お山の妄想のお話です。
少々乱暴にドアを叩くと直ぐに開いた。
顔を出した相葉さんは俺を見てちょっと驚い
たようだけど中に入れてくれた。
研究室として使っている離れは入って直ぐに
ミニキッチンと水回りがあり、その奥には物
で埋もれた実験場が見える。
ソファーに促されるまま座ると、相葉さんは
冷蔵庫を開けながら話しかけてきた。
「飴ちゃん食べたんだね~」
「………あの飴、何なんですか!」
のんびりした声にイラッとする。
だってあの飴のせいでこんな姿になったのだ
から、しかもその根源がヘラヘラしているな
んてありえない。罪の意識はないのか?!
「何って言われても偶然出来た物だから……」
「酷い目にあいましたよ!熱や痛みが半端な
くて死ぬかと思ったほどです!」
「えっ!?マジで?じゃあ思い出が走馬灯の
よう蘇ったりした??あれって本当に起こる
こと?」
危険な物を安易に渡した事をすこしは反省す
るかと思いきや、狂った科学者は別の方向に
食い付いてきて俺は呆れを通り越し疲れを感
じた。
「そんな事どうでもいいでしょ!俺が訊きた
いのは飴の効能です!いつまでこの姿のまま
か副作用や後遺症は有るかとかです!!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「全然聞いてません!」
相葉さんはペロッと舌を出し『渡した時に言
ったような気がしちゃってたみたい』などと
呑気に言いながらレンチンしたホットミルク
を渡してきた。
「夜も遅いから温かい牛乳ね!それ飲んで高
ぶった気持ちを落ち着かせて」
『あんたのせいだろ』と思ったが口にせず
ホットミルクを飲む、自分でも冷静になった
方が良いと感じたからだ。
「それじゃ、遅ればせながら説明するね。
あの青い飴を食べると10歳くらい歳をとる
の。多分後遺症はないと思う。危険な物は調
合してないし、今までの被験者は大丈夫だっ
たから」
「被験者って……何人ですか?」
「オレを含めて8人かなぁ、科学者仲間に試
してもらったの。年齢や性別が違う人達で副
作用も後遺症もなかったよ」
「でも科学者仲間なら皆成人しているでしょ
成長過程の人はいないじゃないですか」
既に身体が出来上がっている大人とまだまだ
成長期の俺では違うんじゃないか?
「えっと、多分大丈夫。カズちゃんも食べて
平気だったから」
「カズも?!」
「カズちゃんには安全だと確信してから食べ
てもらったよ。大事な人だからね」
可愛い甥まで実験に使ったのかと人でなし認
定しかけたけど違ったようだ。
「それに滋養強壮剤を作ろうとして出来た偶
然の賜物だから危ない物は本当に入ってない
の。まーちょっと怪しいものはあるけど…」
「えっ!?何ですかそれ!!」
科学者が滋養強壮剤?そんなの買えばいいの
ではと思ったが、それより安心させておいて
落とすような発言に些か慌てた。
「間違えてマンドラゴラの粉末を少し入れち
ゃったの」
「なんですか、それ?」
「えっとね、根っ子が人の形をしてて土から
引き抜く時叫ぶの。それを聞いた人は死んじ
ゃうっていう伝説の植物…」
オカルト的な物を使った事に絶句した。
全然安全じゃない、サーッと血の気が引いて
いく……
「……ていうのは冗談で、マンドラゴラは
鎮静剤や鎮痛剤とかに使われてたナス科の植
物なの。神経毒が強くて今は使われないんだ
けどね」
「神経毒って!!危ないよ!」
「毒は幻覚や幻聴を引き起こすもので、本当
にちょっと入っただけだから問題ないよ。
試した人からもそんな報告ないしね」
ニコニコしながら話す相葉さんに不信感しか
ない。しかし悲しいかな頼りになるのも彼し
かいないんだ……
「………わかりました。身体に悪い影響はな
いと信じます。だけどこの姿は何時間くらい
続くんですか?」
「人各々なんだけど平均5時間位かな」
「そんなに……」
「あれ?5時間って長い?」
「そりゃ長いでしょ!こんな姿じゃ外に出ら
れないし!」
「えっ??出れるよ?」
「いやいや、高校生だった俺が大人になって
たら皆驚くし!」
驚き恐れおののく人達を想像して辟易する。
苛々して吐き捨てると相葉さんはキョトンと
していた。
「そりゃ、その姿でさっきまで高校生だった
櫻井翔で~すって言ったら皆驚くだろうけど
別人を名乗れば大丈夫でしょ?」
「はっ?」
「大人の姿の時間を別の人になりきって過ご
せばいいんだよ。大ちゃんと喧嘩して年下だ
から言うこと聞いてくれないって嘆いてたで
しょ?だから大人になった姿で別人として接
すればいいんじゃない?年上からの言葉なら
大ちゃんも素直に聞くとおもうよ?」
「えっ??」
「そのために青いキャンディあげたんだし」
そういえばキャンディを渡された時、歳の差
をどうにかできる画期的な物云々言ってた。
全然意味がわからなかったけど、こういうこ
とだったのか?
