お山の妄想のお話です。





俺がアルバイトしているのは叔父が昭和時代

に開業した喫茶店。

当時からあるアンティークな家具が良い雰囲

気を醸し出している純喫茶だ。


昔からの常連が多い店だけれど近頃は流行に

乗った若い世代も訪れる。

寡黙な叔父に代わってそいつらの対応をする

のが俺の仕事。まあ、本当のことを言うと調

理が出来ないからウェイターなんだけどね。


大学の空き時間を利用してのバイト。

今日はティータイムを過ぎてからのシフトで

店内にお客はいなく、片付けを終えた俺はカ

ンターに入って一息ついていた。


やることもないのでスマホでメールチェック

をしていると、コロコロとドアに付けられた

ベルが鳴り来客を知らせる。


「いらっしゃいませ」


顔を上げ入り口に視線を向けると、そこには

知った姿があった。

それはこの店で知り合い仲良くなった人で

し振りの来店だ。


彼は無言のままほぼ指定席になっているカウ

ンターの一番奥、俺の目の前の椅子に手をか

けた。



「女の子紹介して」


腰掛けての第一声がれ。


「ここはそういう店じゃないよ」


俺はウルウルと潤んだ瞳で見てくる男に冷た

く返す。それに対して『冷たい!友達なのに!』なんて泣き真似をするけど、全然冷た

くなどない。


「人聞きの悪いことを言わないでよ、あなた

には何人も紹介したでしょ」


数ヶ月前、更にはその前にも同じ様に頼ま

その度に友人や知り合いをこの店で引き合わ

せた。


落ち着いた店内で二人で話し良い雰囲気に

って、その後はそれなりに付き合ってい

たい。だけど暫く経つと八の字眉で店に来

同じ台を言う…結局長くは続かない。

今回の原因は何だったのだろう?


「紹介した人に問題でもあったの?」

「そんなのないよ。翔くんの知合いだもの

みんな可愛くて優しくて素敵だった……」

「そう……」

「……おいらが振られたの」


破局を迎えるのは振ったり振られたり、比率

で言えば振られる方が多いみたい。


「どうして?理由は訊いた?」

「うん……落ち着き過ぎて刺激がないって。

おいらといてつまらなかったみたい」


シュンとして俯く智君

俺は相手の言い分に苛ついた。

この人の穏やかさを『つまらない』と感じた

なんて間違った価値観だ。


確かにアグレッシブな人ではない、それが今

時の女子には物足りなかったのかな。

でも自己主張が激しく行動力旺盛な奴と一緒

だと振り回され精神が疲弊する。

刺激がなくても近くに居るだけで春の日溜ま

りのような心地好さを感じる人の方が良いと

思うんだ。


紹介したのは俺が厳選した女性ばかりだけど

今回も彼を幸せにはできなかったようだ。

人選ミス……

いいや、これはミスじゃない。

失敗するように敢えて選んだのだから。


「……ごめん、あなたの良さがわからない

バカな娘を紹介して」


辛い思いをさせてしまったことを謝ると『翔

くんのせいじゃないよ』と言ってくれた。

俺の企みに気付いていない優しい人…


「おいらがダメなんだ。女の子が好きそう

モノもわかんねーし、口数も多くないから

まらないって思われて当然だよ」

「一緒にいるだけであなたの優しさや穏やか

さで癒されるのに、それがわからないからバ

カな娘って言うの。俺が女なら絶対に離した

りしないのに」

「……女なら……かぁ」


智君はボソリと呟き俯いた。

小さな声だから聞こえてないと思ってるよう

だけど、俺の耳にはバッチリ届いた。

彼の一言一句を聞き逃したりしない、ずっと

この瞬間が訪れるのを待っていたのだから。


「そんなに落ち込まないで、美味しいココア

を淹れてあげるから」


甘い物が好きな彼のために、叔父に教えても

らったホットココア。

唯一作れるメニューだ。


「あんがと。翔くんのココア凄く美味いよね

甘さも丁度いいし」

「でしょ?特訓の成果だもの」

「特訓したの?ココアだけ?」

「うん、好きな人の好物だから」

「…………好きな人いるんだ」

「ずっと片思いだけどね」

「へ~、そうなんだ…知らなかった…」


小鍋にココアパウダーとグラニュー糖を入れ

混ぜながら話すと彼の沈んだ声が聞こえた。

ショックを受けた?だったら嬉しいな。

だってあなたが隠している本当の気持ちを確

かめられるもの。


「……どんな人?」

「 ん?」

「翔くんが好きなのって……同じ学校の人?

