お山の妄想のお話です。




「ママー!これ買ってよ!嵐レンジャーのや

つ!」

「え~っ……ママはケーキ屋さんの苺がの

ってるのがいいんだけど」

「ヤダヤダ!これっ!青いサトレンジャーが

のってるもん!苺よりサトレンジャー!」

「も~本当に侑李はサトレンジャーが好きね

仕方無い、このケーキ買いましょう」

「やったー!!」


ピューピューと冷たい風が吹く屋外の特設ケ

ーキ売り場で、おいらは幼稚園児の男の子と

母親の会話を微笑ましく聞いていた。


「これ下さい!」

「はい、どーぞ」


工場で大量生産されたあまり美味しそうでな

いケーキの箱を渡すと、男の子は大事そうに

抱え笑顔で言う。


「お兄ちゃんサンタさんありがとう!」

「んふふ、Merry Christmas」


おいらは量販店で売っているペラペラで安っ

ぽい衣装を着ている、本物の制服とは大違い

だけどサンタと呼ばれてとっても嬉しかった

だって何年か前は本物のサンタクロースだっ

たんだもの。


「お兄ちゃんサンタさんかぁ…最初翔く

んもそんな風に呼んでたな」


あの子と初めて話したのも、今の男の子くら

いの歳だったよな……



おいらの故郷はサンタの国。

そこで生まれた子供達はサンタクロースに憧

れて育つ。

最高位のサンタは白い髭の爺ちゃんで、そこ

まで上り詰めるために皆頑張るんだ。


ある年齢になるとサンタになるのを希望する

子供達は家を出てサンタ学校に入学する。

そしてサンタの歴史や下界(プレゼントを

配る場所)を学ぶ。


学校を卒業したらプレゼント工場で働き、

仕事ぶりが認められたら次は牧場でトナカイ

の世話をする。そこで何年か働いてやっとサ

ンタの弟子になれる。


師匠のサンタにつき雑務をこなし、プレゼン

ト配布のノウハウを覚えてから国家試験を受

け、それに合格したらやっとサンタになれる

んだ。


長い下積みを経て死に物狂いで勉強をし、お

いらもサンタになったんだけどさ……



サンタは可愛い子供達にプレゼントと夢を運

ぶの者。

ぶっちゃけ仕事内容はこの世界の宅配便の配

達員みたいなものだけど、決定的に違うのは

誰にも姿を見られちゃ駄目なとこ。


でもねお礼として準備されたホットミルクや

クッキーをいただいて『サンタが来たよ~』

って証拠を残す〖夢〗の部分が大好きなの

可愛い文字で〖サンタさんありがとう〗っ

て書かれたカードはおいらの宝物だしね。


そんなこんなで数年間は姿を見られないよう

に常に気を張っていたんだけど慣れって怖い

よね、ある年のイブに大失敗したんだ。


見られちゃったんだよ、姿をさ。

しかも懐中電灯に照らされてバッチリとね。


その夜も担当区域の家々に問題なくプレゼン

トを届けていたけど、最後の家に着く頃には

たくさんのクッキーを食べて満腹になり少し

眠くなってたんだ。


最後の配達先はお気に入りの子の家、翔くん

って男の子がいる。

どうしてその子がお気に入りかって言うと、

訪ねる度にあり得ない寝相でいるから。


それはそれは酷い寝相でベットから体半分落

ちているのは当然、それに加え冬なのに無意

識でパジャマを脱いでしまい寒そうにしてい

るのが可愛かったり可笑しかったり。

翔くんの寝相を見る度に面白くて疲れも吹っ

飛ぶんだ。


さぁて、今年はどんな格好で笑わせてくれる

かなww

ワクワクしながら部屋に入ったのに、当の翔

くんは布団に潜ってしまっていた。


例年より寒いからかな…健やかな寝顔を見

れないのは残念だけど仕方がない。

寝相の堪能を諦めプレゼントを置き帰ろうと

したその時、突然布団が跳ね上がり眩しい光

を当てられた。


「やった!サンタさん発見!」

「えっ?!えええっ??」

「毎年サンタさんを見てやろうって寝ないで

頑張ってたんだ!今年は成功した!」


嬉しそうな声、きっと満足気に笑っているん

だろうけど如何せん眩しい。


「ライト外して!眩しいってば~」

「あっ、ごめんなさい」


おいらが文句を言うと直ぐに謙虚になった、

礼儀正しい子なんだなぁ。

翔くんは懐中電灯を消しその代わりにベット

サイドライトを点けた。


優しい光にお互いの姿が照らし出され、おい

らは初めて目を開けた翔くんの顔を知った。


利発そうなキラキラした大きな目、唇はぷっ

くりしていて可愛い。

大人になったらイケメンになるだろうと容易

に予想できる程整っている。


ぼんやりと眺めていたら翔くんと目が合った

あちらもおいらを見ていたみたい。

目を大きく見開いているけどどうかしたのか

な??なんと無くほっぺも赤いような?

