お山の妄想のお話です。




「グリコ!」


愛しい人は軽やかに階段を上がり、3段目で

立ち止まると笑顔で俺を見下ろした。

そんな無邪気さが可愛くてつい見惚れている

と、再びジャンケンの体勢をとったので慌て

て構える。


「じゃん、けん、ぽんっ!」


ふにゃふにゃした癒しの声と同時に出した手

の形はパーで、俺はと言うとグーだった。

本当はチョキの予定だったのに咄嗟に出した

から負けた……


計算ずくで始めたゲームなのに、恋人の可愛

さに心を囚われ上手く進まない。

この日のためにジャンケンで何を出す確率が

多いのか調べておいたのに。


「んふふ、翔くん弱え~」


智君はまた俺から離れていく、その差はもう

9段だ。かなりヤバイ…

このままいったら計画が丸潰れ、用意した贈

り物も渡せない。


ゴールとした屋上の踊り場まではあと一階分

しかなく、それまでに追い付くか1段上に行

かなきゃならないのに……

ここからは冷静にジャンケンして、間を詰め

ていかなきゃ。


重要なのはゲームの勝ち負けじゃなく、あく

までも智君にチョコレートを渡すことなのだ

から。



バレンタインにはチョコを貰えると当然のご

とく思っていた。すでに付き合っているとは

いえ、愛を確かめるイベントだし。


だけど恋人の考えは違ったようで『校則で

はお菓子の持ち込み禁止だし、生徒会長が破

るなんて言語道断だよね。それにもう両想い

だしさ、チョコなんていらねーだろ』とチ

ョコ無しを宣告された。


ごもっともな言葉、生徒会長としての立場を

気遣ってくれているんだ。

だから『そうだね』と返したけど心の中は大

荒れだった。

だってやっぱり愛する人からのチョコは欲し

いじゃん。


だけどこれはエゴでしかない。

普段から智君の愛情は無茶苦茶感じているか

らね。

でも、年に一度のイベントを楽しみたい気持

ちもある。


やらないと言われたのに、どうしてもチョコ

が欲しいとせがむのは違うし。

『そんなに欲しいの』と引かれたらヤバイ


だからどうすべきか必死に考えた。

そうして出た結論は超シンプル、貰えないな

らこっちから渡せばいいってことだった。


生徒会長という立場だけど、智君と付き合い

だしてからは内緒で数々違反してるしね。

俺がチョコを渡すなんて思っていないだろう

から、サプライズするのも楽しいだろ?


そう決めてからはテンションが爆上がりでチ

ョコレートのブランド店に行ったりした。

だけどそこで自分の脳天気さを実感した、

2月のチョコレート売り場なんて男には場違

いでしかない。


鬼気迫る程真剣に品定めをする女性達の中に

入っていく根性は無かった……

それはデパートやスーパーでも同じで、バレ

ンタイン仕様のチョコを入手出来なかった。


だから仕方なくバレンタインとは関係なく

フルシーズン売っている物を買った。

しかも謎の羞恥心から甘くないヤツをだ。


甘いものが大好きな智君にビターチョコはな

いだろ~とセルフ突っ込みしたのは言うまで

もないが、後に打開策を見いだしたので万事

OK。


BitterをSweet に変える方法を前から知っ

ていたからね。



「また勝っちゃったw」


グーリーコ!とピョンピョン階段を上がる

智君。俺はまたジャンケンに負け差は12段

になり、しかもゴールまであと3段しか

ない土壇場だ。


次の勝負で智君が勝てば難なくゴールして

このゲームは終わる。

そうなったらチョコを渡すチャンスを逃して

しまう。そりゃ、普通に渡すことは可能だけ

ど俺はサプライズプレゼントにしたいんだ。


絶対に勝つ!

ここは自分の運を信じるしかない。

何が何でもチョキで勝たなきゃ!!

制服のポケットの中の小さなチョコに願をか

けて、此処一番の勝負に出た。


「じゃんけん、ぽんっ!!」


気合いを入れて、これまでにない大きな声を

出すと智君は驚いたみたい。

目を丸くして『わっ』っと小さな声を上げ

ながら出したのはパー。

そして俺はチョキ、渾身の一手で勝利を収め

た。


チョキで勝てばチ、ヨ、コ、レ、イ、トで

6段進める。しかし智君に追い付くにはまだ

6段の差がある。

次のジャンケンでグー以外で勝てば6つ進め

るから問題はないけど、前述のとうりチョキ

で勝たなきゃ意味がないんだ。


1対1の場合の勝ち負けは3分の1、

チョキで勝つ確率はどのくらいだろう?

どこかの大学教授の調べによると、ジャンケ

ンで一番多く出されるのはグーて一番少ない

のはチョキらしい。


ということは次に智君はグーを出す確率が高

く、俺が信念のチョキを出せば負け。

ゲームオーバーだ……


…………………いや、それ不味いだろ。

やっと勝って距離を縮めたのに、これ迄の努

力が水の泡だ。

勝利の確証が持てないなら今終わりにすべき

だ。幸いな事に智君まで12段、少し頑張

れば辿り着ける。


「よしっ、行くよ!」


気合いを入れて一歩踏み出す。


「チっ!」


1段飛ばして2段目に。


「ヨっ!」


また1段飛ばして4段目に。

このまま1段抜きで一気に進む算段だ。

助走無しで勢いのない1段抜きは厳しいもの

があるけど、サプライズのために奮励した。


「コぉ!レぇ!イぃ!トぉぉ!!」


頑張って階段を上り、とうとう愛しい人の隣

に到着した。

息は切れ膝はガクガクだったけど、それを噯

にも出さず余裕ぶって微笑む。


「追い付いたね♡」

「つーか、普通にズルじゃん」


自分ではカッコつけたつもりだった、でも智

君はそんな俺を呆れたように見ていた。


「いやいや、1段抜きは駄目なんてルール決

めてなかったじゃない。だからこれはズルな

んかじゃありません」

「え~っ、だったらおいら2段飛ばしすりゃ

よかったぁ。そしたら全然早くゴール出来た

じゃん」


……階段を2段抜き?

