お山の妄想のお話です。





この頃翔くんが少し変だ。


まず元気がなく、笑顔もない。

始終黙り込んで難しそうな顔をしている…


そしていつも美味しそうに食べていたご飯

さえも喉を通らないみたいなんだ。

いったいどうしたんだろう、悩み事かな?

おいら凄く心配だよ。


翔くんは頭が良いから何時も一人で問題を解

決してた。他の人にアドバイスを貰っても最

終的には自分で決めるんだ。


それが翔くん。

おいらはそんな翔くんが大好き

バカなおいらと違うから尊敬もしてる


だけど今回はちょっと違うみたい……

日に日に窶れていってるもの。

賢い彼でも答えが見つからない?


気付くと困ったようにこっちを見てるんだ、

もしかしておいらに助けを求めてるんかな…

だけど翔くんが答えを出せない問題じゃ、

おいらなんかじゃ対処できねぇ。


どうしよう…

力になりたいけどおいらは無理…


そう思って色々考え、頭の回転の早いニノに

翔くんを助けてやってと頼んだ。



「駄目駄目駄目!私じゃ力になれません!

つーか、あんたしか無理だよ」


廊下で待っていたおいらに、部屋を出て開口

一番にニノが言った。

頼みを聞いて翔くんの相談にのってくれてい

たんだ。


「待ってよ、ニノにも解決出来ないんじゃ

おいらなんてゼッテー無理じゃん!頼むから

何とかしてあげて」

「できることならするけどね、あんたにしか

どうにも出来ないの!」

「おいらに関わることなの??」

「そーですよ。あんたと翔さんの問題です」

「えっ???何?おいらが何かした?」

「あ~、何もしてないけど」

「でも、おいらが関わってるんだよね?」

「無茶苦茶関わってます」


ニノの言葉に血の気が引いた。

それはずっと心にあった不安が現実になって

しまったと思ったからだ。


「………別れたいってこと?」


実は翔くんと付き合っている。

所謂恋人同士だ。

数ヶ月前翔くんから交際を申し込まれてそれ

を受けた。

だって…おいらもずっと好きだったから。


付き合えて凄く幸せだった。

翔くんは優しいし一緒にいて楽しい。

自分の想いも通じて人生薔薇色だったけど

不安もあったんだ。


学のないおいらと優秀な翔くんじゃ不釣り合

いだろ。

それに翔くんは凄くモテるし、一時の気の迷

いじゃないかってずっとモヤモヤしてた。


翔くんが素敵すぎるから、いつか翔くんと肩

を並べても遜色ない誰かに拐われるんじゃな

いかって怖かったんだ。


とうとうそれが現実になったのか……

他の人を選ぶなら、それを止めるのも咎める

ことも出来ないよ。

だって翔くんの幸せを一番に望んでるから…


好きな人が幸せならいいんだ。

それによって生じる胸の痛みなんて些末なこ

と……我慢すれば済むことだもん。


「さあ、どうでしょうね。そこは自分で訊い

てみなさいよ。兎に角私にはどうにも出来ま

せん、つーか下らなすぎて殴りたくなりまし

たよ」

「  へっ?!」


ニノは悲壮な表情のおいらに呆れたように言

い、シャドーボクシングのように拳を付き出

した。


「事と次第によっては、あんたにもパンチを

お見舞いしますからね!しっかり解決しなさ

いよ」

「ええっ??おいらにも?」

「さっきからあんたしか解決出来ないって言

ってるでしょ。翔さんが心配ならさっさと話

しに行きなさい」

「でも……対処できないかも…」

「全然大丈夫。あの人困ってなんかいないし

ただ惚気たいだけでしょ」

「のろけ??」


あんなに深刻な表情をしているのに、流石に

惚気はないだろ……

こっちは翔くんを真剣に心配してんのに、も

しかしてニノはおいらをおちょくってんの?


