お山の妄想のお話です。





あれから数ヶ月が過ぎた。


依然当主からの連絡はなく、智君の居場所は

おろか傷が癒えたのかさえわからない。

問い合わせても梨の礫だ。


俺もその間ただ待っていたわけではなく、

あの日智君と一緒にいた松岡さんを探し手掛

かりを得ようとした。


しかし彼は既にチームを抜けていて現在は本

家で任に就いている、仮に会えたとしてもき

っと本家に従い智君について口を閉ざすこと

は想像に容易い。


俺意外のメンバーも智君の行方を追ってくれ

ているが、名家の出である二宮でさえも何も

掴めていないようだ。


上層部に隠された情報…

若輩で組織の上層部にコネもない俺では調べ

ようがない、八方塞がりだった。


しかし諦めるなんて到底出来ない、智君のア

パートを訪ね戻った形跡を探したり近所への

聞き込みなどを地道に行っていた。


そんな時、本家から各地方の元締めや手練れ

の祓い屋達に総会への収集がかり俺の所にも

連絡があった。


今までは父親に任せきりで出席はしなかった

が今回は即座に参加を決めた。

そこに集まる輩から智君に関する情報を聞き

出すためだ。



本家の大広間は花鳥の欄間を境に上段と下段

に仕切られ、そこから何十畳かの広間へと続

く。各地から集まった百数十人程が難なく座

れる広さがあった。


今は姿はないが上段は当主の座で、幹部や大

元締めなどが下段、その他は年功序列での席

次だ。


この組織に入りまだ数年で青二才の俺はかな

り後方で周りも同類だが一応探りは入れてみた。しかしやはり本家との関わりが薄い人達

ばかりで有益な情報は無い。


だがそれは想定内、元々俺の狙いは総会後の

会食だ。

その場で父に後継者だと紹介してもらえば重

鎮などとも話が出来る、酒が入った後なら口

が軽くなる人もいるだろう。

そこでほんの少しでも手掛かりを掴めば道が

開けるはず。


それには過度に警戒されないようにしなけれ

ばならない、遠回しに然り気無く訊く必要が

ある……それには緻密な話術が不可欠だ。

総会自体に興味はないから、会合の間にどう

やって話を進めるか考える事にした。



「当主様の御成りです」


進行役の男性の一言で騒めいていた会場内が

一瞬で静まり、皆居住いを正す。

周りに倣い背筋を伸ばし待つと、暫くして上

段の襖が開きスラリとしたスーツ姿の男性が

姿を現した。


まだ若い、俺と同年代だろうか。

それには少し驚いた、電話では落ち着いた雰

囲気だったのでてっきり年上だと思っていた

からだ。


当主は席に着くと品の良い微笑みを浮かべ挨

拶をし、その後は進行役が進めて行く。

組織の業務報告や経営方針など他の企業と変

わりない内容が続く、そして終盤に差し掛か

った時ある発表をされた。


それは『陰』のトップの退任に伴った後任の

お披露目だ。

俺達はこの組織で表『陽』に所属していて

裏『陰』は機密事項で何も知らされない。

しかし双璧のトップ交代は告知せざるを得な

いようだ。

でも俺にとってどうでも良い事、考え付いた

会食でのプランを早く実行したかった。


さっさと終わらせろと思いながらも普通なら

見ることもかなわない『陰』のトップを一

目拝もうと上段に眼を向けると、すっと襖が

開き黒い衣冠の人物が入ってきた。

袍も袴も神職の階級を無視し、冠からも黒い

布が垂れ顔を覆い隠している。


「   !   」


その人を見た瞬間衝撃が走った。

顔は見えず衣冠で体型もよくわからないが、

それが智君だと直感したんだ。


智君!!


名を呼び駆け寄り、その愛しい身体を力一杯

抱きしめたい。

焦がれ続けた人がすぐ側に居るのだから当然

だ、しかし俺はその衝動を堪えた。


それは衆目の中というのもあるが、その姿に

多少の違和を覚えたからだ。

あれは絶対に智君、俺が彼を間違えるわけは

ない。だけど何かがおかしい、どこがとはす

ぐに言えないが引っ掛かりを感じる。


「これは朔、新しい陰の頭です。御存知の通

り陽の我々とは仕事内容が異なり連携するこ

とはありませんが、名は覚えていて下さい」


当主がすっと彼の隣に立ち紹介する。

それに対して当人からの挨拶の言葉はなく、

朔と呼ばれた人物は頭を動かしぐるりと広間

を見渡した後すぐに踵を返した。


一言も話さず横柄な態度、いくら陰のトップ

だといえ目前に座る長老や幹部に対し礼儀を

欠いた態度だといえる。

頭の固い老人達はさぞ憤慨しているだろうと

思ったが、驚く事に誰一人として怒りを露に

しなかった。


それどころか頭を垂れへりくだっているよう

に見える。かなり後方から眺めているから実

際はどうかわからないけれど『朔』に畏怖の

念を抱いているように感じた。


「………恐ろしい」


前方に注意を向けているとすぐ側から小さな

呟きが聞こえ、そちらに視線を向けると隣に

座る青年が青ざめていた。


「恐ろしいって、何が?」


ただならぬ様子に体調不良かと思ったが呟き

から何かに脅えていると感じ訊ねると、青年

は信じられないといった様子で俺を見た。


「何も感じないのか?あんなにも恐ろしい気

配だったのに」

「…どこが?」


あの黒装束には違和を覚えたが恐ろしくはな

かった、なぜならあれは智君だから。


それとも俺に霊感が無いから感じないのか?

