お山の妄想のお話しです。
赤いキャンディー、青いキャンディー
知ってるかい?
「……うるせぇ」
低く不機嫌そうな声がした。
そのもとである隣を見ると、幼馴染みが仏頂
面をしている。
「なにその言い方。俺はあんたのためを思っ
て言ってあげてるのに」
毎日幼馴染みに会う度、俺は小言を言ってい
る。それは余りに彼がもだらしないから。
今朝も髪の毛は寝癖で爆発だしワイシャツも
第3ボタンまで留めていなかった、そんな格
好でフラフラしていたら意見したくもなる。
「お前には関係ねーじゃん」
「関係あるよ、一緒にいて恥ずかしいし」
「じゃー、離れろよ」
「嫌だよ。あんたから離れたらウザい女子が
集まってくるもの」
「………おいらは虫除けじゃねえ」
「おばさんからも頼まれてるし」
「それって、小学生の時だろ?今は高校生だ
からもう無効だ」
一つ年上の幼馴染みは小学一年生の時遅刻魔
だった。おばさんは早めに家を出していたけ
ど、どうやら学校までの道中で時間を食うら
しい。
野良猫の後を追いかけ学校とは逆方向に行っ
たとか、蟻の行列を到着地まで辿ったとか。
時間を忘れてぼーっと空や水溜りを見つめて
いたりとか理由は様々。
一人での通学だと遅刻は一向に減らない。
しかし近くに小学生はいないし毎日親が付き
添うわけにもいかず困っていた。そして一年
後小学校に上がった俺に白羽の矢が立ち、
おばさんから『智と一緒に学校に行ってくれ
ない?』と頼まれたんだ。
智君とは仲良しだし二人一緒に学校に行くの
も幼稚園からの夢だったので喜んで承諾した
だけど最初はとても苦労した。
何回か巻き添えで遅刻したけど、挫けること
なく逆に使命だと感じた。
幼い頃は大好きな智君を遅刻させちゃいけな
い!と純粋に頑張り、中学生になると内申に
響くからと使命感に燃え、高校生になった今
は個人的な複雑な理由から……
そんなこんなで俺達は一緒に通える最後の年
になってしまった。
智君は卒業し来年はこの道を一人で歩く……
そう考えるととても寂しくてつらい、だけど
将来のために必要なんだ。
「あんた来年から一人暮らしだろ?何でも自
分でやらなきゃいけないのに、今のままのだ
らしなさじゃ生活出来ないよ。寝坊したって
もう俺は起こしてやれないし支度だって手伝
えないんだから」
「そんなん自分でなんとかするし」
「無理だね、絶対出来ない。だから残された
時間で躾直そうとしてるんだよ」
「そういうの大きなお世話だから。翔くんに
頼らなくても生活できるもん。つーか、いち
いち細かいんだよな。お前はかーちゃんか?
それとも小姑?」
「母親でも小姑でもねーし、だらしない幼馴
染みを持った常識人だよ」
「歳上にそーゆう生意気な態度取るのが常識
人?敬うべきだろ」
「あんたが駄目過ぎて敬えないんだよ」
「……本当、失礼な奴、どーしてこんな奴と
帰りまで一緒になんのかな。朝も帰りもネチ
ネチネチネチ……」
「……偶然だから仕方無いでしょ」
本当は偶然なんかじゃない、苦労してタイミ
ングを合わせてる。
鈍感な智君はそうまでして一緒にいたい男心
に全然気付かない。
「お前モテるんだろ、女の子と帰れよ」
「モテるよ、でも今は誰とも付き合う気はな
いから」
「自慢かよ…」
「今は女の子よりあんたを更正させる方が重
要だからね」
『女の子よりあんたといたい』と、本心はさ
すがに明かせないよ。
「更正……おいら犯罪者かよ」
それまでも喧嘩腰だったけどこの言葉に完全
にキレたらしい、普段は穏やかな智君があか
らさまに怒気を顔に表した。
「そうではないけど、勘違いされたり犯罪に
巻き込まれるかもしれないだろ」
「ぜってーねえ。おいらを馬鹿にしすぎだ!
年下のくせに偉そうにすんなっ!!明日から
家に来なくていいから!」
丁路地の突き当りの相葉さん家の前で智君は
怒鳴り、俺が言葉を発する前に左隣の自宅へ
と入ってしまった。
「ちょっ、智くんっ!明日も行くからね!」
俺も大声で返したけどはたして智君に届いた
だろうか……
あんなに怒るなんて少し言い過ぎたのかも…
こちらも反省する点はあるけど、全部智君の
ためを思ってなのに…
彼が悪事を働くことは絶対無い、だけど今の
ように隙だらけだと悪い奴に付け込まれるか
もしれない。それが心配なんだ。
俺がいない場所で何かあったらと考えると怖
くてしかたない。
騙されて傷つけられたり、乱暴でもされたら
俺は正気でいられないだろう。
これはただの幼馴染に向ける感情じゃない…
ずっと前から智君は特別な存在、俺はあの人
に恋い焦がれている。
それは秘密の想い、告白なんて出来ない。
だって俺達は同性だもの……
きっと受け入れてもらえない。
智君は俺の気持ちを迷惑がるだろうし、夜な
夜な邪な妄想をしていると知れば気持ち悪い
と避けるはずだ。
チキンな俺は近くに居られる『幼馴染み』の
ポジションを失うのが怖い、だから溢れる想
いを押し留めている。
大好きだから嫌われたくない、ずっと一緒に
いたいけどそれも不可能…
離れたら守れない、そうなると自衛してもら
うしかない。
だから説教じみたことを言ってしまうんだ。
自分でもしつこいウザいと感じるほど苦言
を呈しているのに、悲しいことに今のとこ
ろ全く通じてない……
殆どの場合智君は無視を貫く、そしてたまに
さっきみたいにキレる。
それも最後には『年下のくせに』の捨て台詞
付きだ。
その言葉は地味に俺の胸に突き刺さる…
年下、年下、年下、年下、年下……
たった一つ違いなだけのに対等じゃないみた
い……
年上というだけで俺の想いも願いもとりあっ
てもらえないの?