ライトのせいかな?


何はともあれ姿を見られた後では逃げても意

味がない、おいらは翔くんと少し話すことに

した。


「えっと……今晩は、サンタです」

「あの、本物のサンタさんなの?」

「そーだけど、泥棒だと疑ってる?」

「違うよ!泥棒とは思ってないけど、お兄さ

んだから…」

「ん?」

「だってサンタさんは白いお髭のお爺さんじ

ゃないの?」

「あ~、そっか。広報は年配サンタがやって

るからな~そういうイメージだよね」

「こうほう??」


幼い彼には広報の意味がわからないみたい。

ま、仕方無いよね。


「おいらはサンタだよ。まだサンタになって

そんなに経ってないけどね」

「そうなの?若いサンタさんもいるんだね」

「うん、大勢いるよ~」


それから暫く話していると翔くんが大きな欠

伸をした、時計をみると針は2時を指して

いて子供は寝ていなければならない時間だ。


「もう寝なよ、おいらは仕事に戻るからさ」

「嫌だよ…もっとお兄さんサンタとお話し

してたい」

「駄目だよ、子供は沢山眠って大きくならな

きゃいけないもの」

「じゃ、来年も来てくれる?」

「…………うん」

「だったら指切りして」


そう言い小さくて細い小指を差し出す。

姿を見られてしまったから次は来れないとは

言えず、罪悪感を抱きながらおいらは小指を

絡めた。


「絶対にまた来てね……やくそく…」


翔くんは指切りが終わる前に眠りに落ちた、

これって指切りは成立してないよね。

約束は果たせないからこれていいんだ…

胸の痛みを堪えつつおいらはサンタの国への

帰路に着いた。



身バレしたことがサンタ本部に知られている

と思っていたけれど、何故かバレていなかっ

たようで次の年も問題なく同じ区域の担当だ

った。


そして最後の家の翔くんはまたまた起きてい

て一年ぶりの再会を喜んだ。


ホットミルクとクッキーで深夜のお茶会。

翔くんは一年であった事を色々話してくれ、

おいらもサンタの国の話を沢山したよ。

そりゃあ夢を壊さないように配慮してね。


次の年もまた次の年も翔くんとの深夜のお茶

会は続いた。

会うたびに翔くんは成長していき、とうとう

小学校を卒業する歳になった。


この年齢までサンタを信じているのは珍しい

こと、普通ならとうの昔にサンタの存在を否

定しているはずだ。


「翔くんはサンタを信じてるんだね」

「何言ってるの?目の前にサンタがいるんだ

よ信じて当然でしょ」

「そりゃそうだけど、おいらが嘘をついてる

かもしんないよ」

「実はサンタじゃないって?」

「そー、ただの不法侵入のおっさんかも」

「それこそないよ、だって智君はずっと姿が

変わらないじゃない。人とは違う存在なんだ

よ」


翔くんの言う通り、おいらの姿はあの夜から

殆ど変わっていない。それはこの世界と時間

の流れが違うから、サンタの国は時間が過ぎ

るのが遅いんだ。


「翔くんはどんどん成長してるよね。すぐに

おいらより大きくなっちゃいそう」

「それを目標に沢山食べて運動もしてるから

ね!」

「嫌な目標だね~」

「僕にとっては重要な目標だよ」

「ふ~ん」

「でね、これを達成したらプレゼントをリク

エストしてもいい?」

「叶えられる範囲内なら良いよ」

「やった!よ~し、明日から牛乳をさらに

1L追加だ!」

「お腹壊すから止めた方がいい」

「大丈夫!絶対に来年には智君より背が高く

なってるから!リクエスト宜しくね」

「いやいや、一年じゃ無理だねw」


笑い合っていたあの夜、次のイブにはまた

会えると信じていた。


だけど約束は果たせなかった…

何年もバレていなかった事が露呈したんだ。

姿を見られた事、そして何年もその子供と話

していたのが大問題になった。


法廷で裁かれ、下されたのはサンタの資格剥

奪と国外追放。

おいらは『只の人』になってこの世界に落と

されたんだ。


お金がないから食べ物も買えないし、住む場

所だってない。

