お山の妄想のお話です。




***


ぎょサン、

今日は『麗しの君』のお姿を拝見できたよ!

4日振りかな、やはり美しかったです。

家に帰って刺身とビールで祝杯だ。


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「っと、はい送信!」


スマホの画面をタップしてから通りを挟んで

向かいにあるコーヒーチェーンを見た。

お目当ての『麗しの君』(俺命名)は通りに

面したガラス張りのカウンター席にいる。


「はぁ、やっぱり綺麗だ……」


遠くから見ても輝くように美しい…

麗しの君は俺の想い人。

何時も同じ席でぼんやり外を眺めていたり、

テーブルにかじりつくように一心不乱にペン

を動かしたりしている。


見たところ俺と同年代、明るい茶髪に

Tシャツ、ダメージジーンズとかなりラフ

な格好なので会社員ではないと思う。

自営業か毎日出社する必要のない職業なの

かな?勝手にそう思ってるけど真実はわから

ない。


話したい、色々訊いてみたい…

熱心に何を書いているのか手元を覗きたい…

願望は日々募っていくけど実行する勇気がな

いんだ。


だって彼方は俺を知らない、突然話しかけた

ら警戒されるだろ。

不審者のように思われてコーヒーチェーンに

来なくなったら探す術もないからな……

だから今は離れた場所からひっそりと見てい

るんだ。


******


麗しの君を初めて見たのは半年以上前。

ずっと続いていた激務に疲れ果て、残業を切

り上げて帰った日だった。


久々に早く帰れて、カフェラテでも飲もうと

職場近くのスタ○に向かっていた。

その店の硝子越しに彼を見つけたんだ、

アンニュイ感じで外を眺めるかの人に俺のハ

ートは撃ち抜かれた……


Fall in Love………

正にそれ。

その日から楽しくて切ない一目惚れ且つ片想

いが始まった。


俺の帰り時間はまちまち(大体残業で遅い)

で麗しの君も毎日店に来るわけでもなさそう

だから今日みたいに姿が見れれば最高にハッ

ピー、逆にいない時は疲れが数十倍増したよ

うにがっくりとして身体が重い。


恋するのがこんなに大変だなんて思わなかっ

た、これまで付き合った人にはこんなに強い

感情は湧かなかったのに……

麗しの君が俺を変えてしまったんだ。


切ないこの想いを誰かに聞いて欲しかった。

でもある問題があり同僚や友人、ましてや家

族に相談するのも憚られる。

だからSNSを通じて俺を知らなくて同じよ

うな想いを抱える『どこかの誰か』と繋が

ることにした。


そこで『ぎょサン』と知り合ったんだ。

彼もまた『燦たる君』というたまにしか目

にすることのない人に片想い中らしい。

何回かメールのやり取りをするうちに、俺達

は意気投合し同志としてお互いの恋を応援し

合う仲になったんだ。


***


得意料理は麦茶、羨ましい~

晩酌のビールはさぞかし美味いだろうね。

こっちもそれっぽい人は見かけたけど、

少し離れてたからわからない( ;∀;)

あれが本当に『燦たる君』だったらおいら

も4日振りだったのにな。

走って行って確認すればよかったって後悔し

てる。悲しいからもう退散するよ、今日のお

いらはやけ酒だ。


***



建物の陰に隠れて麗しの君を眺めていたら

返信があった。

ぎょサンの方は残念な結果だったみたい、

自分だけ幸福で何だか申し訳なく思ったから

『次があるよ!』と励ましのメールをした。


それからもう一度麗しの君を見るとスマホを

見ながら席を立つところだった。


店から出るのかな?これはチャンス?

どうする?跡をつける?