「この姿で智君に近づいて無防備を戒め身を
守るように諭せってことですか?」
「その通り!年下じゃ駄目なら年上ではOK
っしょ!」
「はぁ……どうかなぁ」
かなり安直な考えだけど上手くいくのか?
いきなり見ず知らずの人間が言えることでは
ないし、先ずは智君と知り合いになる必要が
ある。ましてや信頼関係を築き苦言を呈する
立場になるまでは相当な時間がいる。
彼が卒業してこの地を去るまでの時間はそれ
ほどない……別れの時は近いんだ。
それに飴にも限りがあるし、成功裏に終われ
るか不安だ。
どうやって近づきコンタクトを取るか、場所
や時間、シチュエーション等を練らなきゃ…
「すっごい悩んでるけど簡単じゃないかな」
深刻に悩む俺に対し相葉さんは能天気だ。
「無責任な事言わないで下さい!全然簡単じ
ゃないでしょ。智君が心を開いてくれるまで
にどれだけ時間がかかるか、そもそも親しく
なれるかさえもわからないのに!」
人が悩んでいる時に無責任な発言は控えるべ
きだ、そう意を込めているのにヘラヘラはお
さまらない。
「大丈夫だよ、だって翔ちゃんイケメンだも
ん」
「はあ???」
「大ちゃんイケメン好きじゃん。今の翔ちゃ
んかなりイケメンだから心配無用でしょ」
「智君はイケメンだからってすぐ気を許すよ
うな軽い人じゃない!」
大切な人を侮辱されたように感じ言い返すと
相葉さんはその剣幕にたじろいだ。
「ゴメンゴメン、そんなに怒んないで。オレ
だって大ちゃんがそういう子じゃないの知っ
てるよ。ただ翔ちゃんが翔ちゃん似の大人だ
から大丈夫だと思って」
「本人なんだから当然でしょ!意味のわから
ないこと言わないでください」
「今の翔ちゃんにはわかんないか……
んと、じゃーさ、大ちゃんの好きな芸能人知
ってる?」
「芸能人?知りません」
智君はあまりテレビを見ないからそんな会話
をした覚えがない。むしろ芸能人なんて興味
ないと勝手に思っていた。
でも今の口振りでは相葉さんは知っているみ
たい、ただのお隣さんのくせに俺の知らない
事を知っているなんて無茶苦茶癪に障る。
「…………ふふ、そーでしょーね。大ちゃん
も言いにくいだろうしw」
「なんですか、それって重要?知ってるなら
勿体ぶらないで教えてくださいよ」
「どうしようかな~。話してもいいけど…
やっぱり自分で訊いてみて!きっと面白いか
らさ」
「面白いって……何がです?」
「ん?大ちゃんの態度とか仕草?」
「好きな芸能人を訊くだけで??」
「うん!是非訊いてみて!それでわからないな
らかなりのニブチンだけどね」
「はぁ??何て言いました?最後よく聞き取
れなかったですが?」
「へへ、なんでもないよ!あっ、もうこんな
時間!翔ちゃんここで寝ていきなよ、元に戻
ったら起こしてあげるから」
言葉に連られて時計を見ると25時を過ぎて
いた、この姿のまま部屋に戻るよりここで休
ませてもらった方が安全だ。
「はい、そうさせてもらいます……」
「オッケー、それじゃ準備するね!一寸どい
てて」
俺が座っていたのはソファーベットだったよ
うでテキパキとベットへ変えていく。
ベットが完成すると枕代わりのクッションと
上掛けを渡された。
「オレはあっちの部屋にいるから何かあった
ら呼んでね」
「はい……ありがとうございます」
礼を言い布団にくるまると『おやすみ~』の
言葉とともに灯りが消された。
そのまま部屋から出て行くと思っていたのに
相葉さんは立ち止まり言った。
「大人になった翔ちゃんてさぁ、サクショに
スッゴく似てるね。最初見た時サクショが来
たのかと思ってびっくりしたもん」
「サクショ??」
「あれ?知らないの?国民的アイドルグルー
プのサクショだよ?」
「男のアイドルなんて興味ないし…」
「そっかぁ。じゃー大ちゃんの好きな芸能人
を知ったら驚くよw」
意味深な言葉を残し相葉さんは出ていった。
全く理解不能だけど取りあえずスマホで件の
アイドルを検索してみた。
何枚か画像を見たけどそんなに似ているとは
思えない。
「……そこまで似てないけど」
サクショとやらに似ている俺、それと智君の
推しの芸能人とどんな関連があるのか……
