『明日の記憶』荻原浩/光文社 | 砂場

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本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。



著者: 荻原 浩
タイトル: 明日の記憶

本屋大賞候補作。今月の雑誌『ダヴィンチ』の「絶対外さない!プラチナ本」にも選ばれている。荻原浩は今回の本屋大賞候補作作家のなかでは、もっとも知名度が低い。それだけに、注目すべき作品。

50歳になるサラリーマンが若年性アルツハイマーと診断され、薄れゆく思いでを必死で繋ぎとめようと努力する。病状を隠して仕事を続け、結婚を間近に控えた娘にも隠す。

若年性アルツハイマー。自分の身に降りかかってもおかしくない病気だ。記憶がどんどん失われていく。自分の記憶が抜け落ちていくこと思い浮かべてしまう。本屋大賞の候補作でなければ、間違いなく手に取らなかった。どうしてこんな苦しい本を読まなくてはいけないのか。歯を食いしばりつつ読み進める。

五十になった男には、流す涙などほとんど残っていないと思っていたのに、自分の涙腺のもろさに私は驚いている。
しかし自分の流す涙が、悔し涙なのか、何かを失う悲しみの涙なのか、自分への哀れみの涙なのか。そもそもなぜ自分が泣いているのか、いつも私は分からないでいる。


「自分探し」という言葉があるが、自分というものは探すものではなく、積み上げていくものだと僕は思っている。過去の積み重ねが今の自分の姿。それこそが「本当の自分」。だから、記憶を失っていくということは、自分が消えていくこと。しかも消えていくのは自分だけでは無い。

記憶がいかに大切なものか、それを失いつつある私には痛切にわかる。記憶は自分だけのものじゃない。人と分かちあったり、確かめ合ったりするものであり、生きていく上での大切な約束ごとでもある。

ラストシーンの美しさは最近読んだ本のなかでは群を抜いていた。哀しくて、切なくて、美しい。この本を読んでよかったと思った。ただ楽しいだけの読書では味わえない、深い余韻を残してこの物語は終わる。ラストシーンが目に焼きつく。この感動を忘れたくはない。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

思いでのなかに生きるのはつまらないと思う。でも積み重ねた思いでとともに僕は生きている。思いでの上に希望を描いて今日を生きている。そして、希望はやがて思いでとなり、過去の記憶になる。『明日の記憶』とは見事なタイトルだ。