お山の妄想のお話です。
「二度と来ないでくれ」
帰り際、強い口調で言った。
その時はひどく悲しそうな顔をして、泣くん
じゃないかとハラハラした。
来店の度に繰り返した言葉。
だけど彼女は次の週には何食わぬ顔でやって
来て俺を指名するんだ。
ボックス席に二人きり。
彼女はあまり話さないし俺も他のホストと違
いペラペラ喋らないので、何が楽しくてこの
店に来るのかわからない。
でもその雰囲気は嫌いじゃないし、毎回お高
めのシャンパンをオーダーしてくれるので
良い常連ではある。
ホンワリした可愛い人、ギラギラとしたくど
い内装の中でも清楚さを失わない……
はっきり言って場違いだ。
いつも指名してくれるけど、俺が他の客につ
き側にいてやれない時に別のホストに騙され
そうで怖い。ろくでもない奴らに良いように
扱われるのは我慢できない。
彼女の安全のために『もう来るな』と言って
いたのに…
**
「……ショウさん、いつものお客が御来店
ですが。どうします?」
黒服がすっと寄って来て囁く。
「また来たのか……どうするって言われても
今日はここから離れられないし」
今は上得意の誕生会で他のホストにもヘルプ
に入ってもらい接客中だ。
有名風俗店のNo.1の嬢で来店の度に大金を
落としてくれる、俺の担当では太客の中でも
エースなので席を外すなんてあり得ない。
「今日は席につけないと言ってくれ」
「了解しました」
お目当てが付かないなら帰るだろう、これま
でもそうだったしと軽く考えていた。
「ショウ!もっと近くに来てよ~」
お呼びなので真横に座ると、ほろ酔いで上機
嫌の姫がしな垂れ掛かってきた。
「もう酔ったの?」
「酔ってな~い、誕生日にショウがいてくれ
るのが嬉しいの。プレゼントまでくれるし~
本当に大好き♡ショウなら枕しちゃってもか
まわないわ」
「大切な姫だもの誕生日を祝うのは当然で
しょ」
俺には愛する人がいるので枕営業など断じて
しない。しかし場の空気を読んでそれには触
れず肩を抱き耳許で囁けば、ほんのり桃色だ
った頬が一気に真っ赤に染まる。
「可愛いな、俺だけの姫……」
ホストなら誰もが使う歯が浮くようは台詞と
ともに頬を撫でれば、瞳がトロンと熱に溶け
る。本心はどうであれ甘い言葉は不可欠。
どんな女性にも夢を見させてやるのが仕事だ
と思っているからそれに関して抵抗はないけど、『彼女』には言ったことがない…
「ショウ♡」
姫が更に身を寄せてきたのでギュッと抱き締
めると、ヘルプ達はヒューヒューと囃し立て
場を盛り上げる。
「なんかすっごく気分が良いから、タワー頼
んじゃおっかな♡」
その言葉で周りの席も盛り上がり黒服達はせ
っせと準備を始めた。
俺も内心ニンマリだ、姫のおかげで今月はト
ップを取れるのだから。
**
この店で働き始めて1年、俺はまだ月間売上
のトップを取ったことが無い。
もともとホストという職業に思い入れは無く
次の仕事に就くまでの繋ぎくらいに思ってい
て成績など気にせず働いていた。
でも最近仕事の目処が立ち、そろそろ店を辞
めようと考えていた。
それを同棲中の恋人に話したら
『一回も売上トップを取れないなんて変じゃ
ね?もしかして手を抜いてる?おいらが好き
なのは何事にも一生懸命で負けず嫌いな翔く
んなのに…』
とか言い出したんだ。
ホストクラブで働く事について苦言はなかっ
たけど、まさか最愛の人が1位を取るのを
期待していたなんて予想だにしなかった。
『なぁ、辞めるなら一回位本気出してトップ
取れよ。お前なら出来るだろ、おいらも協力
するからさ』
そんなん言われたらやるしかない。
次の仕事が始まるまでの短期間にひと月だけ
でもナンバーワンなる、そして愛しい人に認
めてもらうんだ。
お客の女性達には悪いけどやり手ホストとし
て稼がせてもらうことにした。
でも最愛の人が言う『協力』が何かをその時
は気にしていなかったんだ……
まさか意表を突いてくるなんて。
**
四角形のタワーは豪華で迫力満点。
天辺からシャンパンを注げばキラキラと輝き
注目を集める。
姫が頼んだのは10段で、この店では最高額
のタワーだ。
今月は他の客にも幾つか高額なタワーをして
もらえたので売上トップは手中に収めたも同
然。
「すげ~綺麗」
ホクホクしながらコールを聞いていると
すぐ近くから聞き慣れた声がして、まさかと
思い見てみるとそこには目をキラキラさせな
がらタワーを見上げる彼女の姿があった。
「あんた帰ったはずじゃ?!」
「う?いたよ?ショウの指名は取れなかった