相葉さんの口振りだと『何か』はありそうだ
けど……
**
色々考えているうちに寝落ちしたようで、早
朝に起こされ慌てて家に戻った。
登校の支度をしながら鏡に映る自分の姿に安
堵する、無事に戻れて本当に良かった。
10歳年を取るキャンディー、智君より年上
になれるけど昨夜は散々な目にあったし今後
使うかは良く考えなきゃな……
身支度を整え智君の家へ。
昨日は喧嘩別れだったので一晩経って機嫌が
直っているのを期待しつつインターホンを押
した。
すると直ぐに玄関ドアが開き智君が現れた。
毎朝5分は余裕で待たされ、まんま寝起きの
様相なのに今日に限っては髪はセットされ制
服もパリッと着こなしている。
今まで一度もないシチュエーションに唖然と
していると、智君は『おはよう』と挨拶まで
してきたんだ。
「えっ?!ど、どうしたの智君?!」
「挨拶しただけだけど、おかしい?」
「や、そうじゃなくって……今日はビシッ
としてるし、何かあったの??」
「………昨日おいらと一緒に歩くの恥ずかし
いって言ったじゃん」
しっかりして欲しくてそう小言を言った…
やっと理解してくれたってこと?
「やっと生活態度を改める気になってくれ
たんだね!」
「まあな、高校卒業するまでだけど」
「えっ?」
「お前うるせえもん。年下にとやかく言われ
るのも癪に障るし、期間限定ならどうにかで
きそうだし」
一人暮らしを始めてからもきちんとしていて
欲しいのに、俺の小言が煩いから今だけ限定
で生活を正すだなんて本末転倒だ。
開いた口が塞がらない。
「あのね!何度も言うけどあなたが一人暮ら
しになるからしっかりしてって言ってるの!
小言を回避するために今だけとか、意味がわ
からないよ!」
「朝から本当うるせーな…おいらガミガミ
言われるの嫌だ。一緒に登校するのもあと少
ししかないんだぞ、小言じゃなくて楽しい話
をしたいと思わねーの?」
悲しげに言われて胸が痛くなる。
俺だって残りの時間を楽しく過ごしたいよ、
でも智君が心配すぎてそれが出来ないんだ。
この気持ちが伝わらないのは悔しい、でも智
君が寂しそうだと切ない……
「……わかった。今日は朝から頑張ったよ
うだから耳の痛い話はしないよ」
「マジで?絶対くどくど言うなよ」
「言わないよ」
そう約束して並んで歩いた。
でもそうなると何を話せばいいのか………
智君から話を振ってくるのは稀だから俺が話
題を提供しなきゃ。
近所の噂話?友達の恋愛事情?ハマったお菓
子とか??駄目だ全然興味ないだろう。
何かないかなと考え、相葉さん宅を通り過ぎ
た時うってつけなものを思い出した。
相葉さんが面白い反応が見れるから訊けと言
ったもの……
「智くんはさ、好きな芸能人いる?」
「………いるけど」
「へ~、初めて知った。誰なの?」
「………………………サクショ」
「サクショ?!」
智君の推しがまさかのサクショ、俺似だとい
うアイドルだった。
あんなやつのどこが良いのか、俺の方が数倍
良いのに!
「どこが良いの?」
そう訊かずにはいられなかった。
最初は『そんなのどうでもいいだろ』と言い
渋っていたけど、しつこく尋ねると観念した
のかチラッと俺の方を見てからボソっと呟い
た。
「……頭が良いとこと顔」
「そんな事だけでファンなの?」
「それだけじゃねーよ。性格も良いし……
でも一番の理由は………」
智君は突然俺の方を向いた、そこでバッチリ
と目が合った。
数秒見つめ合った後凄い勢いで智君は横を向
てしまう。
「理由なんてどうでもいいだろ!とにかく好
きなの!」
もうこの話題はお仕舞いとばかりに言い捨て
られ追求を諦めた。
本当は一番の理由と言うのを聞きたかったけ
どしつこくするのも憚れるし。
さて、次の話題はと考えながら智君を見ると
まだ顔を背けたままだ。
髪の間から垣間見える耳や頬が赤いのは何故
だろう?
それも訊ける雰囲気じゃなさそうだ。
よし、ここはご機嫌を取るために釣りの話を
しよう。
「ねえ、今が旬の魚ってさ……」
少ない知識を総動員して話かけるも智君は
そっぽを向いたままだった。
『翔くんに似てるから』
一番の理由は追求しろ
残念!!