お山の妄想のお話です。
絶対に負けられない戦い。
相手が先輩で女子だとしても引いたりしない
俺はフェミニストだが今は関係無い、生徒会
長という立場も知ったことか。
これは恋する男として当然のことだ。
女子達の眼光は鋭く、隙を見せれば辛辣な言
葉が猫パンチのように繰り出されるはずだ。
容赦ない攻撃はメンタルを削る、俺のHP
がzero~になる前に終わらさなければ…
一撃必殺、ぐうの音も出ない台詞で黙らせ
退けてやる!
睨みを利かせながら、いち君が優秀だと褒め
てくれた頭脳で女子達を排除する言葉を考え
ていると、不意に部屋が暗くなった。
「 ! 」
「えっ?!何??」
突然の事に対峙していた女子や他のテーブル
の客達もどよめいている。
俺も驚いたが瞬時に弟達の事を思い出し、安
心させようと後ろを振り返った。
「あ、あれ?」
しかしそこに三人の姿はなかった。
さっきまで熱心に皆でメニューを見ていたの
に忽然と消えている。
ゾワッと背筋に冷たいものが走った。
まさか誘拐?!
こんなに人が多い学園祭の真っ最中に?!
いや、落ち着け。小さな子供じゃないからそ
れはないだろう……
でもあんなに可愛いのだから絶対に無いとは
言い切れない。やっぱり探さなきゃ!!
三人を探すために一時休戦と女子に伝えよう
とした時今度は1ヶ所だけライトがついた。
そこはあのシャンパンタワーで、グラスがキ
ラキラと輝いている。
「タワーのオーダーが入りました!ホストは
集まってください」
ウェイターが呼びかけると、各テーブルにい
たホスト達がシャンパンタワーを囲むように
集まりだす。
「……嘘だろ」
俺は愕然としながらそれを見ていた。
不毛な争いをしている間に誰かがオーダーし
てしまったなんて……なんて失態だ…
悔やんでも悔やみきれない……
痛恨の極み、まさにその一言に尽きる。
「それではオーダーされたお客様と指名ホス
トの登場です、皆さん拍手をお願いします」
指名ホスト……そっか、指名がいち君でな
ければまだチャンスはある。
どんな手を使ってでも次のタワーを予約すれ
ばいいんだから。
指名されたのが別のホストであることを祈り
登場を待った。
「うっ…」
しかし拍手の中現れたのは、廊下に貼られた
写真から抜け出たように麗しいリョウ…
その姿はスポットライトよりも神々しい光を
発っている。
初めて見た優艶な姿、本来なら歓喜にあふれ
ていたはずなのに…
俺は失意のどん底に落とされた
「なんてこった……」
でも続いて出てきた人間を見て、驚きと共に
希望も湧いたんだ。
リョウを指名しシャンパンタワーをオーダー
したのは弟達だったから。
*
「待って!俺も入れてくれ!」
タワーの前にリョウと弟達が立ったところで
合流しようと近づいたが、ホスト達に阻まれた。
「部外者は立入禁止で~す」
「部外者じゃない!同じテーブルの客だし、
こいつら俺の弟だぞ!」
「いやいや、生徒会長は金払ってないだろ。
この子達は即金で支払い済みだよ」
「はあ?!!いつの間に!!」
弟達を見ると、さぶは悪びれない笑顔で
『ゴメンネ~』と謝り、四郎はしたり顔で
俺を眺め、五郎だけは気まずそうだった。
「ちょっ!お前ら!俺が全額返すから仲間に
入れろっ!」
「二郎さんは駄目です。だってリョウを独り
占めするでしょ」
「し、しない!するわけないだろ!」
「嘘言ったら駄目だよ~、絶対じろちゃんリ
ョウちゃんから離れないもん」
「そ、そんなわけ……」
「ごめんね二郎兄。俺絶対リョウとツーショ
撮りたいんだ」
俺の嫉妬深さを弟達は理解していた。
たとえ血の繋がった愛しい弟達でも、いち君
が関われば敵も同然……
確かに俺はいち君関連だと悋気深いし狭量だ
けど、一応兄弟には配慮する。
リョウの側からは離れないだろうけど、写真
ぐらいは許すつもりだ。でも俺以外とのツー
ショは………許せないかも……
しかし今はそれを言わない方がいい、多分罪
悪感を感じて味方になってくれるのは五郎だ
けだから。
「写真ぐらい許すに決まってるだろ!独り占
めも絶対にしない!だから俺もそっちに行か
せてくれ、頼むよ五郎!」
そうホスト越しに訴えた。
名指しされた五郎は困った顔でさぶと四郎を
見る、だけど二人はそんな五郎を気に留める
ことなく『絶対に嫌』と笑顔で言った。
弟達に拒否られた……
そうなればもういち君に頼むしかない。
俺はいち君を縋るように見た、なんだかんだ
言っても兄弟思いの長男だし俺を援護してく
れるはず。
「いち君からもこいつらに言ってよ!」
するといち君は優美に微笑みながら爆弾を落
とした。
「出来ません、お支払いをした方がお客様で
すから…」
「ええ~っ!そんなぁ」
血も涙もないプロ意識…
駄目だ完璧に『ホストのリョウ』になって
いる…こうなるとお手上げだ。
いち君は小さな頃からお遊戯会の劇などで役
を貰うとすぐにそれになりきっていた。
キャラや感情が一体化してしまう所謂憑依型
の俳優みたいになるんだ。
今なりきっているのは金払いが良いお客を優
遇するナンバーワンホスト、何も注文せず金
も払っていない俺は塵みたいなものだろう。
「さぁ、シャンパンを注ぎましょう。時間が
なくなってしまいます」
リョウがシャンメリーを差し出すと弟達は嬉
しそうに瓶に手を添えた。
それを天辺のグラスに注ぎ始めと、周りのホ
ストからシャンコが始まる。
『今日も~お前は~いい波乗ってんね!