けど新人のユウがついてくれたから」
「ちょっと待て、あんたの担当は俺だろ!」
「そうだけど帰るの嫌だったし、別の席でシ
ョウが接客してるの見たかったから」
「なっ?!」
「おい……あたしと全然違う。美人さんに
は優しいんだね」
「そっ、それは仕事だから……」
拗ねて尖ったピンクの唇が可愛い。
吸い付きたいけど店内ではタブー、それに今
は別の姫の接客中だから彼女の相手は出来な
い。
「兎に角自分の席に戻って、そしてすぐに帰
って」
「え~っ、もう少し綺麗なタワー見てたい」
「駄目!これは別の人のタワーだから!関係
ない人は離れてるのがマナーなんだよ!」
「そっか、わかったよ……」
強めに言うと渋々と踵を返す。
丁度その時席を外していたらしいユウも来て
彼女の肩を抱きながら席へと戻って行った。
それを見て抑えがたい怒りが込み上げたが
グッと我慢した。ここでユウを殴ったら大騒
ぎになるし下手をしたら太客を逃すことにも
なりかねない、売上トップのためにも辛抱し
なければ……
「怖い顔してどうしたの?」
他のホストに囲まれ祝福を浮けていた主役の
姫が俺を見上げてくる、それを適当に誤魔化
して笑顔を作りプロ意識で過ごした。
そして暫くしてから彼女のいた場所を見ると
そこは空席になっていたのでほっと安堵の息
をついたんだ。
**
閉店と同時に店を飛び出し、通りでタクシー
を捕まえ家へと帰る。
ずっと腹に留めていた憤りを発散しなければ
ならないからだ。
マンション前でタクシーを下りるとダッシュ
でエントランスを抜けエレベーターに乗り込
み最上階のボタンを押す。
到着するまでの些細な時間にも苛々して、次
に住む物件は必ず専用のエレベーター付きに
しようと決めるほど気が急いていた。
チンと到着音が鳴り扉が開くと同時に再びダ
ッシュ!
早くあの人に逢いたい、そして説教しなけれ
ば腹の虫が治まらない!
部屋のドアを開けると玄関にはブーツが脱ぎ
捨てられていて帰っていることは確かだ。
しかしリビングにも寝室にも仕事部屋にもい
ない。
水回りだと目星をつけて行くと案の定、脱衣
所にさっきまで着ていたニットやミニスカート、タイツなどがあり浴室からはシャワーの
音がしていた。
水音に混じり鼻唄が聞こえ、その呑気さに怒
りのバロメーターが上がる。
「話があるから早く出て!」
苛立ちを抑えきれず浴室に向かい怒鳴るとリ
ビングへ戻る。
ソファーに座り俺がどれだけ憤り心配したか
を咎め、どんなお灸を据えようかと考えた。
二度と店に来ないように言い聞かせ、それを
破ったらお仕置きだと脅そうか。
どんのお仕置きがいいかな……
愛しい人に酷い仕打ちはしたくないのが本音
だが甘やかすのも駄目だろう。
監禁……それともキャッシュカードを没収し
ようか。酷いと思われそうだが大切な人を守
るためだ……
そんなことを考えているとリビングのドアが
開きタオルで髪を拭きながら件の人物が入っ
てきた。
「お帰り~」
「お帰りじゃないよ!ちょっとここに座んな
さいっ!」
「ふえ?どした?なに怒ってんの?」
「わかんないの?!あんたに散々言ってきた
こと今日も破ったでしょ!!」
「ん?ああ、店に行ったことか」
「そうだよ!危ないから来るなって口を酸っ
ぱくして言っておいたのに!」
「はは、翔くんの店全然危なくねーじゃん。
無理に営業してくるホストもいねーし」
「そりゃ、あんたの担当は俺だって他の奴等
に睨みを利かせてるからだよ!それなのにあ
んなに可愛いい格好で来たら狙われちゃうだ
ろっ!」
「可愛い格好ってw女装でもしなきゃホスト
クラブに入れないから仕方ねーじゃん」
「女装までして来ないでって言ってんの!」
……そう、実は俺が塩対応していたのは女
装した愛しい人。
余りにも可愛いくて他の奴に口説かれそうで
嫌だから、来るなとわざとキツく言っていた
のにこの人は全然従わない。
この人が言った『協力』とは俺を指名して
金を使う事だったんだ。
「だってさ、男が客としてホストクラブなん
て行かないだろ。入店拒否されるし」
「だからっ!何でわざわざ女装してまでホス
トクラブで遊びたいの!普通に変でしょ!」
「勘違いすんなよ~おいら遊びたくて行って
るわけじゃねーよ。普段と違うキリッとして
格好良い翔くんが見たいから行ってるの」
店に来る理由を聞いて驚き同時にムッとする
「待って!俺は家でも格好良いでしょ!」
そりゃ仕事でクールを装っているけど、プラ
イベートとたいして変わらないと思っていた
から。
「ええっ?!もしかして気付いてなかった?
