その饒舌な言動から教養の高さもうかがえる。落ち込んだあまり、街路樹の落ち葉を足でガサガサと蹴って集める快感にひたり、その落ち葉を自分の部屋に敷き詰めて喜んでいる男だ。その人生の面妖さを心配するというよりは、ちょっとした奇人の人生を読んでいるような、モノクロ映画の悲喜劇を見ているような気分で読んだ。深いようで浅く、浅いようで深い面妖な人生(何かあるたびに「面妖な人生」について思い悩むのが主人公のくせ)。表紙の写真にある、浅い水たまりで濡れないためにパイプ椅子を並べてその上を不安定な体勢で傘を差して歩く男性のイメージは、まさにこの主人公にぴったりだ。
喋る馬(柴田元幸翻訳叢書—バーナード・マラマッド)
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バーナード・マラマッド 訳:柴田元幸
スイッチパブリッシング
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今年の僕の読書の一番の成果はバーナード・マラマッドという作家に出会えたことだ。『レンブラントの帽子』があまりにも面白かったので引き続き柴田元幸訳の『喋る馬』も読んだ。完成度の高い短編の数々。登場人物たちは、被害者と加害者、強者と弱者という単純な二項対立からはじき出され、彼らは冒頭で立っていた場所とは、まったく違う所で物語の結末を迎えることになる。人間はふいに芽生えた感情に突き動かされ、深く考えた理性によって行動を選ぶ。だがここでは、感情は理性を狂わせ、理性が感情を駆り立てる。さらに、現実の起きている状況が解釈の仕方によってまったく別の姿になっていき、感情と理性もまた大きく揺さぶられてゆく。人と人との関係をこんなにも鮮烈に描いた短編を僕は今まで読んだことがない。