頭が良くて美人なんだろ?」

「性格が良くてとても綺麗な人。でも学生じ

ゃないよ」

「じゃ、何処で知り合ったの?」

「この店」

「…おいらも会ったことある?」


『毎日鏡の前で会ってるはずだよ』って

言いたいけどまだ早い。


「質問ばかりだね、そんなに興味ある?」


鍋にミルクを加え弱火にかけ、滑らかなペー

スト状になるまでよく練る。

ここの過程は重要だから鍋から目を離せない

けど、彼がどんな表情なのか知りたいな。

悲し気なら俺的には最高なんだけど。


「だってこんなにカッコいい翔くんが好きに

なる人だぜ?知りたいじゃん…」

「俺の質問に答えてくれるなら教えてもいい

けど?」

「答えたら本当に教えてくれる?」

「真実を話してくれたらね」

「おいら嘘なんて言わねー」


ムクれた声に口角があがる、彼はきっと横を

向いて唇を尖らせているだろうな。

もう何回も目にした光景、その姿が可愛くて

愛しさで胸が熱くなる。


「そうだね、あなたは嘘をつけない。でも隠

すのは上手だよね」

「………隠し事なんてねーし」

「そうかな?まぁいいや。じゃ早速訊くよ、

どうして突然彼女が欲しいなんて言い出した

の?それまでは女性になんて興味なくて俺と

遊びに行ってたよね。突如それもなくなったし、何か理由があるんでしょ?」


**


彼、大野 智とはここで出逢った。

イラストレーターが生業の彼はマスターのコ

コア目当ての常連で、過酷な締め切りが過ぎ

ると甘いものを求めこの店に来ていた。

最初は只の店員と客で殆ど会話はなかったけ

ど綺麗な人だなと気になっていた。


そんなある日、彼に見惚れていてお冷やを溢

すという失態を犯した。それが運悪くTシ

ャツにかかりビショビショに……

慌てて乾いたタオルを差し出すと『外暑かっ

たから涼しくていいよ』と不手際に怒りも

せず笑って許してくれたんだ。


綺麗な上に優しくて感動した。

それから急速に距離が近づき仲良くなり、連

るんで遊びに出掛けるようになった。

バイト終わりの居酒屋やカラオケから始まっ

たそれは休日に映画館や文化施設、テーマパ

ークへも行くまでになった。


なんだかデートみたいたけど男同士でも気持

ち悪いと思わないし、純粋に楽しくて二人で

いるのに幸せを感じた。


恋してるのを自覚した瞬間だった、そして智

君の様子からも同じ気持ちだと確信した。

同性カップルにまだ世間は厳しいけど、俺達

なら支え合って進めると思えたんだ。


それなのに告白しようと決めたタイミングで

女の子を紹介してと言われ、信じられなかっ

たし戸惑ったけど彼の真意を知るため引き受

ける事にした。


お相手は可愛くて性格が良く、微妙に好みが

智君から外れる娘。

女の子が本気になったら面倒なのでかなり精

査した。

少し不安はあったけど『智君は絶対にこの

娘を好きにならない』と謎の自信もあった。


思惑通り智君は誰とも深い仲にならず別れて

いるし、時折見せる仕草から想いは俺にある

と感じらる。

だから満を持し勝負に出た。



「別に理由なんてない……ただ彼女が欲しか

っただけ」

「それは俺が聞きたい答えじゃないな」


『突然GFが欲しくなった』なんて理由と

してかなり弱い、誤魔化そうとしてるのがバ

レバレだ。


「本当だもん……淋しかったから…」

「淋しい?ずっと俺と遊んでたのに?」


その言葉に少なからずショックを受けた。

二人でいて楽しかったのは俺だけだったの?