店だとキリッと凛々しいけど家だとデレデレ
じゃん」
「そ、そんなことない!」
「いやいや、デレデレの甘々だよ。別にそれ
が嫌なわけじゃないけど、凛々しいのが新鮮
だったからさ」
「あなたを前にしたらデレデレの甘々になる
のは仕方無いでしょ、大好きなんだからっ」
好きな人は無限に甘やかしたいし、近くに居
れば幸せで鼻の下も伸びるってもんだ。
「んふふ、知ってるからムキになんなよ。
そーゆう可愛いとこもひっくるめて全部好き
だからさ」
心を癒す菩薩様のような笑顔を向けられると
何も言えなくなる。
「それにこの頃凄く仕事頑張ってたのおいら
が売上トップを取れって言ったからだろ?
だから貢献しようと思って」
「自力でトップは取るから!あなたが稼いだ
大切なお金をホストクラブに使ったりしない
で!しかも今日に限っては俺に使ってくれた
わけじゃないし」
憎きユウにいったい幾ら使ったのか、腹立た
しくてしょうがない。
「そんなに払ってないよ。ユウの話が面白か
ったから黒モエ1本入れたくらい」
「それでも10万くらいするでしょ!無駄遣い
は駄目!!」
「ショウにはいつもドンペリじゃん。黒モエ
の方が断然安いよ」
「あなたが払ったお金は俺に入って、俺がそ
れをあなたに使うから損はないの!」
「え~っ、そうなの??確かに翔くんは色々
プレゼントくれるけど……」
「そうなのっ!無駄使いも店に来てほしくな
い理由の一つだよ」
愛しい人は芸術家。
身を削って製作する姿を見てるからホストク
ラブなんかで使って欲しくないんだ。
「…………わかったよ。もう行かない」
漸くわかってくれたみたいで嬉しいけど、
智君は予想以上にションボリしてしまった。
そうなると可哀想になってしまう、惚れた弱
みってやつだな。
「そんなに凛々しい俺がお好みなら、そうい
うプレイをしてあげるけど?」
代替案を出すと智君は疑うように俺を見た。
「……出来るの?」
「勿論!」
「さとこにしたみたいな態度をおいらに?」
「で、出来るよ」
「本当に?」
「本当に!」
「じゃあ、ちょっとやってみて」
「えっ??」
風呂から出たばかりの艶かしい姿の智君を冷
たく扱えと?!自分が言い出した事だけどそ
んな無茶振りできるわけない……
掌の玉は大事に愛でるものだから。
「どうした?ほれ、やってみ?」
「………ごめんなさい。無理でした」
俺の言葉を聞き智君は、それ見たことかと言
うようにニヤリとした。
「おいらどうしても普段と違う翔くんにあい
たいから、もう一度だけ店に行くの許してく
んね?」
「う゛…… 」
本物の智君じゃない、女装のさとこにならど
うにか冷たく出来るかもしれない……
それで店に来るのを止めてくれるなら許すし
かないだろう。
「…一度だけ、来る時は必ず俺を予約して。
それが出来るなら……」
「了解♡なぁ、その時シャンパンタワーして
もいい?」
「はぁ?!無駄遣いは駄目だって言ったばか
りでしょ!」
「だって綺麗だったからおいらもしてみたい
じゃん。それにあれをやればショウの月間ト
ップ確定は間違いないだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「ショウには最高潮の時に辞めて欲しいの、
それって花道を飾ることになるだろ?おいら
のショウは凄いんだぜって自慢になるしさ」
翔くんにとっても誇りになんだろ?
そう笑顔で言われれば頷くしかない。
本当は嫌だけどそれで智君の気が済ならと了
承したんだ。
「絶対に一回だけだからね!」
釘を刺せば『うん』と笑う。
それで仕方無いと諦めるんだから本当に惚れ
た弱みだ。
「なんだか不服そうだなぁ」
智君には俺が不貞腐れたように見えたみたい
「そんなことないよ」
実際はモヤッとしてるけど、それを隠してい
ると最愛の人は再びニヤリとした。
「頑張った御褒美に、おいらの女装最後の夜
は翔くんの好きにしていいからさ」
「えっ?なに??」
「さとこを好きにして、無茶苦茶にしてもい
いってこと」
「ええっっ!!」
女装した最愛な人を自由に出来るなんて
なんと倒錯的なことか……
俄然やる気が出た。
だけど………
「やっぱり…するのは普段のあなたがいい」
「えっ?!さとこは嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ、どんな格好をしていても
あなただもの。でもねお互いの愛を確かめる
神聖な儀式だからこそ偽りの姿はいらないんだ」
「翔くん……」
気持ちが通じたのか智君は感無量といった風
に抱き付いて来た。
「おいらも……どんだけヘタレでも普段の
翔くんが大好き」
「さとしくぅん♡」
なんだか納得できない単語があったけど最愛
も俺を大事に想ってくれているのは確かだ。
売上トップをとった暁には俺の真の実力をあ
なたの身体に教え込んであげるからね。
二度と『ヘタレ』なんて言わせないから!
通常運転の意味不ネタ
すんまそんm(_ _)m
おらホストクラブ行ったことねえ
間違い沢山ありそ(笑)
コメント下さる皆様
返信できずごめんなさい
今月職場が混迷を極めております