ホームレスのようにフラフラしている所で昔

馴染みと偶然の再会をした。


そいつはおいらと同様に国外追放されたニノ

だ。人間と恋に落ちその罰を受けこの世界に

来た彼は、おいらと違いまんまと相手の人間

と幸せに暮らしている。


ボロボロのおいらを哀れに思ったのかニノは

住む場所と仕事を与えてくれた。

仕事先はニノが店長を勤めるスーパー、住居

はスーパーの隣の年季の入ったアパートだ。


朝早くから夜遅くまで裏方で働かされ毎日店

と家の往復で終わる、ブラックな店だけど文

句はない。

忙しく働いていた方が翔くんの事を考えずに

すむからさ。


あれから何年経ったんだろう……

サンタの国で拘禁されていた時間があるから

どうにもこちらの時の流れがわからない。

翔くんは何歳くらいになったのか、あの時

何をリクエストするつもりだったのか…


彼の事を考えると胸が苦しくなる。

だから余計な事を考えられない程働いていた

方が良いい。


イブの今日は厨房でずっとチキンを揚げてい

るものだと思っていたが、ニノから別の仕事

を言い渡された。


「智、今日の仕事はケーキ売りですよ!

あなたのためにサンタの衣装も用意しました

からね。望郷に浸りながらケーキを売り捌い

て下さいな。売れ残りは買取りさせますから

そのつもりで!」


悪魔か……

そう思ったけれど商品は子供向けのキャラク

ター物で思いの外売れ行きは良い。

そして子供達にサンタと呼んでもらい昔を思

い出しホッコリとした気持ちになれた。



ケーキも残すところ三つ。

だけどもうすぐ閉店時間だ……

これ、マジでおいらの買取りになるの?

ケーキは好きだけど代金の高さに目眩がする


誰か買ってくんねーかなぁ

周りを見回しても頼みの綱の子供はいなくて

仕事帰りの草臥れたサラリーマンばかりだ。


普段は裏方だから知らなかったけど、値引き

の時間に合わせて独身サラリーマンが大勢来

るみたいだな。


微妙な年齢層だけど背に腹は代えられない、

独身だろうが買ってもらおう。

そう決めテンションを上げていく、明るいノ

リで売り込む作戦だ。


「クリスマスケーキいかがですかぁ!残り

三つですよ~!」


通り過ぎる人に声をかけるけど、やっぱり

ホールケーキということに難色を示す。

それならば!


「今なら子供の頃の夢がかないますよ!

なんてったってホールケーキを独り占めでき

るんですから!三割引でのご奉仕でーす」


勝手に割り引いちゃったけど全額自腹よりは

大分マシだ。


「……あの、ひとつ下さい」


後方から声をかけられ振り返ると若い男性が

立っていた。

どうやら裏の駐車場から来たみたいで、目の

前の通りを行き交う人に向けて声を掛けてい

たおいらは全然気がつかなかった。


「は~い!どのケーキ?残っているのはモン

ポケケーキとハローギルティちゃん、それか

ら嵐レンジャーです」

「……智君のお勧めは?」

「えっと、おいらのお勧めはやっぱ嵐レ…」


言いかけてハッとした。

この人、今おいらの名前言わなかった??

知り合い?いやいや、おいらスーパーの同僚

しか付き合いないから違う。

しかも名前で呼ぶのなんてニノとそのパート

ナーの相葉ちゃんくらいだ。


聞き違いかな?それともやっぱ知り合い??

確かめるためにまじまじと顔を見た。

うん、イケメン。

そして初めて合った人、従って知らん人。

聞き間違い決定だな。


「申し訳ありませんでした、お勧めは嵐レン

ジャーのケーキです。昔ながらのバタークリ

ームで懐かしいお味ですよ」

「俺が懐かしいと感じるのはホットミルクと

クッキーだよ、智君も同じだろ?」

「…………えっ??」


おいらの名を知り、そしてホットミルクとク

ッキー。その全てが共通する人物をおいらは

一人しか知らない。

もう一度その顔を凝視すると、懐かしい面影

が残っていた。


大きなアーモンド型の瞳やふっくらした唇は

あの子のものだ、このイケメンはまさか翔くん?