ムッとして睨むとニノはやれやれといった顔

で『付き合いきれないから』と言い残し行っ

てしまった。


おいらじゃないと解決できない……

それなら翔くんと話さなきゃ、ちょっと怖い

けど一番良い答えを見つけないとね。



部屋に入ると翔くんは頭を抱えてテーブルに

伏していた、絶対に深刻な悩みだ。

心の中で『ニノの嘘つき』と叫びながら、慌

てて翔くんに駆け寄る。


「翔くん大丈夫?!」

「……智君。心配しないで」

「そんなの無理だ、凄く辛そうじゃん」

「辛いけど……仕方がないんだ」

「どういう事?おいらじゃ役にたたない?」

「そうじゃなくて、これは俺自身が乗り越え

なきゃならないことなんだ」


弱々しく笑う翔くん……

そんな顔嫌だよ、見たくない。

いつもみたいにこぼれるような笑顔を見せて


「おいら少しでも翔くんの力になりたいんだ

よ。だって…」


恋人同士だろ、と言いかけて止めた

別れ話だったら翔くんの重荷になるから。


「……ありがとう。じゃ、相談に乗ってもら

おうかな」


おいらの気持ちが伝わったのか、やっと話す

気になったらしい。

大切な人が悩み困っているなら自分を犠牲に

してでも助ける、そう決意した。



翔くんは向き合って座るおいらを見ては困っ

た顔をする。

そして意を決したようにゴクリと喉を鳴らし

口を開く、だけど音を発することなく再び噤

んで視線を逸らすんだ。


余程言いにくいことなんだろうな……

やっばり別れ話だと思った。

優しいからおいらをなるべく傷付けないよう

に色々考えてるんだね…


………だけどさ、それじゃ何も解決しない。

悲しいけど受け入れるから早く言って欲しい


「翔くん、話して」


覚悟は出来てる。

悲しみに胸が張り裂けるだろうけど、

笑って終わりにする。


楽しく幸せな時間をくれてありがとうって言

えるよ、絶対に非難なんてしないから。

だから……ハッキリ言ってよ。


「……わかった」


翔くんは腹を決めたようにおいらを見た。


「俺の悩みを話すよ」


いよいよだ

別れの言葉を予感して震える両手にグッと力

を込めた。何があっても涙は耐えてみせる。


「智君……あのね……」


ワカレテホシイ

次の言葉は絶対にこうだと思っていたのに


「俺さあなたが好きすぎて辛いんだ。離れて

いる時は淋しくて飯も喉を通らないし、夜も

あなたの可愛い笑顔を思い浮かべてしまって

愛しくて恋しくて眠れない……

自分でもこのままじゃヤバイと思うんだけど

想いは止めどなく溢れて……」

「へっ?!」


予想していたのと全く違い唖然とした。

だって翔くんは深刻そうだったから良くない

悩みだと思っていたのに、まさかおいらが好

きすぎて様子が変だったなんて考えてもいな

かったから。


「どうしたらいい?こんなの迷惑かな?」

「迷惑なわけないじゃん!」


感無量だった。

嬉しくて抱きつくと翔くんもおいらの背中に

腕を回し優しく包んでくれる。

安心して恥ずかしいけど泣きそうだった。

勝手に別れ話だと思い込んでいたのが馬鹿み

たいだ。


「……別れ話じゃなくて本当に良かった」

「ん?何?なんで別れ話??」

「だって、翔くん深刻な顔しておいらを見て

目が合うと視線を逸らしたりしたから。

何か言いにくい事があるのかなって、だとし

たら別れ話だろうなって思った」

「やめてよ!そんなわけないじゃん!あなた

と別れるなんて有り得ない!」

「ほんと?」

「誓って本当だよ。もしかしてこの頃元気が

なかったのって俺のせい?」

「………そうなるかな」


おいらも元気がないように見えてたんだ…

普段通りに振る舞っていたつもりだったけど

バレちゃってたんだな。

だからニノも協力してくれたのか……


そういえばニノは言ってたな、翔くんの悩み

はおいらにしか解決出来ないって…

でもこれっておいらにもどうにも出来ないん

じゃないの?


「ごめんね、俺のせいで辛い思いさせちゃっ

て。あなたを悲しませた事をどう詫びたらい

い?どうやって償えばいい?」

「償いなんて……」


そんなものいらない、俺の早とちりだし。

でも翔くんも早く言ってくれれば良かったん

だよ、そしたらおいら辛い思いをして変な覚

悟をしなくて済んだんだ。


結局翔くんの悩みは自分でどうにかしないと

いけないもの。

だっておいらじゃどうにも出来ない、ん?出

来る?わかんねーから無理。


おいらは一応安心したけど(別れ話じゃなか

ったからね)でもモヤっとする。


おいらを好きすぎる翔くん

それをどうにかしたい翔くん


それってどうにか出来るの?

どうにかしたら、おいらへの想いはどうなっ

ちゃうの??


翔くんが償いたいって言うならそうしようか

おいらを不安にした代償をもらおうかな…

少し意地悪だけど言っちゃおう。


「おいらが傷付いたの償ってくれるの?」

「うん、大切な人を悲しませたからね」

「じゃあ……」


翔くんをしっかりと見ておいらは言った。


「ずっと悩んでいて」

「えっ??!」

「ずーっとおいらを好きで、ずーっと好きす

ぎて困っていて!それが償い!」


おいらもずっと翔くんを愛するから、翔くん

もおいらを想って困ってよ。

それは辛いかもしれないけど、幸せが前提だ

ろ。


「おいらも翔くんが好きすぎて悩んだり、妬

いたりしてどうしたらいいか迷うからさ」

「智君……」


翔くんはおいらが言いたい事を察してくれた

みたい、ぱあっと表情が明るくなった。


「ふふっ、好きすぎて悩むなんて馬鹿みたい

だね。でも凄く幸せだよ」


そう言い翔くんは笑った。

とっても晴れやかで喜びに輝いている。


「でも、もう少しだけ悩ませて。あなたをど

れだけ好きかって認識できるから」

「認識してどうなるの?」

「きっとまた悩むと思う、好きすぎる故のエ

ンドレスだね」

「それじゃ悩んでばかりで幸せじゃないよ」

「ううん、ずっとあなたの事を考えていられ

るもの、幸せに決まってるでしょ」

「翔くん……」


顔が熱い……きっとおいらの顔は真っ赤だ。

でも凄く嬉しい

本来なら好きな人が悩む姿を見るのは辛いこ

とだけど、悩みの種がおいらなら凄く幸せ。


これからも翔くんには悩んで欲しいな。

ずっとずっとおいらを好きでいて

ずっとずーっと想っていて

おいらも絶対それに応えるから


想いを繋げて永遠に二人でいようね。



これって惚気だよね……

おいらと翔くん、ニノのパンチ決定だな…







なんなん??

終わる