智君の半端ない跳躍力(ダンスと喧嘩で鍛

えたらしい)なら可能だ。


「1段抜きは出来る人が結構いるから許され

るけど、2段抜き出来るのはごく僅かだか

ら公平じゃないでしょ」

「どうゆう理屈だよ~自分に都合よくしてる

だけじゃん。ずりーよ」


むくれて唇を尖らす姿がチャーミング♡

愛愛しいクレームに対応しながら、ルールを

確認せずにゲームを始めてよかったと胸を撫

で下ろした。


「怒らないでよ。そんなに勝ちたかった?」

「そうじゃないけど…」

「じゃあいいじゃん。ついでにゲームも終わ

りにしよ?」

「えーっ、どうして?ゴールまであと少しな

んだぜ?」

「もう智君と並べたから続ける必要ないし」

「は???」


キョトン顔♡cute♡

台詞の意味がわからないだろうから、ここで

ネタばらしだ。


「今日は2月14日、バレンタインじゃん。

あなたは俺達には関係ない日だって言ったけ

ど、やっぱり年に一度のイベントをしたかっ

たんだ。それでこのゲームをしようと考えつ

いたの、チョキで勝ってあなたと並んだタイ

ミングでチョコを渡そうって」


どさくさ紛れでちっともロマンチックじゃな

いけど、可愛い男心をわかって欲しい。


「そんなにバレンタインしたかったの?」

「だって、付き合いだして始めてのバレンタ

インだもの。素敵な想い出にしたいよ」

「翔くんは意外とロマンチストなんだな」

「そうだよ、だからチョコ受け取って」


言いながら用意していたチョコをポケットか

ら取り出した。


「有名なお店の高価な物じゃないけど食べて

くれる?」


それは年中販売されているチョコレート、

箱の中に個別包装でいくつか入っている中の

一つだ。


「翔くんからおいらへの気持ちなんだろ、

ならありがたく頂くよ」

「よかった、じゃあ口を開けて。俺が食べさ

せてあげる」

「おぅ」


智君はこちらを向きまんまるの美しい形に口

を開けた。

瞳を閉じたのは恥ずかしいからかな?

普通にチョコ食べさせるつもりのない俺にと

っては好都合だ。素早く包装を破ってチョコ

を取り出し、無防備に開いた口に入れる。


「ん?!」


チョコの味が思っていたのと違ったのだろう

智君の眉間に皺がよる。


「なにこれ?!すごく苦いんだけど」

「うん、だって高カカオポリフェノールのチ

ョコだもの。これはカカオ95%のやつ」

「どうしてそんなの買ったの?!普通チョコ

は甘いだろ??」

「それがさ、いざ買おうってなった時急に恥

ずかしくなっちゃって。だってバレンタイン

前にチョコ買うのって女性ばかりじゃん、男

が持ってたら好奇の目で見られるでしょ。

でも高カカオチョコならダイエットしてると

か健康のためだって思われるからセーフかな

って」


実際バレンタイン特設売り場でチョコを見て

いるだけで周囲の女性の視線を感じたし、

『自分用かしら?』『彼女にあげるのかな』

なんて話し声も聞こえていた。


本来なら大切な人に渡すものだから無視すれ

ばいいのだろうけど、人生で始めてバレンタ

インチョコを買う俺のメンタルは耐えられな

かったんだ。


『素敵な想い出にしたい』と言っておきなが

らの体たらく……根性無しと謗られてもお

かしくない、しかし恋人は『絶対おいらは

買えねーよ。やっぱ翔くんはすげーな』

と褒めてくれた。


その言葉を聞き、来年こそは必ず智君に相応

しい高級な物を贈ろうと心に決めた。


「ごめんね、でもそのチョコを甘くする方法

があるんだ」

「マジで?出来るの?」

「うん。バッチリと」

「砂糖と一緒に食べるとか?」

「違うよ、物は必要じゃないの」

「じゃー呪文とかおまじないで?」

「ふふ。どうかな近いかも、試してみる?」

「やる~」


同意があったからもう一度口を開けてもらい

チョコを入れた。

そしてチョコを追うように小さな唇に自分の

それを合わせた。


「うぅ?!」


突然の事態に驚き、更に口を開いたところで

舌を差し入れ智君の口内を舐る。

すると熱でチョコは溶け、お互いの唾液でト

ロトロになった。


熱烈なキスで苦いチョコも甘くなる………

俺の思惑通りだね♡


「智君、まだまだチョコは残っているから

屋上でもっと堪能しようよ」


長いキスの後耳許で囁くと、薔薇色に頬を染

めた可愛い人は恥ずかしそうに頷いた。



愛しい愛しい大切な人

喧嘩が無茶苦茶強い番長様。

なのに俺の前では可憐で可愛らしい天使♡



こんな姿が見れるなら今後もずっと苦いチョ

コレートにしようかな。









後ればせながら

『シガレットとキスとキャンディ』

2人のバレンタインでしたww













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申し訳ありませんでした


butazch-715413 さま

manari113 さま

ayumi☆ さま

5♡fumico♡ さま

なっかー  さま

miwk0612 さま

ohno70 さま

ルナ  さま

たつき  さま

pinkbuu1126 さま

RinMilky さま


温かいお言葉感謝感激雨嵐!

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