お山の妄想のお話です。




麗しの君に話し掛けると決めた翌日、それを

実行するために例のコーヒーショップへ向か

った。


なぜすぐ行動したかと言うと『次に会えた

時』なんて曖昧では駄目だと思ったから。

間を開けたら決心が鈍ると不安を感じたんだ


こういうのは早くした方がいい、時間が経て

ばそれだけ及び腰になる。

だから忌々しい残業を回避するために我武者

羅に働き定時で退社した。


早目にコーヒーショップに行って、麗しの君

がいなければ待てばいい。

運悪来なくても万全を尽くしたと思えるから

次の意欲に繋がるしね。


そんな考えで店に向かったんだ。

出来ることなら居なくて、待つ方がいいなん

て思いながら……


女性に話し掛けるならそんなにハードルは高

くない、相手もナンパだと理解して相応の態

度をとるから。


でも麗しの君には少し困難だ。

だって俺の想い人は男、同じ性別だから。

突然話し掛けたら『何だこいつ』と警戒さ

れ最悪キャッチと思われるのがオチだ。


恋する人に邪険に扱われるのは悲し過ぎる、

それに周りの目も怖い。

今まで好きになったのは異性だけの俺にとっ

てイレギュラーな恋。

どう動いたらいいかわからず周囲にも言えな

かった。


だけど同じ悩みを抱えるぎょサンと知り合っ

て、悩みを話すうちかなりストレスが軽減し

前向きになれたんだ。


だから彼が告白するなら俺もそれに倣おうと

思った。

上手くいっても駄目でも一つの区切り、その

後はまた考えればいいさ……

きっとぎょサンは見捨てずに相談に乗ってく

れる、その安心感だけで行動出来そう。

本当に彼は大切な心の拠り所だ。


ともすれば挫けそうな心に『ぎょサン、俺

頑張るから』と唱え進む。

目の前のビルの角を曲がれば目の前はコーヒ

ーショップ、段々と鼓動が激しくなる。


いる?いない?

もうウィンドウが見える位置だけど道路から

店に視線を向けられない。

やっぱりまだ心の準備が出来ていない、しか

しこれでは駄目だと自身を叱咤し気合を入れ

顔を上げた。


すると道路に面した何時もの場所に麗しの君

が見えたんだ。その姿に一瞬たじろいだが覚

悟を決めて店へと向かう。


徐々に距離が縮まり、かの人の容姿がはっき

りしてくるとその麗しさに惹き付けられ目が

離せなくなる。


そんな不躾な視線に気付いたのか、ふいとこ

ちらを向いた麗しの君とバッチリと目が合っ

てしまった。


しばらく見つめ合った後、麗しの君は戸惑っ

た表情をして顔を逸らした。

同様に俺も驚いていたがもう後には退けない

そのまま入店し彼の横に立つ。


「あの、隣いいですか?」


そう声をかけると麗しの君は俺を見上げ

『どうぞ』と言ってくれた。

想像していた通りのゆったりとした優しい声

音、俺は緊張で震える手をギュッと握り呼吸

を整えて席に座る。


「 …………… 」


しかし座ったまではいいがその後が続かない

昨夜シュミレーションしたことが全然出来な

いんだ。いい歳をした大人なのにこれじゃま

るで初な少年のよう。


取りあえず少し落ち着こうと表通りを眺める

ために顔を上げると、硝子に反射した麗しの

君が見えた。

彼は俯いて手を動かしている、何かを書いて

いるようだ。


そう言えばそんな姿を何度も見た、何を書い

ているのか興味が湧いてそっと覗くと広げら

れたスケッチブックにとても繊細で細かい絵

が描かれていた。


「すごい…」


あまりにも素晴らしくて思わず感嘆な声を漏

らすと、麗しの君はハッと俺を見て恥ずかし

そうに笑った。


「すごい絵ですね!緻密で美しい!」

「そんな……それ程のものじゃ…」

「いえ!すごく良い絵です、感動しました」

「………ありがとう」


媚でも御世辞でもない本心の言葉、それが彼

に届いたようでとても嬉しい。

そしてこれが糸口になり会話が続いた。


「お仕事ですか?それとも趣味で?」

「一応仕事、イラストレーターなんだ」

「ですよね、凄すぎますもの。じつは通りか

らあなたをよくお見かけしていて何を描いて

るのか気になってたんです」

「えっ?!おいらを?」

「あ、気分を悪くなされたらすみません!

変な事を言って……気持ち悪いですよね」


少し打ち解けたからと焦りすぎた、これは引

かれるかも……


「そんな事ないよ、ちょっと驚いただけ」


不快にとられなかったようでホッとしたけ

ど、やっぱり『よく見かけた』発言は時期

尚早だったか。見ず知らずの奴から言われた

らそりゃ驚くよね。


「驚かせてしまってすみません」

「や、違うんだ。驚いたのはおいらも同じだ

ったからで……あなたをよく見てたから」

「えっ?!俺を??」

「うん。前の通りをよく歩いてるでしょ?

