お山の妄想のお話です。
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ぎょサン、
今日は『麗しの君』のお姿を拝見できたよ!
4日振りかな、やはり美しかったです。
家に帰って刺身とビールで祝杯だ。
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「っと、はい送信!」
スマホの画面をタップしてから通りを挟んで
向かいにあるコーヒーチェーンを見た。
お目当ての『麗しの君』(俺命名)は通りに
面したガラス張りのカウンター席にいる。
「はぁ、やっぱり綺麗だ……」
遠くから見ても輝くように美しい…
麗しの君は俺の想い人。
何時も同じ席でぼんやり外を眺めていたり、
テーブルにかじりつくように一心不乱にペン
を動かしたりしている。
見たところ俺と同年代、明るい茶髪に
Tシャツ、ダメージジーンズとかなりラフ
な格好なので会社員ではないと思う。
自営業か毎日出社する必要のない職業なの
かな?勝手にそう思ってるけど真実はわから
ない。
話したい、色々訊いてみたい…
熱心に何を書いているのか手元を覗きたい…
願望は日々募っていくけど実行する勇気がな
いんだ。
だって彼方は俺を知らない、突然話しかけた
ら警戒されるだろ。
不審者のように思われてコーヒーチェーンに
来なくなったら探す術もないからな……
だから今は離れた場所からひっそりと見てい
るんだ。
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麗しの君を初めて見たのは半年以上前。
ずっと続いていた激務に疲れ果て、残業を切
り上げて帰った日だった。
久々に早く帰れて、カフェラテでも飲もうと
職場近くのスタ○に向かっていた。
その店の硝子越しに彼を見つけたんだ、
アンニュイ感じで外を眺めるかの人に俺のハ
ートは撃ち抜かれた……
Fall in Love………
正にそれ。
その日から楽しくて切ない一目惚れ且つ片想
いが始まった。
俺の帰り時間はまちまち(大体残業で遅い)
で麗しの君も毎日店に来るわけでもなさそう
だから今日みたいに姿が見れれば最高にハッ
ピー、逆にいない時は疲れが数十倍増したよ
うにがっくりとして身体が重い。
恋するのがこんなに大変だなんて思わなかっ
た、これまで付き合った人にはこんなに強い
感情は湧かなかったのに……
麗しの君が俺を変えてしまったんだ。
切ないこの想いを誰かに聞いて欲しかった。
でもある問題があり同僚や友人、ましてや家
族に相談するのも憚られる。
だからSNSを通じて俺を知らなくて同じよ
うな想いを抱える『どこかの誰か』と繋が
ることにした。
そこで『ぎょサン』と知り合ったんだ。
彼もまた『燦たる君』というたまにしか目
にすることのない人に片想い中らしい。
何回かメールのやり取りをするうちに、俺達
は意気投合し同志としてお互いの恋を応援し
合う仲になったんだ。
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得意料理は麦茶、羨ましい~
晩酌のビールはさぞかし美味いだろうね。
こっちもそれっぽい人は見かけたけど、
少し離れてたからわからない( ;∀;)
あれが本当に『燦たる君』だったらおいら
も4日振りだったのにな。
走って行って確認すればよかったって後悔し
てる。悲しいからもう退散するよ、今日のお
いらはやけ酒だ。
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建物の陰に隠れて麗しの君を眺めていたら
返信があった。
ぎょサンの方は残念な結果だったみたい、
自分だけ幸福で何だか申し訳なく思ったから
『次があるよ!』と励ましのメールをした。
それからもう一度麗しの君を見るとスマホを
見ながら席を立つところだった。
店から出るのかな?これはチャンス?
どうする?跡をつける?
