お山の妄想のお話です。





深淵



外を見れば総てが闇に包まれている。

星の煌めきも水面に映る月の光さえない…

暗い暗い闇……


まるで俺の心みたいだと可笑しくなった。

これまではずっと明るい未来が続くと思って

いた、愛する人の隣で微笑み合いながら暮ら

せると信じていたんだ……

だけど、それは妄想だったみたい。


楽しかった記憶は辛い現実に覆い隠され

世界は闇に閉ざされた

俺には、何も残っていない


だから……

新しい光を探しに行く、前に進もうと決めた

んだ。

最初は夜の闇のままかもしれない、でも必ず

朝日は上るだろ?

いつか俺にもまた光が射すはずだもの…


外から機内に視線を移すと、照明が落とされ

静寂に包まれている。

目的地に着くのは昼過ぎでまだまだ時間があ

るから少し眠ろう……


どうか……

夢の中に愛した人が現れませんように……



***



最初は違和感なんてなかった。


久しぶりに合った知人に『この前○✕店に

彼氏といたでしょ?素敵な人ね、凄くお似合

いだったわ』と言われた。


その人に恋人の話をした事はなかったけ

俺の恋人は超イケメンで無茶苦茶有能、でも

それを鼻に掛けない素敵な人なんだ。


有名企業で働く将来有望なエリートで無双と

言っても過言じゃない。

そんな人が周りに群がる美女達に目もくれず

俺の手を取ってくれた。


初めのは『揶揄われているんじゃないか』

『騙されているのかも』と疑心暗鬼になっ

ていたけど、彼は誠実で俺をとても大切にし

てくれたんだ。

だからすぐに彼の愛は本物、疑うのは愚かだ

と思えるようになった。


二人で過ごす時間はとても楽しく幸せだった

けど、心の隅に『俺なんかじゃ彼には不釣

り合いだ』という思いがあったから『お似

合いだった』という言葉はとても嬉しかっ

たし自信も持てた。


それから度々目撃情報を聞かされるようにな

ったんだ。


『✕△のバーにいたの見たよ。二人が良い雰

囲気だったから声は掛けなかったけど』

『大野さんってブランドに興味があったん

だね~、彼氏と一緒に店に入って行くの見

たよ』


彼氏がカッコいい、イケメン、と褒めそやさ

れ『そうでしょ!』なんて惚気てみたりし

て悪い気はしなかった。

でも何回かそんな話を聞いて引っ掛かりを感

じるようになった。


だって名前が上がった店に行った記憶がない

んだもの……

バーやレストランはデートで行くけど店名は

違う気がするし、ブランドショップなんてま

ったく覚えがない。


もしかして別のカップルと見間違えてるのか

もと『本当に俺だった?』と訊いてみたけど

全員が確かに俺だったって言うんだ。


摩訶不思議な出来事。

そんな事ってある?

記憶障害?それとも俺のドッペルゲンガー?

生霊とかだったら怖いな…


何だろう?

釈然としないけど、普段ボーとしてるから覚

えてないだけかもしれない。

恋人に訊こうか一瞬迷ったけど、心配して病

院に行こうって大騒ぎするのが想像できたか

ら黙っていた。



けれど、とうとう『それは俺じゃない』と

いう決定的な話を聞かされた。

それ程親しくはないけど俺と恋人の知り合い

で、偶然街で会った時その話をされたんだ。


「やぁ!あの店のディナー最高だったね。

中々予約を取れないだけはあるよ」


久し振りに会った彼は笑顔で言うけど俺には

覚えがない。またか、と思いながらも詳しく

きくことにする。


「えっ?それ何て店?いつ頃見たの?」

「二週間くらい前だよ、店はミシュラン三つ

星のフレンチ……」

「二週間前……」


その頃は恋人と会ってない……

実は1ヶ月半前から恋人の仕事が忙しくなり

暫く合わないことになった。

恋人は仕事に情熱を持ち完璧を求めるタイプで、俺も仕事に妥協しないから気持ちがわか

る。だから邪魔にならないようにしたんだ。


会えない日々も連絡は取り合ってたけど電話

は徐々に減り、それまでほぼ毎日あったメー

ルも忙しいせいか少なくなった。

だけど手掛けている仕事が終わるまでの辛抱

だと我慢してた……


なのに俺と恋人がレストランで食事?

有り得ないよ、絶対にそれは俺じゃない。


「翔くんと一緒にいたのって本当に俺?別人

じゃないの?」

「いいや、君だったよ。少しテーブルは離れ

てたけど見間違いじゃない。まあ、最初見た

時は別人かと思っちゃったけどね」

「えっ??」

「だってあの時の君、凄く上品にスーツを着

こなしてたし髪も黒くてエレガントだったか

らさ」

「黒髪……?」

「普段は目茶苦茶カジュアルなのに、ああい

う店ではTPOに応じた格好をするんだなって

感心したよ」

「はは……流石に三つ星店にGパンじゃ行

けないだろ……それで、翔くんはあなたに

気付かなかった?声は掛けなかったの?」

「櫻井君は君と話すのに夢中で周りなんて気

にしてなかったし、俺も恋人といたから声は

掛けなかったよ。無粋だろ?」

「そっか……」

「でも君の変わり身も凄いね。もう髪を切っ

て金髪にしちゃうなんてさ~」

「えっ?ああ……ほら、俺芸術家だし、

やっぱオリジナリティは大切だしね」

「あの姿も素敵だったけど、やっぱり君のイ

メージはこっちだね。作品とフュージョンし

てるしw」

「はは…俺の作品がファンキーってこと?」

「君の作品は奇抜で斬新ってことさ」


その後、暫く他愛ない話をしてから別れた。

これからデートだという彼に笑顔で手を振っ

たけど、内心はとても動揺してた。


だって今の話が本当なら翔くんは俺に似た誰

かと星付きのレストランで食事をしていたと

いうことになる……

それは絶対に俺じゃない…

彼に話を合わせていたけど俺は1年以上金髪

のままだし、スーツなんて持ってないもの。


じゃあ、俺の恋人は誰と食事をしてたの?