カッコいい人がいるな~って思ってた」

「えええっ!!本当に??」

「そー、おいらの方が気持ち悪いでしょ」

「そんなことないです!俺も綺麗な人がいる

のが気になっていてずっとお話したいって思

ってたんです」

「嘘っ!おいらも話してみたいってずっと

思ってたんだよ!」


こんな嬉しいことがあるだろうか?!

麗しの君も俺を認識し話してみたいと思って

くれていたなんて。

夢のような状況に気持ちが弾む、ともすれば

告白まで行けるかもと思った。


でも調子に乗って先走ってはいけない、なぜ

なら相手の気持ちがわからないから。

麗しの君は『だだ気になった』だけで俺の

ようなガチ恋ではないだろうし……

ここは焦らずに『友達から』が最適だ。


「あなたともっと話したい、よかったら友達

になってくれませんか?」

「おいらなんかでいいなら喜んで…」


良い方向へとトントン拍子で進み夢のよう…

緊張が解け一気に身体から力が抜けた、そし

て喉がカラカラなのに気付く。

しかし店に入って直にここに来たので飲み物

を買ってなかった。


「飲み物買ってきます。ここにいてくれますか?」

「うん、待ってるよ」

「ありがとう。急いで行ってきます」


俺はカウンターへ急いだ、早く戻って彼と話

したかったから。

スタッフにカフェオレを注文して出来上がり

を待っていると胸ポケットに振動を感じた。


スマホのバイブ、着信があったようだ。

仕事関係だと厄介なので確認すると、メール

が1件あり送り主はぎょサンだった。


もしかして意中の人『燦たる君』と進展が

あったのかな?


***


今日実行したよ!

燦たる君と話せたんだ!すごく素敵な人!

どうしよう夢みたい、嬉しすぎる~

この後も一緒にいられるみたい、色々訊いて

もっと親しくなりたい!


***



メールを開くと上手くいったとの嬉しい報告

で文章は喜びに溢れている。

同じ日に二人とも首尾よく運ぶなんて、やは

り俺とぎょサンには特別な何かがあるのだろ

う。



***


やったね!

俺の方も麗しの君と話すのに成功したよ!

友達にもなれた\(^-^)/

この後も一緒にいられるから彼のことをもっ

と知れると思うんだ。

ぎょサンも頑張ってね!

また後で成果を報告するよ!


***



こちらも良い方向に進んでいるのを報告して

からカフェオレを持って席へと戻る。

窓際のカウンター席には麗しの君の後ろ姿が

見え、その隣に座れるのだと思うと嬉しくて

たまらない。


そんな喜びやぎょサンからの良い報告も相俟

って俺の顔はだらしなく崩壊していることだ

ろう。このままじゃ麗しの君に不気味な奴と

思われそうだ、今はまだ『カッコいい人』

でいたいから頑張って表情を引き締めた。


「お待たせしました」


言いながら席に座ると、それまでスマホを見

ていた麗しの君が満面の笑みで顔を上げた。

こぼれるばかりの笑顔が可愛いと思う反面、

胸に不安が過る。


誰からの連絡かな?

そんなに嬉しそうな顔にさせる相手っていっ

たい……


………恋人?

