お山の妄想のお話です。





座礁し大きく傾いた船体、甲板は逃げ惑う人

々で大混乱だ。

そんな中、俺は必死に人を探している。

自分の命よりも大切な、必ず守ると決めた人

だ。


「智くんっ!智っ!!」


声を張り上げ名を呼ぶが、怒号や悲鳴に紛れ

彼に届いているかもわからない、それでも必

死に叫び続けた。


「……しょう…くん」


歩き回り人気の無い大きく傾いた船首近くま

で来た時小さな声が聞こえた。

聞き間違いじゃない、大切な人が俺を呼んで

いる。


すぐさま声のする方に視線を向けるとデッキ

の手すりを握る手が見えた。

見覚えのある美しい手、絶対に智君だ。


「智くんっ!!」


甲板の外側から手すりを掴んでいるという事

は、船から落ちそうになっているのか!

慌てて駆け寄り下を覗くと、やはり智君は手

すりにぶら下がった状態だった。


「すぐ助けるからね!」


両手で腕を掴み引き上げようとすると、智君

は首を横に振る。


「先に彼女を……」

「えっ…」


そこで初めてもう一人の存在に気付く。

死角になって見えなかったが、智君の隣りに

は船体の窪みに必死にしがみ付く女性の姿が

あったんだ。


「彼女、もう限界……」


朦朧としている女性を智君が片手で支えている、強く打ち付ける風と波に一刻の猶予も無

い状況だ。

だけどそれは智君も同じ、しかし俺には二人

を同時に引き上げる力はない。

どちらが先かなんて考えるまでもなかった。


「智君が先だ!」


大切な人を優先するのは当然のこと、

俺には何よりも彼が大事なのだから。


「馬鹿言うな!彼女が先だろ!」


しかし弱い者が先だと、至極真っ当な考えの

彼には通用しない。


「馬鹿な事じゃない!あなたを引き上げた後

二人で彼女を助けた方が高率が良いだろ!」

「その間に力尽きたらどうするんだ!俺はま

だ大丈夫だから彼女を先に!」

「でもっ!」

「言い争ってる時間は無い!彼女はお前の婚

約者だろっ早く助けてやれよ」


彼の言葉が胸に刺さる。

そう……この女性は俺の婚約者。

親が決めた結婚相手、俺には別に愛する人が

いたが受け入れたんだ。


だって俺の想いは届かないと思っていたから

大切な人は幼馴染みであり俺のバトラー…

身を粉にして尽くしてくれるがそれは主人へ

の忠誠で、俺を愛しているわけじゃない。


想いを打ち明け気まずい関係になるぐらいな

ら、バトラーとして一生近くで仕えてもらっ

た方がいいと考えた。

だからこの想いは秘めたまま、言うつもりは

なかったんだ。

それが今こんな形で徒となるなんて…


「婚約者とか関係ない!大切な人を助けたい

んだ!」

「馬鹿野郎!つべこべ言わずに早く引き上げろ!彼女が落ちたらこの先の人生悔やんでば

かりになっちまう!俺はそんな思いをするの

は真っ平だ!お前にもさせたくないんだよ」

「さ、智くん…」

「限界が近い…彼女を助けてその後に俺を」


言い争う暇はなく、智君が意思を曲げないな

ら彼女を先にデッキに引き上げる他はない。


「絶対に手を離さないで!すぐに助けるか

ら!!」


そう告げ、婚約指の腕を握り力を込めた。

しかし脱力した身体は重く船体の傾斜もあり

一気には持ち上がらない。

少しずつ引っ張り上げる間、智君はずっと彼

女の服を掴みサポートしてくれていた。


漸くデッキに引き上げ智君の所へ戻ろうとす

ると、それを遮るように婚約者が俺に縋り付

いてくる。


「翔、怖い!一人にしないで!」

「離せ!君は救命ボートへ行け!」

「あなたも一緒じゃなきゃ嫌よ!」

「俺は智を助けるんだ!邪魔をするな!」


婚約者を突き飛ばし智君のもとへ急ぐ。

早く助けなければ、頭の中はその思いだけだ

った。


でも………

もうその場所に智君の姿はなかった…


「智っ!!」


手すりに身を乗り出し眼下を見回したが、

そこには荒く打ち付ける波と真っ暗な海面が

あるだけ。


「嘘だっ!智!智っ!!」


大切な人が海に落ちた。

彼を助けられなかった……


一瞬絶望が満ちたが、すぐに振り払う。

まだ間に合う!絶対に助けるんだ!