ずっと『年下のくせに』と言われ続けても
『幼馴染み』ポジションを捨てられないなん
て…情けない…
智君が別の誰かと恋に落ちて結婚しても、俺
はずっと我慢し続けるしかないんだ。
………それはかなりの生き地獄だな。
せめて歳が上なら、少しはこの恋が叶う可能
性もあったのかな……
「クソッ、年下の何が悪いんだよ!」
どうにも出来ない事だけど愚痴らずにはいら
れない。
「そうだよね〜、愛の前には歳なんて関係な
いのにね」
誰もいないと思っていたのに突然声がした、
驚いてそちらを見ると門扉の隙間から相葉さ
んが顔を覗かせている。
「えっ?!何時からいたんですか??」
「全然最初から〜」
「もしかして全部聞いてました?」
「うん。でもね盗み聞きじゃないよっ!
コンビニ行こうと思って出てきたら丁度翔ち
ゃん達が家の前で喧嘩を始めたとこで、出る
に出れなくて」
「……そうだったんですか、すみません」
家の前で騒がれて嘸かし迷惑だっただろう、
素直に謝ると相葉さんはニコッとした。
「いいんだよ〜、可愛い痴話喧嘩だし。なん
か青春だなって思っちゃった」
「痴話喧嘩じゃないですから」
「オレには心配性の彼氏が無防備な恋人を必
死に諭してるように聞こえたけど」
「俺とあの人はそんな関係じゃないし…」
「そう?自覚ないんだ」
「自覚とか…智君は俺のことなんて…」
『何とも思ってない』という言葉は流石に辛
くて言えない、そこまで自虐的ではないから
「まだそーいう繊細なことがわからないお年
頃なんだねぇ。いいなぁアオハル〜」
「……はぁ?」
以前から思っていたけど、この隣人とはよく
話が食い違う。彼は俺より十は年上で世代が
違うからかもしれないが、『自称科学者』
という変わった職業も要因だと思う。
このまま彼と話していても的確なアドバイス
などくれないし、時間の無駄と判断してさっ
さと家に帰る事にした。
「家に帰ります、相葉さんはコンビニへ行っ
て下さい。気を使わせてしまってすみません
でした」
軽く頭を下げてから身体の向きを変え右隣り
の自宅へ向かおうとすると、相葉さんは慌て
て引き止めてきた。
「ちょっと待って!悩み大きティーンにお兄
さんが良いモノあげるから!」
「……えっ?」
「さっき言ってたけどやっぱり年の差って気
になるでしょ? それをどうにかできるかも
しれない画期的なモノをちょっとだけプレゼ
ントするよ!絶対に役立つはず!それのおか
げでオレとカズちゃんもラブラブハッピーに
なれたからね!」
「カズとあなたが??」
「うん!持って来るから待っててね」
そう言い残し家の中へ行ってしまう。
残された俺は困惑していた、だってやはり会
話が成り立っていないから。
カズは両親が海外にいるため相葉さんと一緒
に暮らしている中学生。
関係は叔父と甥で、しっかり者のかずは年下
ながら奔放な相葉さんの手綱を握っているよ
うだ。
その叔父と甥で『ラブラブハッピー』??
意味が不明すぎる……
何をくれるのか分からないが関わらない方が
いいかも……やっぱり家に帰ろうか…
そんな事を考えている間に相葉さんが戻って
きてしまい、小さな硝子瓶を寄越した。
「これ偶然できた発明品!きっと青い方が必
要だと思うから青だけにしたよ~」
「えっ?!発明品??でもこれ…」
瓶の中身は青くて丸いキャンディにしか見え
ないけど……
「飴ちゃんみたいでしょ?でも効果は覿面だ
よ。それでね、注意することがふたつあるの
まず一回につき一粒だけ、それからなるべく
一人の時に食べること。でないと周りの人が
ビックリするし翔ちゃんも恥ずかしいことに
なるから絶対に守ってね」
「え?あの、はい?!」
「それから大ちゃんには秘密にして!その方
が翔ちゃんのためだから」
「智君に内緒って?どうして??」
「食べてみたら意味がわかるよ!それじゃ
オレはコンビニ行くね、カズちゃんに青い飴
ちゃん食べさせて無理させちゃったから夕飯
はお弁当なの。大好物のハンバーグ食べさせ
て体力が回復したらもう1ラウンドとかw」
相葉さんはウヒヒと笑いながら楽しそうに行
ってしまった。
あの人の頭の中はどうなっているんだ、会話
から全然趣旨が掴めなかった…
「怪しいキャンディ…でも捨てるわけにも
いかないし。仕方無い…」
取りあえず渡されたキャンディを持って家に
帰ることにした。
瓶の中で青いキャンディが鈍く光っているよ
うに見えたのは気のせいかな……
ちょうちょは卵に ベビーは大人に
小さくなるよ 大きくなるよ
スゴイよ
的なお話w