そんなハズはないと思うけど…


「………翔くんといるのは楽しかったよ。

でもさ……だから淋しくなったんだ」

「それ矛盾してない?」

「してねーよ。楽しい事が終わったら淋しく

なるだろ。楽しいのが永遠に続くわけじゃな

いし」

「つまり、俺との時間が永遠じゃないから代

わりが必要だったってこと?」

「…………うん」


『彼女』は淋しさを紛らすための代用品…

この会話からも智君が俺に好意を持っている

のがわかる、やっぱり想いは同じだった。

これならきっと告白は上手くいく。


早く『あなたが好きだ』と抱きしめ安心させ

てやりたい。

しかし疑問もある、俺は付き合いを終わらせ

る素振りを一切していないのにどうしてそう

思ってしまったのかだ。


「あなたとはもう遊ばないなんて言った記憶

ないんだけど、なぜそう思ったの?」

「それは……」


そう訊くと言い辛いのか智君は口を噤む。


「真実を話す約束事でしょ?包み隠さずに言

ってよ」


急かすつもりはないが真相を知りたい。

そこをクリアすれば一気にゴールへ辿り着け

るはずだから。


「かなり前に、どうしてもココアが飲みたく

なって閉店間際に来たことがあるの。

窓から中を覗いたら翔くんがいたから入ろう

としたんだけど、よく見たら綺麗な女の子も

いて…二人で楽しそうに話してるの見たら、

美男美女でお似合いだなって思ったんだ…

カッコいい翔くんの周りには沢山綺麗な人が

いて、恋人が出来たらおいらなんかもう相手

にしてくれないだろ。こっちからも誘えなく

なるし…翔くんとの時間がなくなると思っ

たら凄く悲しくて淋しくてさ……」


そういえば女の子を紹介してと言い出す前、

智君と連絡が取れない期間があった……

てっきり締め切りに追われて缶詰状態なのだ

ろうと思っていた。まさか俺が女性客と話し

ているのを見て傷付いていたなんて……


「その子はただのお客だよ。俺が誰とも付き

合ってないのはあなたも知ってるでしょ」

「知ってるけど……モテモテでいつ恋人が

出来てもおかしくないじゃん、翔くん目当て

の客も沢山いるしさ」

「だからって彼女が必要になる?」

「必要だよ。その子を好きになれば辛い思い

をしなくてすむ、気が紛れるし」

「俺が辛い思いをさせるってこと?有り得な

いでしょ」

「おいらが勝手に辛くなるだけだから翔くん

のせいじゃないよ」

「だからさ、どうして辛いの?全部話して」

「…………嫌だ」

「ここにきてそれはナイんじゃない?俺の好

きな人が誰か知りたくないの?」

「知らなくていいや…本当の事を言ったら

翔くんはおいらを気持ち悪いって思うし。

嫌われるよりマシだもん」


そう言い口を閉ざす。

俺への気持ちがバレたら嫌悪されると思って

いるらしい、そんな事は絶対ないのだけど…

どうやら智君は俺の想いに気付いてないよう

だ。


これは彼の本心を早く聞きたくて、急き立て

てしまった俺のミス。

ここは当初の予定通りにこちらから告白した

方が良い。


それには重要な役割を果たすココアを完成さ

せなくちゃ、俺は急いで作業を再開した。

艶よく練り上がったペーストを温めなおし、

牛乳を少しずつ入れ泡立て器を使い溶く。

満遍なく溶きおえたら特製ココアの出来上が

り!