好きな人からの連絡ならこの笑顔は納得だ。

だとしたら俺の幸運は一瞬で尽きてしまう…

そうであって欲しくない、確かめないと…


答えを聞くのは怖いけどいつかは通る道、

悶々と悩むくらいなら今この場で知った方が

良い。

それに恋人がいたとしても俺は彼を諦めたり

しないから。


「……すごく嬉しそうですね。恋人からの

連絡ですか?」


何でもないようにソフトに訊いた。

作り笑いだから顔が引き攣っていたかもしれ

ない。


「え?違うよ、恋人とかいないし。大切な友

達から嬉しい報告があったんだ」


彼に恋人がいないとわかりホッと胸を撫で下

ろした。


「それであの笑顔なんですね」

「そんなに笑ってた?恥ずかしいな」

「すごく可愛かったですよ」

「へっ?!ちょ、やめてよ…」


照れたのか頬を染め俯いてしまう、そんなと

ころも可愛くてもっともっとこの人を知りた

いと思う。


「その方とはどんなお知り合いです?同窓と

か同郷ですか?」

「ううん、違うよ。じつは会ったこともない

し名前も知らない人でSNSで知り合って仲

良くなったの」

「SNSで…」

「会ったこともないのに大切なんて変に思う

かもしれないけど、誰にも言えなかったこと

を相談して励まし合った友達だから…」

「誤解しないでください、変だなんて思って

ないです。ただ俺にもそういう友人がいるか

ら少し驚いて」


何だか俺とぎょサンみたいだなと思った、

世の中にはそういう繋がりの人が多いのかな


「あなたも?」

「はい、お互いに励まし合いました。

その人が一歩踏み出すことを選んだので俺も

勇気を出せたんですよ」

「へー、おいらと彼みたいだな」

「じつはさっきその友人から嬉しい連絡が来

たんです。だから俺もあなたと話せたことを

報告したんですよ」

「んふふ、全くおいら達と一緒だー」


ニコニコ嬉しそうな麗しの君、SNSの友人

は本当に大切な人らしくちょっと妬ける。


「おいらの友達ってね、変なハンドルネーム

なの。でもそれだけで『へーそうなんだ』

って納得できるんだけど」

「俺の友人のハンドルネームは意味がよくわ

からないんですよ、サンダルみたいな?」

「どんなの?」

「ぎょサンっていう……」


その名を出した途端麗しの君から笑顔が消え

驚いた表情に変わった。


「あの?どうかしましたか?」

「えっと……ギョサンってこのサンダル。

漁業従事者用サンダルを略した呼び方で…」


足を指差されたので見てみると麗しの君はサ

ンダル履きだった。


「ギョサンってやっぱりサンダルのことだっ

たんですね。でも漁業用のものだったなんて

初めて知りました。そう言えば前に釣りが趣

味だっていってたもんな…だからか」


妙に納得してうんうんと頷く、最後の方は完

全に独り言だ。


「ね、変なこと訊いていい?」


すると突然麗しの君が真剣な顔を俺に向け言

った。様子の急変に戸惑いながらも頷くと

突拍子もない質問をされる。


「得意料理ってある?」

「料理?料理出来ないからな…しいて言う

なら麦茶?でもこれ料理じゃないか」


自慢じゃないが俺は全然料理が出来ない。

幾度かチャレンジしてみたが結果は壊滅的だ

った。唯一上手く作れるのは麦茶、とわいえ

水かお湯にパックを入れるだけなのだが。


「………………得意料理は麦茶、ってこと?」

「んー、まあ、そんなところかな」


麦茶は料理じゃないと突っ込まれるのを予想

していたのに、彼は思いもよらない言葉を口

にした。


「………麗しの君…」

「  えっ? 」


その名は俺とぎょサンしか知らないのにどう

して彼が??

驚きを隠せない俺に構わず彼は続ける。


「燦たる君……って聞いたことある?」

「   !! 」


それはぎょサンの想い人の名称だ……

そんな事まで知っているのはなぜ?

超能力者、霊能者の類いなのかと理解不明な

事態にテンパっていると、怖いくらい真剣だ

った麗しの君の表情が崩れた。

泣いているような笑っているような、困って

いるようで嬉しそうな複雑なもの。


「おいら燦たる君と話せたってメールした。

そしたら返信くれたよね?」

「えっ?!ええっ???ちょっ?えっ?」

「あんた得意料理は麦茶なんだろ?おいら

ぎょサンだよ!」


驚いた、とんでもなく驚いた…

俺が恋した『麗しの君』はぎょサンで

ぎょサンが恋した『燦たる君』が俺なんて…

こんな事って有り得る?そんな偶然直ぐには

信じられないよ。


「ごめん……確認してもいい?」


麗しの君はコクリと頷く。

俺はスマホを取り出すと震える指で画面をタ

ップしぎょサンにメールを送った。


***


本当にあなたなの?


***


ややあって麗しの君のスマホが音をたてる、

着信があったんだ。彼はそれを確認し俺と同

様に操作した。

しばらく待つとスマホに返信が来た。


***


おいらだよ


***


本当だったんだ……

興奮し激しく脈打つ鼓動、心臓が爆発しそう

驚き喜びと恥ずかしさ等が混ざり会いなんと

も言えない感情になる。


スマホから目の前の愛しい人に視線を移すと

彼は全てを受け入れたのか穏やかに笑んでい

た。今までのやり取りで感じたおおらかさが

あり間違いなくぎょサンだとわかる。


「……こんな偶然って本当にあるんだな」

「こういうの神様の悪戯って言うのかな」


神様の悪戯か、言い得て妙だ。

天の軽い遊び心で俺達の恋は遠回りさせられ

たのか。

いや、この期間があったからこそこの幸せな

ゴールに辿り着けたのかもしれない。


ぎょサンと俺はSNSで繋がっただけ、本名

も年齢も住んでいる場所さえ知らなかった。


誰にも相談出来ず独りで思い悩むような恋を

していた二人が知り合え、しかもお互いが想

い人であったなんて奇跡でしかない。


でもこれからはSNSは使わない。

だってもう必要ないから。

知りたい事は直接言葉で訊けるのだからね。


まず一番始めに訊くことがある。

これはSNSでは中々訊けないことだ。






「名前、教えて下さい」






これからはハンドルネームの付き合いじゃ

なくなるね。









ハンドルネーム

撫で肩

海地蔵

でもよかったかなぁ