行き先はとても興味があるけど…

駄目だ、俺はストーカーじゃないし。


それにこの後恋人と会ったりしたら立ち直れ

ない、あんなに素敵なのだからその確率は高

いだろう。

……モヤモヤはあるけど今回は会えた幸せ

を噛み締めながら美味い酒を呑むことにしよう。


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それから暫くは『見れた』『駄目だった』

と同じような報告が続いていた。

けれどある日の夜、営業先から直帰でコーヒ

ーチェーンに寄れないのを憂いながら電車に

乗っているとぎょサンからメールが届いた。


***


燦たる君が通るのを三時間位待っているけど

今日は会えなさそう。

仕事しながらだから見過ごしちゃったのかも

しれない。悲しい( ;∀;)


***


メールのやり取りの中でわかったことだけど

ぎょサンはイラストレーターらしい。

気分転換に行ったカフェで外を眺めていて、

通りを歩く燦たる君に一目惚れしたそうだ。


結構売れてるみたいだけど詳しくは訊いてい

ない、俺もサラリーマンとだけしか言ってな

いし。素性の知れない者同士だから高校生の

恋ばなみたいなメールを送れるんだしね。


***


それは残念。

でも俺も出先からの直帰で麗しの君のコーヒ

ーチェーンに行けないんだ。

明日も残業で遅くなるかもしれないから今週

は惨敗っぽい。


***



今日は木曜、明日の金曜を逃せば休みが入る

から来週まで会えないのは確実だ。

今週は一度も見ていないからフラストレーシ

ョンがたまっている。

それはぎょサンも同じで、彼も今週一度もお

目当てを見ていないようだ。


***


こんな日が続くのはとても辛い。

もう限界かも、だから次に燦たる君に会えた

ら話しかけようと思う。

告白もする、返事がどうであれスッキリした

いんだ。

このままじゃ悶々するだけで先に進めない、

駄目もとで頑張るから得意料理は麦茶も応援

してね!


***


「わぁ、すげー男前…」


ぎょサンは決意し行動にでるようだ。

メールを読みながら自分の胸が騒ぐのを感じ

た。漢らしい彼と比べ自分はどうだろう。

話し掛けた先にある結果が怖くて手も足も出

ない、眺めているだけで満足な臆病者…


勇気を出したぎょサンに天使が微笑んだら、

残るのはチキンな俺だけだ。

慰め合う相手も居なくなって何処にも吐き出

せずに鬱々する、そんな人生でいいのか?


俺は有名大学卒、外資系企業に勤め異性から

のアプローチが絶えない櫻井翔。

努力して築いてきた地位から意気地無しの負

け組に転落?そんなの御免だ。


踏み出さなければ何も始まらない。

たとえこの恋が成就しなくても、ほろ苦い

思い出として人生の一部になるだけ。

傷ついても癒えないことはないんだ。


「………よしっ!」


ぎょサン同様俺も覚悟を決めた。

麗しの君に告白する。

そのためにはまず話し掛けるんだ。


***


ぎょサン、あなたの勇気に感化されたみたい

俺も麗しの君に話しかけてみるよ。

お互い首尾良くいったら二人で祝盃をあげる

のはどうだろう。

駄目だった場合は慰めてくれ。


***


お互い上手くいくことを祈る。

うまく運んだら祝盃、駄目なら自棄酒だな。

その時は顔を突き合わせて語り合おう、

得意料理は麦茶とは戦友だもんね。


***


そうだね。

決死の覚悟で挑んでみる。

お互いに頑張ろう!


***



メールを送ってから目を閉じ、ゴトゴトと

電車に揺られながら考える。


戦友か……そうだよな。

俺達は周囲に認められるのは厳しい恋をして

いる、告白しても相手に受け入れてもらえな

い確率の方が大きい……


それでも挑むのだから、戦いと同じだ。

勝率は限り無く低いだろうけど、同じ仲間が

いるのが心強い。


ぎょサンは宣言道りに実行するだろう、俺だ

って負けてはいられない。

次こそ必ず麗しの君に話し掛ける!!

そう心に誓った。


******




こうして俺とぎょサンは片想いに終止符を

打つべく動き始めた。









続くんか~い!