お山の妄想のお話です。




「付き合って下さい」


真剣な目差しで言われた時、泣きそうにな

った。


好きな人からの告白は嬉しい。

でも、それ以上に悲しかった……

だって俺は目の前の愛する人を騙しているの

だから。


**


緊急の仕事があると呼び出された。

雇い主は『探偵』と『なんでも屋』二足の

草鞋を履く松本だ。


これまでバイトで浮気調査やお年寄りの

で電球の取り替えなどをやってきた。

松本は難しい仕事はバイトになんて任せられ

ないと言い簡単なものばかりだったから、

回も難しくないと思っていたのに…


「ある男を誘惑して恋人と別れるように仕向

けろ」

「……ふぁ??」


目の前の濃い美貌の主の言葉が理解できずに

キョトンとしていると、ファイルで頭を叩か

れた。


「まだボケる年齢じゃないだろ。これがター

ゲットの資料だ、しっかり読んでおけよ」


差し出すから受け取ってしまったけど、仕事

をするつもりはない。

だって一番不得意の恋愛沙汰だもの。


「ちょっ、無理だよ。そんな心理戦出来るわ

けねーじゃん!そういうのは潤の方が得意だ

ろ、お前がやれよ」

「無理。相手は男だし、それにその人小さく

て可愛い男がタイプらしいし」

「俺は小さいけど可愛くないぞ!!」

「うんうん、心配しなくても充分可愛いから

大丈夫だ」

「しかも相手は男だろ!」

「智はバイだから平気じゃん。それにターゲ

ットはあんた好みのイケメンだよ」

「なら尚更嫌だ!好みのイケメンを騙すなん

て出来ねー」

「それは仕事と割り切れ、なんでも屋なんだ

から」


何を言ってもあしらわれ結局仕事をする羽目

になった。

唯一の救いは報酬が結構良いこと、その金が

あれば暫く食うに困らない。


俺は一応画家だけど中々作品が売れないので

バイトで食い繋いでいる。

好きな事を続けるためだからバイトは苦じゃ

ないけど今回は憂鬱だな。


**


櫻井翔   27歳、大手外資系勤務のエリート。

依頼主とは半年前から付き合っている。

最初関係は良好だったが徐々に喧嘩が増え、

性格の不一致が露になった。


依頼主は二宮和也。

小さな劇団の俳優で、劇団の運営に櫻井氏か

ら金銭の援助を受けていたので自分から別れ

を切り出せないらしい。

運営も軌道に乗ってきたので、彼と別れたい

そうだ。その為には櫻井氏からの『さよなら

』が必要で今回の依頼になった。


潤の考えたシナリオは俺が劇団の新入りにな

りすまし、依頼主に会うため週に何回も稽古

場を訪れる櫻井氏を誘惑し惚れさせるという

もの。


「そんなん無理だってぇ。誘惑の仕方もわか

んねーし、惚れられるほどのビジュアルでも

ないっての……」


すでにヒューマンエラー、失敗する未来しか

見えない。

ため息を吐きつつ資料を捲っていくとターゲ

ットの写真が出てきた、それを見て衝撃が走

る。かなりのイケメンなのもあるが、俺はそ

の人を知っていたからだ。


半年位前、古書店でバイトをしていた時に幾

度となく来店していた人。

通勤路なのか帰りにふらっと立ち寄り、いつ

も同じ本を手に取って読んでいた。


レジから遠く、しかもレジ前には何冊もの古

書が積み上げられていたので彼には俺が見え

ていないだろう。それに一度も本を買ってな

いから存在すら知らないはず……


俺は彼をよく見ていたけどね……

恥ずかしながら一目惚れだったし。

でも告白しようなんて考えなかった、スマー

トに高級なスーツを着こなす彼とは住む世界

が違うと承知していたから。

ただ見ているだけでいい、そんな恋だった。


しかしそれも古書店の閉店で幕を閉じた。

高齢だった店主が余生は故郷で暮らしたいと

廃業することになりバイト終了となった。

何処の誰とも知れない一目惚れの彼、もう二

度と会うこともないだろう。


儚い想いだったけどそれで良いと思っていた

……のに!!

誘惑しろだ?!惚れさせろ?!あの人を騙

せって!!出来るわけないだろ!


