- 小田嶋 隆
- 人はなぜ学歴にこだわるのか。
最近は格差社会といわれている。雑誌の販売数が低迷するかな、出版社が気合を入れて創刊誌が次々に玉砕するなかで、数少ない勝ち組に入るのが「プレジデントファミリー」などの教育雑誌。格差社会の問題は数多くあるが、その中でも特に危惧されているのが、子供の教育の格差だと言われている。親が子供にかける教育費の差が、そのまま子供の学力に直結するという現実は、本書でも語られている。
ちなみに言えば、子供の学力は、低年齢であればあるほど、親の教育水準および経済状態をストレートに反映する。このことはどんな国で統計を取っても必ず同じ結果になる。
『人はなぜ学歴にこだわるのか』では、学歴社会を否定するでも肯定するでもなく、学歴に縛られた日本社会の現状を述べている。小田嶋氏が極度の学歴コンプレックスゆえに、内容はとても説得力がある。その小田嶋氏は学歴を「後天的な身分」だと言っている。
学歴は身分の尻尾をひきずっているのだ。それゆえ、学歴を見つめるわれわれ現代人の視線が、江戸期以来の民衆の身分意識の影響下にあるのも無理からぬ話なのである。いっそ学歴を「後天的な身分」というふうに定義してしまうと一番すっきりするのかもしれない。
受験によって少しでも上の身分の学歴を得ることができる。「プレジデントファミリー」を見ると、家族団らんの光景が多い。仲のよい夫婦関係。信頼しあう親と子。「お受験」によって家族としての結束と高まり、また家族の結束の強さが「お受験」の合格へと繋がる。ここには幸せな家族の姿の理想形が提示されている。気がかりなのは、お金に余裕のある世帯だけでなく、いわゆる中流層に対しても、高額の授業料を払って学校に行かせることを推奨しているところだ。
学歴は、「価値意識」という最も個性的であって然るべきものを、序列化・画一化する個性圧殺のシステムなのである。
なぜ人は学歴にこだわるのか。その疑問は本書を読めば解消された。だが、そのモヤモヤとした疑問が消えた先に見えるのは、差別なくしては生きていけないという人の本性であり、僕たちはそんな社会に生きているという現実である。
