お山の妄想のお話です。
今晩はデート♡
大好きな翔くんと夕御飯を食べに行くんだ。
でもね、今晩は満月なんだよ………
おいらにとっては禁忌の夜
充分注意しなきゃいけない。
もし、もしもバレたら
一瞬にしておいらは地獄に叩き落とされる
そんなの嫌だ、出来ることならずっと翔くん
と幸せでいたい……
***
「この後は家で飲まない?」
予約の取れないイタ飯屋から雰囲気の良い
barにハシゴして楽しく過ごした。
最後の目的地は翔くんのタワマン、夜のデー
トのお決まりコースだ。
普段なら二つ返事でOKするけど、今晩は
気が重い。だって翔くんの部屋は上の階にあ
って遮る物なく輝く街と煌めく星空が見える
んだもの。
今晩も良いムードを作るために大きな窓にカ
ーテンは引かないはずだ。
……それが困るんだよな。
だって最中とかにおいらに何かあったら、
絶対に引かれるし嫌われるのがわかっている
から。
おいらは普通の幸せも掴めない不幸なモノな
んだよ……
「……今日は帰ろうかな……」
幸せな日々を引き伸ばしたくてそう言うと
途端に翔くんは悲しそうな表情になる。
「どうして?何か大事な用事があるの?」
『俺より大切な事?』と言外に滲ませながら
じっと見つめてくる。
キラキラの大きな瞳は意外と圧が強くて、
理由を言えないおいらを責めるんだ。
「……そーじゃないけど」
「だったらいいじゃない、あなたのために美
味しいお酒を用意してあるからさ」
「でも………」
「用事がないならいいでしょ?ね、行こ」
支払いを済ませた翔くんがグイグイとおいら
を引っ張り店を出ようとする。
「わ、わかったから!手を離して!」
このままだと無理やり外に出されてしまう…
フードを被って早く対策しなきゃ!
それには両手の自由が必要なのに翔くんが
ガッチリ握っていて動かせない。
「え~嫌だよ。あなた逃げちゃうかもしれな
いし」
「逃げないよ!だから離して!」
酔っているせいか融通が利かず、どんどん建
物の外に引き摺られた。
ヤバイ!!もう月明かりが射している!
危機を感じておいらは固く目を瞑った。
「わ~、凄く綺麗な満月だよ!」
そんなのわかってるよ!
おいらは毎月満月をチェックしてるんだから
「………そう」
結局フードを被らないまま月光の下へと出て
しまった……
目は閉じているけれど明るい光を感じ、身体
がゾワゾワとし始めた。
これ、かなりマズい状況じゃない??
明らかに細胞が月明かりに反応してる、
でもこれ迄の経験上、直に月を見なければ大
丈夫なはずだ。
肉眼で月を見ちゃ駄目だ。
おいらは俯き固く目を閉じたまま翔くんに連
れられて歩いた。
「……ねぇ、気分が悪いの?酔った?」
下を向き無言で歩くおいらに不安を感じたの
か翔くんが訊いてくる。
「酔ってねえし、大丈夫だよ」
「本当?じゃあ顔を見せてよ」
顔を上げずに答えると両の頬に温かさを感じ
そっと上向される。
危ないとは思ったけど、ビルの陰に入ったの
か瞼に光を感じなかったので暫くされるがま
までいた。
「どうして目を閉じてるの?俺を見てよ」
不満そうな声、出来ることならおいらだって
綺麗な顔を見ていたいよ。
「あ、わかった!そういうことね」
何かを思い付いたのか急に楽しげな声を出し
たかと思ったら、温かいものが唇に押し付け
られた。
それは何回か軽く触れた後深く合わさり、
歯列を割り滑った舌がおいらの舌に絡んで深
いものへとなっていく。
どうやら上向きで目を閉じていたからキス待
ちだと思われたみたい。完全に勘違いだけど
これで機嫌が直ってくれるなら好都合だ。
それに翔くんとのキスは大好きだから思う存
分堪能しよう。
**
甘く長いキスが終わり、翔くんが離れて行く
のを感じてうっすらと目を開けた。
そこには満足そうな笑顔があっておいらも嬉
しくなる。
「満足した?」
そう訊かれて首を横に降る。
この程度じゃ、身体に灯った熱は燻ったまま
だよ。
「俺も全然足りないよ。続きは部屋で」
「うん……」
「じゃあ行こう」
移動のために翔くんが身体を動かすと、今ま
で隠れていた満月が急に目の前に現れた。
キスが悦すぎてボーとし、月を警戒するのを
忘れていたおいらはバッチリと夜空に浮かぶ
美しい満月を見てしまったんだ。
「うわっ!!」
慌てて目を閉じたけれど時既に遅し……
ドクンドクンと鼓動が激しくなり身体が熱く
なっていく。
駄目だ!もう止められない!!