何時も以上の完璧な仕上がり。

重大な局面で失敗なんてあり得ないからね。

さあ、ここからだ…

ありったけの想いをあなたに伝える覚悟を決

め、居心地悪そうにしている智君の前にココ

アを置いた。


「できたよ」

「……あんがと」


小さく礼を言い、カップを取ると智君はフー

フーと息を吹きかけてから一口含んだ。

猫舌だから必ずする可愛い仕草、これからも

ずっと見ていたい…


「うめ……翔くんのココアやっぱうめーや…

好きな人のために腕を磨いたんだものなぁ

当然か……」


以前だったら『すげーうめぇ!』と屈託のな

い笑顔を見せてくれたのに今日はそれがない

あの話しをした後だから仕方無い…でも安心

して、すぐにあなたを笑顔にするから。


「マスターのと俺の、どっちが美味しい?」

「……翔くんかなぁ。似てるけどどこかが違

うんだよな」


完コピだとお墨付きのココアだけど、マスタ

ーと違うところが一つある。

それが味の違いのポイント。


「でしょ?だってマスターより工程が一つ多

いからね」

「そうなの?おいらにはわかんないけど」

「目には見えないから」

「どういうこと??」

「美味しくなぁれって、料理が美味しくなる

おまじないがあるでしょ?ココアを作る時ず

っとそれを念じてるの」

「ふぅん…すごいおまじないだね。

ただの客のおいらがこんなに美味いんだもの

翔くんの好きな人はもっと美味しく感じるん

だろーな…」


智君は悲しそうにカップを見つめている。

ごめん…でももう少しだけ話させて、そし

たら誤解が解けるから。


「このココアを一番美味しく飲めるのは智君

のはずだよ」

「えっ…だって片思いの人…」

「今まで黙ってたけど、実は俺がココアを淹

れるのはあなただけなんだ」

「……は?」

「智君のためだけに作るし、これには俺のあ

なたへの愛が沢山溶け込んでるの」

「嘘……」

「ずっと前からあなたが好きだよ」

「嘘だ…だったらどうして女の子を紹介し

てくれたの」

「それはあなたの真意、楽しい二人の時間を

終わらせてまで彼女をつくりたいのは何故か

を知りたかったから」

「そんな…」

「本当は女の子を紹介する前に告白するべき

だったけど、両想いだと思っていたのは俺だ

けだったのかもと怖くなって…

だからあなたの心を見極めて俺の想いが一方

的ではないと確める必要があったの。

そのせいであなたに何度も嫌な思いをさせて

ごめん」


智君が別れる度、胸は喜びでいっぱいだった

落ち込む姿を見ながら『やっぱりあなたには

俺しかいないんだよ、あなたに相応しいのは

俺なんだ』と利己的な思いでいた。


自分を酷い奴だと認める、でも俺を諦めて代

わりを探す智君も相当だろ。

これはお互いの弱さが招いたこと、けれどあ

なたの気持ちを確信した今怖いものはない。

だからずっと伝えたかったことを言えたんだ

あとは智君から本当の気持ちをを聞きたい…


「あなたが何を言っても嫌ったりしないよ、

だから俺の事をどう思っているか気持ちを教

えて」


俺が話している間、智君はじっとココアの入

ったカップを見つめていた。

無表情なその顔から心の内を読むことは出来

ない、もしかしたら真実を知って俺を軽蔑し

たのかも……


**


長い沈黙だった。

店内は静寂に包まれ、二人の間にはピンと張

り詰めた空気が流れる。


……やはり試すような事をしたのを怒って

いるのかな。酷い奴だと見限られたかも…


そんな不安が胸をよぎり始めた時、突然智君

はココアを一気に飲み干した。


「やっぱ翔くんのココアは最高にうめえ!

愛情がいっぱい入ってるのもあるけど、大好

きな人が作ってくれたものは無条件に美味い

よね!」


そして満面の笑みを浮かべ言ったんだ。


「それって智君も俺が好きってことだよね?

俺達両想いでいいんだよね?」

「うん……嫌われるのが怖くて言えなかっ

たけど、ずっと好きだった」


待っていた言葉をやっと聞けた……

やはり俺達は想い合っていたんだ。

感動で胸が熱い、嬉しい。


だけど智君は本当に俺を赦してくれているの

かと不安が残る……

自分勝手な考えで謀り、愛する人が傷付くの

も厭わなかった。そんな最低の奴を咎めず受

け入れられるの?


智君は慈悲深い菩薩のような人だから気にな

らないかもしれないが、俺は自責の念に駆ら

れている。だから……


「俺……あなたに酷いことをした。その罪

を償いたい」

「償うなんて……おいら気にしてないし」

「それじゃ、俺の気がすまないよ」

「どうしろって言うの?」

「そうだな……二三発殴ってくれる?」

「ええっ!?嫌だよ!絶対ヤダ!」


手っ取り早いものを提案したけど全力で拒否

された。でもこのままでは気が済まない。


「暴力はいけないものね…でも罪悪感を抱

えたまま新しい関係を始めるのは嫌なんだ」

「罪悪感ならおいらにもあるよ、だから御相

こでいいじゃん」

「智君にも?!何に??」

「女の子紹介してって頼んだこと。たとえ疎

遠になっても翔くんの知り合いならその子を

通じて繋がっていられると思った、そんな打

算があったの。翔くんに会う口実になって気

に掛けてもらえたしさ」

「そんなの俺のした事とは比べ物にならないよ」

「同じだよ。騙して利用したんだし…

でもさ、これってある意味恋の駆け引きつー

ことで罪にはならないんじゃない?

それありきで両想いになれたんだからいーじ

ゃん」


今の幸せは過去の辛いことの上に成り立って

いる、振り返って断罪するよりこの先に続く

未来を幸せにしていこう


智君らしい素直で前向きな考え、俺もそれに

倣うことにした。

何があってももうあなたを試すようなことは

しないし、ずっと想い続け幸せにするよ。

二人が幸福ならそれでいい、それが正解なんだ。


これからも溢れんばかりの愛情を込めた甘い

甘いココアを智君のためだけに淹れ続けるから、あなたも俺のココアが一番美味しいって

ずっと思っていてね。


**


好きな人のために作るもの

好きな人が作ってくれたもの

それって凄く特別なんだ


他の人には不味いと感じるものだって

想い合う二人にとっては甘露になる


『愛』って本当に不思議なスパイスだよね







無駄に長いね~

全部無駄だね~

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