そんなプレミアムな店で商談?

画家という個人事業主の俺には大手企業のこ

とはわからないけど、なんか違う気がする…


でもだからといって浮気とか、それはないと

思うんだ……

だって翔くんは本当に俺を愛してくれている

からさ。


翔くんは不貞をしてないと思う、でもどんな

状況だったのか聞きたい……

けれどそれを尋ねたら疑っていると思われる

かもしれない。


『あなたは俺を信じてないの?!』

と俺に嫌気が差して破局も有り得る。


関係を解消するなんて翔くんにとって些末な

ことだ。なぜなら俺には彼しかいないけど、

彼には代わりが利く。

俺なんか足元にも及ばないような素敵な人が

周りに大勢いるから。


翔くんを信じてるし誤解されるのも嫌だ。

でも……やっぱり知りたいよ

真相を知って安心したいんだ……


***


どうしようかとかなり悩んだけど尋くことに

した。

こんなモヤモヤを抱えたままじゃ作品にも影

響するし、ほんの少しでも最愛な人を疑う自

分が嫌だったから。


『元気にしてる?忙しいとは思うけど暇が

あったら電話下さい』


仕事のことを考えてメールを送った。

これを読んだら連絡してくれるはずだ。


正直に言うとすぐに電話をくれるんじゃない

かと期待してたけど、翔くんが連絡を寄越し

たのは翌日の昼だった。


『あなたからのメール今朝気がついて、すぐ

仕事が始まったから連絡できなかったんだ。

待たせてごめんね』

「忙しいのに無理言った俺が悪いんだ、気に

しないで」

『あなたに淋しい思いをさせてる俺が悪いん

だよ、本当にごめん』

「大丈夫、そのプロジェクトが終わるまで我

慢できるから」

『ありがとう智君』


電話口の声は普段の優しい恋人のまま、やは

り不安は杞憂だったみたい。

だけど疑問は解消したい。


「あのさ……ちょっと尋きたいだけど、

翔くん最近三つ星フレンチへ行った?」


俺としては直ぐに『仕事関係の人と行った』

と返答すると思っていたのに、翔くんから

返ってきたのは別の言葉だった。


『え……三つ星?ここのところ忙しくてそ

んな店行ってないよ、どうして?』

「先日○✕さんにバッタリ合ってさ、その時

三つ星フレンチで翔くんを見たって聞いたから……」

『○✕さんが?……きっと…見間違いだよ

他人の空似ってやつでさ…』


明瞭じゃない言葉は狼狽えているように感じ

る………嘘、ついてる?


「そうかな…翔くんみたいなイケメンそう

そういないと思うけど……」

『買い被りすぎだよ、俺程度の奴なんてごま

んといるし。人違いさ、絶対に別人』


頑なに自分でないと言い張る翔くん、でも

そこまで否定されると逆に疑いが芽生える。


「本当に違うの?」

『違うって、もしかして疑ってる?で…○✕

さん他にも何か言ってた?』

「……別に言ってない。ただ翔くんを見たっ

てだけだよ」

『そう……』


何故だか翔くんが安堵したように感じた。

『俺とそっくりな人と一緒にいた』は言っ

たらいけない気がして黙っていたけど、それ

を気にしていたのかも……


自分が期待していた展開ではなく、頭の中が

混乱して次の言葉が出てこない。

翔くんも黙っているから暫くの間沈黙が続い

た。


『櫻井君時間です、行きましょう』


それを破ったのは第三者の声。


『成瀬さんすみません、すぐに行きます』


翔くんがその人に謝罪するのが聞こえて、そ

のまま電話を切られた。


「翔くん……」


時計を見たら昼休みが終わる時刻で、午後の

仕事が始まるなら仕方無い……

でも今までそんな対応をされた事がなかった

から凄くショックだった……


モヤモヤした思いを消したかっただけなのに

却って猜疑心が強くなってしまった。

レストランにいたのは翔くんで間違いない、

別人だと嘘をついたのは一緒にいた人のこと

を知られるのが嫌だったから……


俺には紹介できない人?

恋人の俺には知られたくない人なの?

………それって……


                          『      浮気       』


一つの言葉が浮かび、それが鋭く胸に突き刺

さった。


あの翔くんが?……まさか……

でも今しがたの態度は……

彼を信じたい、信じたいけど……

会ってない期間に何が起こっていたのかは

俺にはわからないから……







Coming soon


「成瀬さん!こっちに戻られてたんですね」

「……えっ?」

「わ~っ染めたんですか?金髪とかw

めっちゃアメリカナイズしてますね」

「はっ??えっと、あの……」

「あれ?成瀬さん何か若返ってません?」

「あの……人違いです、俺は成瀬って方じゃ

ないです」

「ええっ!!マジ??!」


一方的に話していた男は驚き、俺をマジマジ

と眺めた……









GWも終盤ですね~

そろそろブルーになってます?!

追い討ちで嫌な話投下w

私は魔のGWやで!

最大二連休💢