- 伊坂 幸太郎
- 魔王
第二次世界大戦のイタリアの独裁者ムッソリーニを彷彿とさせるカリスマ性のある政治家・犬養が世間の人気を集めている(小泉がモデルではなく、また違ったタイプ)。日本国内で反米感情が高まる。アメリカ人の友人の家が燃えた。思索型の安藤・兄は考える。考える。そして進む。
「でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば」
「いけば?」
「そうすりゃ、世界が変わる」
(本文より引用)
山の中で双眼鏡を手に、現れるかどうかわからない鳥たちを待つ安藤・弟。ただ、空を見上げ呼吸をするだけの平和な時間がそこにはある。総理大臣になった犬養は憲法改正を国民投票にかけた。「私を信じるな。よく、考えろ。そして選択しろ。」犬養はテレビ番組で言い切った。安藤・弟は考えることは得意ではない。自分の直感を信じる。兄の言葉を信じる。
これはかなり好きかも知れない。僕のなかでは、伊坂作品のなかで上位に入る。不穏な空気が漂うピリピリした緊張感。僕たちの暮らす日常が、綱渡りの上の平和ではないかと思わせる。何が正義で何が真実かなんて分からない。閉塞感の漂うなか、安藤・兄の誠実さと、安藤・弟の純粋さが、勇気と希望となって未来への道筋を照らす。なんだか世界が変わる気がした。これで直木賞取って欲しい!
以下、多少ネタバレします。
乱暴なキャッチコピーをつけるなら「魔王」はS・キング『デッドゾーン』の日本版だ。特殊な能力を持った主人公が独裁者になる人物と対決する。僕は『デッドゾーン』が物凄く好きなので(高校生の頃に3回以上読んだ、映画も何度も見た)、今回は点が甘くなったかも知れない。だが、安藤・兄は『デッドゾーン』の主人公のように未来が見えるわけではない。だから犬養が独裁者かどうか分からない。救世主かも知れない。
「魔王」はシューベルトの「魔王」からきている。僕も学校で習った。父が後ろに子供を乗せ馬で走っている。子供は魔王がいる、怖い怖いと何度も繰り返し言うが、父親は気のせいだと答える。そして魔王の存在に気づき、必死で馬を走らせるが、時すでに遅し、目的地に着いた時には子供はすでに死んでいたという、救いの無い悲惨な歌だ。犬養が「魔王」かどうかは分からない。無理矢理読みかたを変えれば安藤・兄や安藤・弟が「魔王」だと解釈できるところは面白いと思う。自分の考えを信じて対決しているのは犬養も同じだ。正義や真実の存在を否定して、正解などどこにも無いというスタンスは好きだ。
伊坂幸太郎の小説はいつも誰かの引用が入る。犬養は宮沢賢治の誌を演説の最後に引用する。どうりで半年に1冊ぐらいしか売れない宮沢賢治詩集が先月だけで2冊も売れたはずだ。僕も買おうかな。
ちなみに死神も登場する。
関連書籍
- スティーヴン・キング, Stephen King, 吉野 美恵子
- デッド・ゾーン〈上〉
- スティーヴン・キング, Stephen King, 吉野 美恵子
- デッド・ゾーン〈下〉
- 宮沢 賢治, 天沢 退二郎
- 新編宮沢賢治詩集