「…………翔くん……なの?」

「やっとわかってくれたの?俺は一目であな

ただって分かったのに、酷いよ」

「ごめん、でも翔くんがこんなに大人になっ

てるなんて思わなかったし…」


最後に見たのは小6の姿、今は二十代中ばく

らいかな。それにここはおいらの担当区域か

らかなり離れた場所だからまさか再会するな

んて思っていなかった。


「話したい事が沢山あるんだ、俺と一緒に来

てよ」

「えっ?!おいら仕事中だし」

「あなたこのスーパーで働いていたの?!

畜生…全然気がつかなかった。まあいいや、

店長に話をしてくるから智君はそこを動かな

いで」


翔くんはそう言うと凄い勢いで店に入って行

き数分後に数人の同僚と出てきた。

同僚達はテキパキとケーキ売り場を片付け始

め、おいらは翔くんに連れられて車に乗る。

そして行き先も告げられぬまま車は走り出し

た。



「どうして次のイブから来てくれなかったの

?ガキの俺が鬱陶しくなったから?」


翔くんの家(でっかいマンション)に連れ

てこられ、高級なソファーに座らされてすぐ

の言葉。

まさか翔くんはずっとそうだと思ってたの?

だったら酷い間違いだよ。


「違うよ!おいら牢屋に入ってたの。それに

資格もなくなっちゃったからサンタの仕事が

出来なかったんだ」

「牢屋に?!どうして!」


おいらは誤解を解くためにこれまでのことを

全て話した。サンタの仕事が出来なくなった

のは俺のせいだと、翔くんは悔やみ謝ったけ

どおいらは違うと言った。


全部自分のせいだもん。

姿を見られたのは油断があったからだし、

駄目だとわかっていたのに毎年の会話を楽し

んでた。身から出た錆だよね。


でも悪いことばかりじよないよ。

サンタの仕事は無理だけどサンタの格好で子

供達を喜ばせることは出来るし、この世界も

案外居心地がいい。


「おいらが追放されたのは自業自得だから。

そんなことよりずっと気になっていたことが

あるんだけど、翔くんはおいらより大きく

なったら何をリクエストしようとしてたの?

今でも叶えられることなら聞くよ?突然音信

不通にした罪滅ぼしも兼ねてね」


ずっと気になっていたことを尋いてみた。


「あの時のリクエスト……それは今もずっ

と欲しいものなんだ。これは智君にしか叶え

られないけど強制はできない。子供の頃は無

邪気に何でも貰えると思っていたけど、今な

違うと理解してるから。これから言うけど無

理に叶えようとなんてしないでね…」

「わかった。無理なら無理って言う」

「必ずだよ?」

「おー、まかせろ」


翔くんは心を落ち着かせるように小さく息を

吐いてから、おいらの手をぐっと握った。


「あなたが好き、ずっと好きだった。

あの時も今もリクエストは同じ、俺はあなた

が欲しい」

「うっ??お、おいら??」


驚いた、まさかおいらが欲しいなんて…


「嫌?だとして諦めないよ。何回でもリクエ

ストする。欲しいのはあなたの愛、俺だけに

愛をくれるサンタになって下さい」


真剣な顔はさらにイケメン度アップだな。

なんだかドキドキしちゃうよ。

子供の頃からブレることなくおいらを好きで

いてくれたなんて感動じゃん。


おいらも子供の頃の翔くんは可愛くて大好き

だった、でもあの頃だったらこのリクエスト

は却下だったよ。

だって子供だもん、おいらにだって倫理観は

あるからね。


でも今の翔くんは立派な大人、おいらをあげ

ても問題はない………

でも、会えなかった時間が長すぎて大人の翔

くんがわからない。


「嫌じゃないけど……すぐにはあげられな

いよ。おいら今の翔くんを何も知らないから

さ。これからは何時でも会えるし、もっと

翔くんを知ってから返事してもいい?」

「それでいいよ、是非そうして!

俺は絶対にあなたの心を掴むからね!」

「んふふ、すんごい自信」

「当然だよ、何年我慢してたと思ってるの?

ずっと探していても見つからなかったのに、

イヴに奇跡が起きたんだ。これからも絶対に

上手くいくはずだよ!」


自信満々の翔くん。

懐中電灯で照らされた時のドヤ顔と重なる。


その言葉あながち間違いじゃなさそうだよ。

おいらの胸はあったかい想いで溢れているか

ら、とても翔くんを愛しく感じる。




今すぐは無理だけど来年のクリスマスイヴに

はとっておきのプレゼントをあげる。



そしたらずっと翔くんだけのサンタでいさせ

てくれるかな?












大遅刻w

それでもお山のメリクリ♡