行き先はとても興味があるけど…
駄目だ、俺はストーカーじゃないし。
それにこの後恋人と会ったりしたら立ち直れ
ない、あんなに素敵なのだからその確率は高
いだろう。
……モヤモヤはあるけど今回は会えた幸せ
を噛み締めながら美味い酒を呑むことにしよう。
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それから暫くは『見れた』『駄目だった』
と同じような報告が続いていた。
けれどある日の夜、営業先から直帰でコーヒ
ーチェーンに寄れないのを憂いながら電車に
乗っているとぎょサンからメールが届いた。
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燦たる君が通るのを三時間位待っているけど
今日は会えなさそう。
仕事しながらだから見過ごしちゃったのかも
しれない。悲しい( ;∀;)
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メールのやり取りの中でわかったことだけど
ぎょサンはイラストレーターらしい。
気分転換に行ったカフェで外を眺めていて、
通りを歩く燦たる君に一目惚れしたそうだ。
結構売れてるみたいだけど詳しくは訊いてい
ない、俺もサラリーマンとだけしか言ってな
いし。素性の知れない者同士だから高校生の
恋ばなみたいなメールを送れるんだしね。
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それは残念。
でも俺も出先からの直帰で麗しの君のコーヒ
ーチェーンに行けないんだ。
明日も残業で遅くなるかもしれないから今週
は惨敗っぽい。
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今日は木曜、明日の金曜を逃せば休みが入る
から来週まで会えないのは確実だ。
今週は一度も見ていないからフラストレーシ
ョンがたまっている。
それはぎょサンも同じで、彼も今週一度もお
目当てを見ていないようだ。
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こんな日が続くのはとても辛い。
もう限界かも、だから次に燦たる君に会えた
ら話しかけようと思う。
告白もする、返事がどうであれスッキリした
いんだ。
このままじゃ悶々するだけで先に進めない、
駄目もとで頑張るから得意料理は麦茶も応援
してね!
***
「わぁ、すげー男前…」
ぎょサンは決意し行動にでるようだ。
メールを読みながら自分の胸が騒ぐのを感じ
た。漢らしい彼と比べ自分はどうだろう。
話し掛けた先にある結果が怖くて手も足も出
ない、眺めているだけで満足な臆病者…
勇気を出したぎょサンに天使が微笑んだら、
残るのはチキンな俺だけだ。
慰め合う相手も居なくなって何処にも吐き出
せずに鬱々する、そんな人生でいいのか?
俺は有名大学卒、外資系企業に勤め異性から
のアプローチが絶えない櫻井翔。
努力して築いてきた地位から意気地無しの負
け組に転落?そんなの御免だ。
踏み出さなければ何も始まらない。
たとえこの恋が成就しなくても、ほろ苦い
思い出として人生の一部になるだけ。
傷ついても癒えないことはないんだ。
「………よしっ!」
ぎょサン同様俺も覚悟を決めた。
麗しの君に告白する。
そのためにはまず話し掛けるんだ。
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ぎょサン、あなたの勇気に感化されたみたい
俺も麗しの君に話しかけてみるよ。
お互い首尾良くいったら二人で祝盃をあげる
のはどうだろう。
駄目だった場合は慰めてくれ。
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お互い上手くいくことを祈る。
うまく運んだら祝盃、駄目なら自棄酒だな。
その時は顔を突き合わせて語り合おう、
得意料理は麦茶とは戦友だもんね。
***
そうだね。
決死の覚悟で挑んでみる。
お互いに頑張ろう!
***
メールを送ってから目を閉じ、ゴトゴトと
電車に揺られながら考える。
戦友か……そうだよな。
俺達は周囲に認められるのは厳しい恋をして
いる、告白しても相手に受け入れてもらえな
い確率の方が大きい……
それでも挑むのだから、戦いと同じだ。
勝率は限り無く低いだろうけど、同じ仲間が
いるのが心強い。
ぎょサンは宣言道りに実行するだろう、俺だ
って負けてはいられない。
次こそ必ず麗しの君に話し掛ける!!
そう心に誓った。
******
こうして俺とぎょサンは片想いに終止符を
打つべく動き始めた。
続くんか~い!