智君は様々な式神を使役する強い能力者なの

で力の劣る者はその気に慄然としたのかもし

れない。


「禍々しい気配……とても人とは思えない

少しでも能力があればわかるはずだ、きっと

あれに近付いただけでも障る…」


怖じ気付きブルブル震える青年に苛立つ。

人とは思えない?

近付いただけでも障るだと?

ふざけるな、彼は紛れもない人間だ。

穏やかで優しい仏のような人なんだ。


そう抗議しようと思ったが止めた。

智君を知らない奴に何を言っても無駄だろうし、今はそんな場合ではない。


早く後を追わないと智君を見失う、母屋へ入

られたら終わりだ。

この大広間は別館にあり、母屋への出入りは

制限されていているから。


出掛かった言葉を飲み込み目立たないよう

後方の扉から廊下へ出た。しかし廊下には既

に誰の姿もない。


「くそっ…出遅れた」


それでもまだ遠くには行っていないはずだと

辺りを見渡す。

すると母屋へと続く渡り廊下を進む人影を見

つけることができた。


ここからはそれ程離れていない、全速力で走

れば追いつける距離だ。

そう思った瞬間に身体は動いていた。


自分でも信じられないスピードで長い廊下を

駆け、どんどん黒装束との距離が縮まる。


あと少しで探し求めた大切な存在をこの腕に

抱ける、何が起ころうとも二度と離しはしない。これまでの事を謝って一緒に帰るんだ。


「さ、智くんっ!」


十数メートルまで近付いた時、『朔』ではな

くその名を呼んだ。

智君はきっと歩みを止め振り向く、そして俺

を見て『翔くん』と言ってくれるはずだ。


あんな別れ方だったから俺に不信感を抱き、

嫌悪で拒絶されてもおかしくない。

だけど智君はきっと許してくれる、『仕方

ねぇなあ』って笑ってくれると思っていたん

だ。今までがそうだったから。


だけどそれは思い違いだとすぐに気付かされ

た。どんなに名前を呼んでも智君は振り返る

どころか足を止めもしないんだ。


無視されている?

俺の声は届いているはずなのに……

それだけ彼の怒りは深いのか。

甘やかされ調子に乗って愛想を尽かされた?


「待って、話を聞いて!」


弁解……違う、俺の本心を話すよ。

嫉妬まみれの醜い感情を。

だからお願い、話を聞いて。


「智くんっ!!」


目の前にいるのに何も反応せず歩き続ける姿

に痺れを切らし、その腕を掴もうとした。

しかし彼に触れる事なく、俺の手は別の誰か

によって遮られた。


「無礼者!」


伸ばした右手を掴んだのは背の高い青年、そ

してもう一人に左肩を押さえられ身動きかと

れない。


「何者だ!朔様に何をする!」


どうやら二人は御付きらしい。

智君にばかり気を取られ、この二人は視界に

入っていなかったようだ。


「離せ!俺は智君に話があるんだ!」


拘束から抜けようと身体を振り怒鳴る、しか

し二人の力は弱まらず益々強くなる。

踠きながらも訴え続けた、すると想いが届い

たのか智君は足を止め肩越しにチラリと俺を

見た。


「智君、ごめん!あなたが怪我をした時に酷

い態度をとって。あれは嫉妬からで…」


聞いて欲しくて矢継ぎ早に話す、直ぐにそっ

ぽを向かれそうで焦っていたんだ。

自分でも見苦しいと思う、けれどそれだけ必

死だった。


俺の想いが届く事を切に願っていて、智君も

それに応えてくれると思っていた。

だけと返ってきたのは全く予想していない言

葉はだった。


「馴れ馴れしく話しかけるな、儂は智などで

はない」


でもその声は紛れもなく智君で……


「馬鹿なこと言わないで!あなたは智君でし

ょ!俺に怒っているのは承知してるけど変な

嘘をつかないで」

「くだくだしい奴じゃな」


そう言い垂れた黒い布を少しだけ捲る、する

と顔の左側が露にる。

形の良い鼻も小さな唇も紛れもなく智君のも

の、だけど瞳だけは違う。


そこにあったのは穏やかで暖かいものではな

く深く淀んだ水の底のように暗く冷たい色。

それが品定めするかのように俺を見据え、す

ぐにフイと逸らされた。


「やはりお前など知らぬ」


興味なさげに呟きまた歩き始める。


「朔様、こやつは如何いたしましょう」


腕を掴む青年が訊くと、智君は振り返りもせ

ず気にも留めない様子だ。


「捨て置け。まだ騒ぐ様なら始末しろ」

「承知いたしました」


その言葉にショックを受け身動きが出来ない


「朔様はああ仰有っている、処遇はお前次第

だがどうする?このまま去るなら我々は何も

しないが」


二人のうち年かさの方から問われた。

それは静ながらも有無を言わさぬ強さがあり

頷く他なかった。



黒い姿とそれを追う二人の青年が母屋の扉に

消えるまで微動だにできずにいた。


あれは本当に智君だったのか?

俺を知らないと言い、聞いたこともない恐ろ

しい言葉を口にした……


智君の姿をした別の何か…

そうも考えたが、やはり本人だと思う…

きっと何かあったんだ。

ああならざるを得ない何かが……


怖じ気付いてはいられない、真相を確めなけ

れば。そして智君を救い出すんだ。


やっと見つけた大切な人

あなたが窮地にいるのなら、今度こそ俺が助

けだす。


必ず……






すいません、限界

m(_ _)m





御付き

シゲ&小瀧