- 柳田 國男
- 妖怪談義
化け物の話を一つ、出来るだけきまじめに又存分にしてみたい。けだしわれわれの文化閲歴のうちで、これが近年最も閑却せられたる部面であり、従ってある民族が新たに自己反省を企つる場合に、特に意外なる多くの暗示を供与する資源でもあるからである。
民俗学としての妖怪。語り継がれる妖怪はその土地ごとに形を変える。呼び方が変わり姿も変わり、妖怪というのは確固たる形をもたない。
例えばアズキトギ。「小豆洗い」「小豆さらさら」とも呼ばれ「小豆磨ぎ婆様」「米磨ぎ婆」などという地方もあるらしい。大晦日の晩だけでるという所があれば、蝦蟇が化けるというところもある。全国的に分布しているが、なぜ小豆なのかというもの謎だ。「米磨ぎ婆」と呼ぶ地方がもっと多くてもいいだろうし、その地方ごとの作物のほうが自然な気もする。
舌切雀の重い葛篭の中へ、やたらに詰め込まれたような有り合わせのおばけにも、尋ねてみれば由緒もあり系図もあるというのは、斯道に心を寄せるわれわれに取って誠に張り合いのなることである。
などなど、こういうとりとめのない妖怪のはなしが沢山書かれている。様々に変化する妖怪を思い浮かべつつ読んだ。