隣の~あなたも~いい波乗ってんね!
財布の~中身も~いい波乗ってんね!
みんな~今日も~いい波乗ってんね!』
ホスト達はコールしながら手の振り付けを合
わせ場を盛り上げる。
周りの客もそれを真似て楽しそうだ、タワー
とリョウをめぐり争っていたあの女子達でさ
え笑顔でノッている。
でも一番楽しんでいるのは兄弟達で弾けるよ
うな笑顔を見せていた。
同じ兄弟なのに何故俺だけがここに?
キラキラ輝くあの場所を恨めしく眺めなきゃ
いけないのか……
悲しくて涙かちょちょぎれそうだった。
*
学園祭が終わった。
ホストクラブでタワーに参加出来ず、ツー
ショはおろかリョウに近付く事もできなかっ
た俺は人生のどん底を味わった……
そしてがっくりと項垂れる俺にとどめを刺す
かの如く校内放送で生徒会に呼び戻され、そ
の後自由時間はなくホストクラブにリベンジ
も叶わなかった。
最低最悪な学園祭……
いち君との最後の学祭だったのに、良い思い
出なんて一つもありゃしない…
家に帰って自室に籠りさめざめ泣いた
こんなのって有り?
どうして俺だけが不幸なの??????
弟達からリョウとのツーショを見せられ、
出そうになる涙と罵声を必死で堪えた。
だってあいつらに罪はないだろ?
いち君が悪い訳でもないし、単に俺の運勢が
悪かったんだ……
そういや朝の番組の占いは最下位だった…
そう考えないとやってられない。
それでも凹んで凹んで、世の中の全てを呪お
うかとガチで考えていた時、いち君が来たんだ。
「じろ、生徒会ご苦労様」
屈託なく笑い部屋に入って来たのは普段のい
ち君。リョウの形跡は皆無だ。
いつもなら緩い笑顔を見ただけで癒されてい
たけど今日ばかりは駄目だった。
「……酷いよいち君…どうして味方してくれ
なかったの?俺だけ仲間ハズレにして」
今は愛しのいち君にさえ怨み節が炸裂だ。
「仲間ハズレ?何のこと?」
「とぼけないで!シャンパンタワーのことだよ!俺もリョウとのツーショ撮りたかったの
に……」
「仕方無いだろ~、ホストはお金を払ってく
れる人が一番だもの。おいらホストのリョウ
になりきってたし」
「自覚があったなら俺を爪弾きにしたの確信
犯じゃないの?!」
「だって、お前入店してすぐ女子と口喧嘩し
てただろ?ああいうの駄目、面倒臭いし迷惑
だから」
「そんな……俺はいち君の側に行きたかった
だけなのに」
俺の純情が面倒臭くて迷惑だなんて…
あまりにショックで視界が滲んだ。
「わっ!じろ泣くなって!」
涙ぐむ俺を見ていち君は焦っている。
「泣きたくもなるよ…いち君酷すぎる…」
酷い仕打ち……
楽しげな兄弟を遠くから眺めるしかなかった
俺の気持ちを考えてくれよ。
自分がその立場なら(そんな事は絶対にしな
いけど)どう感じる?
ボロリと大粒の涙が頬をつたう。
大好きな人の前で泣くなんて情けないけど
メンタルはボロボロだ。
「……ごめん、じろを傷つけちまって」
涙を見て反省したのか、いち君はすまなそう
にした。
「ホストクラブで一緒にいられなかった分
今晩はずっと側にいる。二人だけでいよう」
罪滅ぼしのための提案だろう、それで俺が受
けたダメージが消えるとでも思ってるの?!
安く見られたもんだ……
「マジで?!やった!!」
…………我ながらチョロいと思う。
でもいち君と二人だけで夜を過ごせるなんて
そんなチャンスは滅多にないんだ、普段は身
の危険を感じて回避されていたから。
罪悪感からだろうけど、この機を逃す手はな
い。もしかしたら今夜一線を越えられるかも
しれないし♡
『今泣いた烏がもう笑った』を地で行って
いるな。
「じゃー、どっちの部屋にする?」
「ここっ!俺の部屋!」
だってこの部屋には然るべき時のために用意
した物があるから、勿論隠してあるけど。
「んじゃ、一旦戻って用意してくる」
そう言いいち君は部屋を出て行った。
『用意』って……する、用意?
覚悟を決めてくれたのかな♡
これって棚ぼた?
学園祭では悲しい思いをしたけど、まさかこ
んな展開が待っていたなんて。
「早く来て♡いち君♡」
俺は高鳴る鼓動を抑えながら愛しい人の再訪
を待った。
*
その後、棚ぼたなんてなかった。
いち君はゲーム機を持って来て一晩中二人だ
けでゲームをしたんだ。
……最悪なドン底の日
結局俺にいい波が来ることはなかった…
おわり
ホストのコールはネット調べ
息子が高3の時マジでホストクラブ
したそうですw
(唯一の男だけのクラス)
シャンパンタワー3000円
何人かの女子が一人で注文したらしい
末恐ろしいwww