速攻で松本に『やっぱ無理、絶対ヤダ断る』

と電話した、しかし返ってきたのは『決定事

項だ、いまさらキャンセルは受け付けない。

どうしても断るというなら今後一切仕事は回

さないからな』と脅された。


このバイトは結構割りが良く俺の生命線、

それを切られたら立ち行かない。

なので泣く泣く承諾した、生活のためだもの

仕方無いと割り切って……


**


「益子君、この後ご飯行こうよ」


稽古場の片付けをしていると爽やかな笑顔で

櫻井さんが誘ってきた。


「えっ……俺ですか?」

「君と行きたいから誘ってるんだよ。美味し

い魚介の店を発掘したんだ」

「魚介ですか、でも確か二宮さをは魚苦手で

すよね…」

「カズはこの後打ち合わせがあるんだって。

だから君と俺だけだけど」

「二人?ですか…」

「もしかして嫌なの?」

「いえ……ただ……」


恋人を放っておいていいのかと、気まずそう

にチラリと二宮さんを見た。

それを察した櫻井さんは悪びれもる様子もな

く『カズ、俺益子君と飯食いに行くけど問題

ないよな?』と声を掛ける、すると二宮さん

はOKと笑顔で手を振った。


「ほら、大丈夫だろ。カズはそういうの気に

しないんだ。車をまわすから外で待ってて」


上機嫌で稽古場を出ていく後ろ姿を見送って

はぁ、っと大きく息を吐いた。

益子 悟、それが今回の名前。

本名で出来る仕事じゃないから偽名を使って

いるんだ。


潜入して2ヶ月程だけれど、俺がアクション

を起こさなくても櫻井さんの方から近付いて

くれた。色々気に掛けてくれて、食事はもう

何回も行っている。


最初は恋人である二宮さんも一緒だったけど

近頃は二人のことが多いんだ。

誘惑なんてしてないけど、なんだか好意を持

ってくれているみたいだし…

これって仕事が順調ってことかな…


上手く行ってるのは喜ばしいけど俺の心は複

雑だ。彼からの好意は正直嬉しい、けれどそ

の倍騙している罪悪感がある。


それに彼の気持ちが移り恋人と別れたら、そ

こで仕事は終わり俺は姿をくらまさなきゃな

らない。一緒にいられる幸せな時間は終わっ

てしまうんだ。

きっと悲しみと喪失感はハンパないだろう。


潤のシナリオは偽りの恋愛……

相手をその気にさせ任務を完了したらとんず

らしなきゃならない、だけど俺は真剣に彼に

惹かれてるんだ。


でも正体がバレたら俺の気持ちなんてきっと

信じてくれない。

幸せな時間は終わって欲しくない、でも正体

がバレて嫌悪されるよりはましだ。

どのみちバイバイなんだから早く終わらせた

方がいい。


この後の食事は心を殺して印象良く振る舞

い、仕事と割り切って彼の笑顔に絆れないよ

うにしなきゃ。ああ、気持ちが重い……


「はあぁぁぁ」


やるせなくて何度も溜め息を繰り返していた

らトントンと肩を叩かれ、振り返るとそこに

は依頼主が立っていた。


「なに辛気臭い顔してるんです?仕事を全う

するためには笑顔でいなきゃ!私の今後はあ

なたの働きにかかっているんですからね」

「わかってますよ……」

「だったらスマイルスマイル!あの人をどん

どんその気にさせちゃってくださいな」

「……わかってますって」


二宮さんは俺と櫻井さんの距離が近づくのが

嬉しいみたい、そりゃ自分は別れられるから

当然だよな。

なんだかな……俺の憂鬱が増すばかり…


「ねぇ、これは感なんだけど、あなた翔さん

が好きなんじゃない?」

「……いいえ、仕事で益子 悟を演じてるだ

けですから」


図星を突かれて内心焦ったけど、なんとか平

静を装い答える。しかし二宮さんは疑いの眼

差しを向けてくる。


「へ~、そう。だけどやっぱり素人だね、粗

がある」

「そりゃあなたみたいな役者さんじゃないで

すから」

「そうだね、私くらいになるとどんな役でも

自然に演じきれる。今だって役に成りきって

ますがわからないでしょ?」

「はぁ?今もって??」


役者だから感性が違うのか?

言ってる事が珍粉漢粉だ。


「わかりませんよね、それでいいんです。

でもあなたの粗は目立った方がいい、その方

が万事上手く行きますから」

「はい??」


全然意味がわからん。

怪訝な顔をしていると再度『スマイル!』と

笑顔を強要された。


「さあさ、笑って笑って!お金の使い方がお

かしい意気地無しに精々愛想を振り撒いて来

てください」

「へっ?それ誰のこと?」


俺の問いに答えず二宮さんはフフッと曰くあ

り気に笑った。





キーパーソン?      


2話完結を目指す(☆∀☆)      

むらっ気御免ww