最近読んだ短編集では最も面白かった。SF小説だが、ここで描かれているのは「自分とな何か」という問いだ。近未来を舞台にして、特殊な状況に追い込まれた人間を描くことによって、様々な角度から問い掛けてくる。「自分とは何か?」つまり「あなたは誰ですか?」
眠りにつくたびに他人の身体に意識が移動する男の悲しみを描いた「貸金庫」、子供が欲しくてしかたがなくて、ただ赤ん坊を可愛がりたいためだけに人工の子供を生む男「キューティー」。誰もが生まれてすぐから頭に埋め込んだ装置に脳のバックアップを取り、思考パターンを学習させ、脳が老化する前にその装置と脳を入れ替える世界を描いた「ぼくになること」。未来の自分が書いた日記を読むことができ、これから起こることを知りながら生きていく人々を描いた「百万年ダイアリー」。妻のコピーを人質に取られる「誘拐」。画期的な治療薬に自己の存在を否定される「繭」。各宗派の宗教的な思想が頭に流れこみ人々を取り込まれてゆく世界で、それぞれの宗派の影響力が平衡している道を歩きつづける「放浪者の奇跡」。無限に広がるパラレルワールドでその無限の自分をアイデンティティとして持つ男「無限の暗殺者」。あらゆる病気から身を守ってくれる指輪を身につけ、自らは絶対安全な状況にいながら、過酷な難民医療の現場へと赴く医師の苦悩を描いた「イェユーカ」。そして宗教と科学の対立を描き真実と信仰の狭間に揺れる長編並みの読み応えを持った傑作「祈りの海」
自分固有の身体を持たない男。人工的に創られた生命。脳と同じ働きをする装置。決まった道を歩くだけの人生。誰かのコピーとしての人間。思考が影響下に置かれることが日常な世界。無限にいる自分。ここでは確固たる自分というものが崩れてゆく。自分の存在がゆらぐということは、世界が姿を変えることだ。
ありふれた夢をみた。わたしに名前がある、という夢を。ひとつの名前が、変わることなく、死ぬまで自分のものでありつづける。
「貸金庫」
■グレッグ・イーガンの本たち
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