自分はどうなろうとかまわない、たた智君が

助かればそれでいい。


決死の覚悟で手すりを乗り越え海に飛び込も

うとしたが、俺達を探していたボディーガー

ドによって阻止されてしまった。


「離せっ!智君を捜すんだ!」

「駄目です!すぐに避難して下さい!この船

はもう沈みます!」


ボディーガード達は救命ボートに乗せようと

力任せに引っ張る、必死に抵抗したが体格の

良い男達を前にそれは無駄だった。


でも智君を見捨てるなんて到底出来ない、

束縛を解こうと狂ったように暴れた。

それに業を煮やしたボディーガードは最終手

段とし俺を殴り失神させ、意識の無いうちに

救命ボートに乗せ船から離れたんだ。


その後すぐに船は沈没した。

死者や行方不明者、数百人の犠牲を出した史

上最悪豪の豪華客船座礁事故となった。



俺が意識を取り戻したのは病室のベット。

事故から三日後だった…



**



「智くんっ!」


自分の叫び声で目覚めた。

でもそこは白い病室ではなく、豪華な天蓋ベ

ットの中だった。


ああ、そうか……

ここはあの世界ではないんだ。

テクノロジーが発達した場所ではなく、まる

で中世のような世界。


ここは過去ではなく、多分異世界。

俺はあの世界の記憶を持ったまま、ここに

転生したんだと思う。


日本有数の財閥の御曹司であり

愛する人に想いを伝えられない意気地無しで

愛する人を守れもしない役立たずの『櫻井

翔』という男の記憶を持って生まれた。


フレイム王国、皇太子ショー

それが今の俺だ



最初に櫻井翔の記憶が蘇ったのは二歳か三歳

の頃、庭の噴水の周りで遊んでいた時だ。

うっかりお気に入りの玩具を落としてしまい

水面に手を伸ばしたが掴めなかった。


どんどん沈んでいく玩具と誰かの顔が重なり

とても悲しい気持ちになった。

そして『今度こそ助けなくては』という思い

が沸き上がったんだ。


噴水の縁によじ登り水の中に入ろうとする俺

を侍女が慌てて抱き抱えその場から離す。

同じ事が以前にもあった……

そんな感覚があり、その後に絶望を感じた。


幼かった俺には一連の感情の意味がわからな

くて、ただただショックで大声で泣いた。

そんな事があってから生活の中のふとした瞬

間に『誰かの顔』が過るようになる。


温かい気持ちと時に凍えるようは淋しさを呼

び覚ますそれは周りにいる人物ではなく、名

前もわからないけれど俺にとって大切な人だ

ということは感じでいた。



**



ある時、どうしても『海』が見たくなった。


俺の国は内陸にあり湖はあるが、海というも

のを知らなかったんだ。

本や人から聞いたものではなく本物に触れた

くて隣国のマーレに連れて行ってくれと父王

に頼んだ。


友好条約は結んでいるが息子のおねだりを公

式には出来ず秘密裏に出掛けることになり、

奔放な父は護衛数人と商人に扮装して国境を

渡り俺に海を見せてくれた。


初めて見た海は広く、太陽の光にキラキラと

輝いてとても美しい。

まじろぎもせず見入っていると、海にとても

興味があるのだと思われ船に乗ることになった。


父に抱かれ甲板から見た海はやはり美しかっ

たが、ついと胸の中には悲しみが溢れた。

海面を見下ろした時にフラッシュバックが起

こり、海で大切なものを失くしたことを理解

したから。


いつからか頭に浮かぶあの『顔』は大切な

人のもの。

取り返しのつかないことをして失った愛しい

ものだったんだ……


「…………さとし」


その名が無意識に口をつく

愛しさが込み上げる音だった。


「ショーはサト王子を知っているのか?」


呟きを聞いた父が不思議そうに訊いてくる、

けれど心当たりはない。


「知らないよ?だれ?」

「この国の第二王子だが……お前に会わせ

たことはなかったな」

「うん、知らない」

「ではなぜその名を知っていたんだ?」

「わからない、突然頭に浮かんだの」

「そうか、この国でその名が浮かぶなんて特

別な結び付きがあるかもしれんな」


特別な結び付きなんて当時は曖昧だったけれ

ど、数年後にその言葉が本当だとわかる。


御用達のマーレの商人が登城した際、珊瑚や

真珠などの他に数枚の絵画を持ち込んだ。

マーレの美しい自然を描いたものの中に、一

枚だけ男の子の肖像画があったんだ。


愛らしく微笑む少年、モデルは第二王子だと

商人は話した。国民に愛される王子は著名な

画家により何枚もの肖像が描かれているそうだ。その中の一枚が風景画の中に紛れ込んだ

らしい。


俺はその絵から目が離せなかった。

あどけない笑顔の男の子……

それに『さとし』の顔が重なったんだ


もちろん大人と子供で完全に一致はしないけ

れど俺にはわかった。

マーレ王国第二王子サトはあちらの世界で俺

が愛した智、俺と同様にこの世界に転生した

のだと。



その後、俺は子供とは思えない程の雄弁さで

あれこれと理由をつけ、隣国の王子をこの国

に招くように父王に話した。


同年代で同じ身分の友達が欲しい

友好国の王子と勉学に励み、共に生活すれば

今後も争いなど起きず平穏に過ごすことが可

能だろう、等。

思い付く限りを言い、サト王子を招待するよ

うせがんだ。


俺の懇願が通じたのか、または政治的な駆け

引きのためか父はあっさりとそれを承諾し隣

国へと使者を送った。

そしてマーレ第二王子サトをこのフレイム王

国へと迎え入れるのに成功した。



謁見の間で初めてその姿を目にした時、身体

に衝撃が走った。

一目でサト王子は智君だと確信したんだ。


優しい目元も可愛い唇も全てあの人と同じ…

櫻井翔の持つ美しい思い出の中の、幼い頃の

智君そのものだったから。


だけど、再び会えた喜びに震える俺とは違い

サト王子は緊張し怖がっていた。

突然異国に連れて来られ、俺との記憶もない

から当然だ……


このまま前世を思い出さないかもしれない

俺との記憶を失ったままかも……

それでもいいと思う。

あんなに悲しい出来事を思い出す必要はない

んだ。


俺だけが覚えていて、同じ過ちを犯さず

今度こそこの人を幸せにすればいい


何度生まれ変わっても

その度に俺との記憶がなくても

あなたを探し、そして必ず幸せにする


もう誤魔化したりしない

今度こそ偽らざる気持ちを伝えるよ

あなたへの想いの詰まった言葉は言霊になり

発した通りの結果を現すだろう。


あなたが俺をなんとも思っていなくても、

たとえ嫌っていたとしても振り向かせる。

必ず好きにさせる。



もう、後悔ばかりの人生は真っ平だから。












この話を書いたのを

すっごく後悔してる

疲れた…





フレイム❲炎)英

マーレ(海)伊