身体か変化していくのを感じおいらは頭を抱
えて踞った。
「さ、智君、どうしたの?!」
頭上から困惑した翔くんの声がする、このま
まじゃ見られちゃうよ……
おいらの胸は絶望でいっぱいだ。
だって愛する人に醜い姿を見られてしまうの
だから。
変わり果てた姿を目の当たりにしたら翔くん
はおいらを恐れる、そして忌み嫌うんだ…
「見ないで!お願いだからおいらから離れて
よ!!」
「どうして!?具合が悪いの??」
「違うよ!とにかく離れて!」
モゾモゾと側頭部に違和感がある、駄目だ出
ちゃう!!ぐっと頭を押さえ更に身体を小さ
く丸める。
その後すぐに今度は尻の上の方がゾワゾワと
し始めた、こっちが生えるのももう時間の問
題だ……
………悲しいけど翔くんとは終わりだ…
変化したおいらを見たらきっと『化け物』
って叫んで逃げて行く。
恐怖に引き攣る顔が最後の記憶になるんだ…
愛する人との別れという悲しい未来に涙が滲
んだ。そして自分の運命を呪う。
ほんの少しの異端な血がおいらを苦しめ人生
を狂わすのだから。
一人になりたい、醜い姿を見られたくない
翔くん、早くどこかに行ってよ……
そんな願いも虚しく完全に変化が終わっても
翔くんはおいらの側を離れなかった。
こうなったらもう覚悟を決めるしかない…
「具合が悪いなら負ぶろうか?」
どこまでも優しい人……
でももうサヨナラだ…
「……別れよう」
「はっ?? 何言ってるの?」
「翔くんとはもう終わりってこと」
「もう!悪い冗談はやめてよ」
翔くんはおいらの言葉を全然信じない……
ふざけていると思ってるみたい。
「冗談じゃないし、マジだもん」
「どうしてさ?理由を言ってみて」
「言ったら……おいらが怖くなるよ」
「ふふ、そんなわけないよ」
「じゃあ言うけど。おいら化け物なんだ」
とうとう秘密を言ってしまった。
だけど自分からばらした方が傷が浅いだろう
「うん??どこが?」
やっぱり信じないんだな。
でも小説やドラマの中だけの架空の存在だと
思われているから仕方がないか……
「これを見れば化け物だってわかるよ!」
どうせ嫌われるのだからと自棄糞で立ち上が
り頭から手を離した。
そこにあるのは獣の耳、そして背後には太く
しっかりとした尾っぽが見えるはずだ。
「………えっ……」
翔くんは驚きで目を見張っている。
現実だと理解したら次はあの綺麗な顔が恐
怖に満ちてこわばるだろう……
ほら、もう身体が震えているもの…
「今まで黙ってたけどおいら狼男なんだ。
満月を見るとこんな醜い姿になる化け物なん
だよ」
「……智君が…狼男…」
翔くんが震える両手をギュッと握る、きっと
恐怖に耐えているんだな
「そうだよ、怖いだろ」
自嘲気味に笑って反応を見ると、全身がぶる
ぶると震えていた。
そうだよね、恐ろしくて当然だよ…
こんなに怖がられたら側にはいられない。
震え続ける大好きな人に心の中でサヨナラを
告げ場を離れようとした。
でもその時突然翔くんがおいらに抱き付いて
きたんだ。
「超可愛い!!(*≧з≦)」
「ふえっ?!!」
そしてサワサワ、ワシャワシャと耳と尻尾を
触りまくる。
「うわっケモ耳萌え!モフモフ尻尾柔らかく
て気持ちい~い」
「えっ?ええっ???」
何故か大絶賛なんですけど……
「わー、これマジで本物なんだね」
「狼男ですから…ってか、怖くないの?!」
「怖いわけないでしょ、智君だもの」
「え……」
「どんな智君でも俺は受け入れるよ、今だっ
てその姿が可愛い過ぎて震えが止まらなかっ
たもの。ワンコ耳になっても智君に変わりは
ないでしょ、俺の愛を侮らないでね」
さも当然という顔の翔くん。
その瞳は澄んでいて嘘など欠片も見当たらな
い、おいら信じていいのかな。
「本当に?おいらは満月を見ると変身しちゃ
うやっかいな奴なんだよ?一緒にいたら迷惑
かけるよ」
「迷惑?そんなのドンと来いだよ。あなたを
サポートするのが恋人である俺の役目だからね」
「………翔くん」
嬉し涙で視界が滲む、おいらの愛する人はこ
んなにも頼もしく素晴らしいんだ。
「さあ、家に急ごう。こんなに可愛い姿を他
の人に見せたくないし」
「うん」
「それに……尻尾がどう生えてるのか早く
見たいしね♡」
「へっ??」
「ふふ、俺のベットで見せてくれるでしょ?
だってまだ満足してないんだもの」
ああ、さっきのキス後の会話か。
そうだな、愛する人にはすべてをさらけだす
べきだろう。
おいらの変化した姿も余すところなく見て知
ってもらおうかな。
だけど狼男になったおいらは凄くタフなん
だぜ?
翔くんは本当においらを満足させてくれる
のかなぁ
今宵はビーバームーン
満月愛好家同志
ゆゆさんに捧ぐww
モンスター♪♪♪