お山の妄想のお話です。
智
車は東京へと向かっている。
松兄は運転しながらルームミラー越しにチラ
チラとこっちに視線を向けてくる。
きっと俺のことを気に掛けてくれているんだ
ろう。
後部座席で目を閉じ無言のままだからおかし
いと思ってるんだろうな。
でも負傷したのがバレるのは避けたい、刺さ
れたなんて知られたら速攻で病院送りだもの
いま俺が一番望んでいる……
いや、一番しなきゃいけないのは翔くんへの
報告と謝罪。
仕事の完遂と相葉ちゃんに怪我をさせてしま
ったことを謝らなきゃ。
殺生石で別れてから連絡がない相葉ちゃんの
容態も気になるけど、本心は翔くんに会いた
いんだ。
叱責されるのはわかってる、チームの皆を守
るなんて大風呂敷を広げたのに大切な相葉ち
ゃんに怪我させちまったしな。
だけどさ俺も怪我して気弱になっちまってる
みたいで、好きな人の顔を見たくなった。
笑ってなくて怒った顔で充分だ、だってそっ
ちの方が見慣れてる。
いつだって優しい笑顔は相葉ちゃんのものだ
ったしね。
………俺って馬鹿だなぁ、嫌われてるのわかっ
てるのに。
でもさやっぱり会いたいんだ、だって最後に
なるかもしれないし……
*
警察からの事情聴取を終え犯人は連行されて
現場には関係者だけが残った。
一連の怪異は祓ったと依頼者に報告したら、
近くの温泉に部屋を取るのでゆっくりして行
ってくれと言われ、城島さんと国分さんはお
言葉に甘え一泊するという。
俺は直ぐに帰りたかったから辞退し、松兄も
明日祭事があるからと一緒に帰ることになっ
たんだ。
新幹線で帰るより時間はかかるけど車なら周
囲に迷惑をかけない、意識を失えば傷口から
血がドバドバ出ちまうからね。
松兄なら俺がぐったりしてても『力の使い過ぎ』だと思って放っておいてくれる、同業者
あるあるだな。
そんな思惑で車に同乗させてもらったんだ。
*
「着いたぞ」
松兄の声が聞こえ目を開くと事務所の前だっ
た、窓を見上げると遅い時間なのにまだ明か
りが灯っている。
それは翔くんが事務所にいるってこと、俺を
待ってくれているのかなと思ったら少し元気
が出た。
「あんがと、ちょっくら報告してくるわ」
「ああ……でもお前大丈夫か?」
「えっ?何が?」
「顔が真っ青だ、力使い過ぎて貧血にでもな
ったのか?」
気付かれるほど顔色が悪いのか……
確かに径が抑えているけど結構な血は流れて
いる、でも今それを知られるのはまずい。
「え~?そお?そんな風に見えるんだ、でも
全然普通だよ!松兄は心配性だなぁ」
そーいうのは彼女にしてやれよ~、なんて
おどけて言うと松兄は眉間にシワを寄せ
『ふざけんな』とドスの利いた声を出した。
「お前は昔から平気で無茶をするから心配し
てんだよ。家まで送ってやるからさっさと報
告を済ませてこい」
「いいよ、松兄だって疲れてるだろ」
「そりゃ疲れてるさ、キツい仕事の後に長時
間のドライブだからな。だけどな具合の悪そ
うなお前よりマシだ!つべこべ言ってねーで
早く行ってこい」
松兄は口が悪いけど優しくて面倒見がいい、
だから皆に慕われてるんだ。なんか安心する
んだよな、頼りになる兄貴って感じで。
正直な所自力では家に辿りつけそうもないの
で厚意に甘えることにする。
「あんがと…んじゃ行ってくる」
「おお、サクッと終わらせてこい」
「そーする……」
松兄の言う通り翔くんの顔を拝んだらさっさ
と退散しよう、長居したら怪我がバレるかも
しれないし。そしたら迷惑かけちまう。
ドアを開け車から出ようと身体を動かした拍
子にクラリときた。
眩暈に襲われ倒れそうになって慌ててドアに
しがみつく。
「大野!大丈夫か!!」
それを見た松兄は車を下り側まで来て身体を
支えてくれた。
「だ、大丈夫……ちょっとクラっとしただ
け」
「何がちょっとだ、だいぶしんどそうじゃね
ーか!報告なんて後にして休んだ方がいい」
「本当に大丈夫だよ…それに報告を済まさ
なきゃ仕事が終わった気がしないから、心置
きなく休めねぇしさ」
無理に作った笑顔はどう映ったのか……
厳しい表情だったけど、松兄は俺を抱き抱え
るようにして立ち上がらせてくれた。
「本当に頑固だな。ならさっさと行ってこい
なんなら肩を貸してやろうか?」
「いらねぇし」
強がってみたが本当はかなりヤバい状態だ、
身体に力が入らず一歩踏み出すのも困難だ。
だけど力を振り絞り歩いた。
普段通りにしなきゃ…
今から翔くんに会うんだから…
倒れたりして余計な仕事を増やしちゃ駄目な
んだ。
気力だけで進み翔くんのいる部屋に辿り着い
た。ノックして目の前の扉を開ければ、明る
い光の中で不機嫌そうにしている姿が見える
はず。
きっとジロリと俺を睨みながら『遅かったね
報告なんて電話で済ませてよ』なんてチクッ
と刺してくんだろうなぁ。
何時もの事だし慣れてるけど、今日はしんど
いかも……
何時もみたいに平静を装って笑えるかな…
試しに口許の筋肉を引き上げ笑った形にし、
それを確かめようと廊下の硝子に映る自分を
見て愕然とした。
顔は青白くて生気がなく、まるで幽鬼のよう
だったから。
こんな姿、見せられない。
心配されるのは嫌だ、労りの言葉も惨めに感
じてしまう。それに翔くんには今までの俺を
覚えていて欲しいから。
「太郎……いる?」
『智の式神だぞ、いるに決まってるだろ』
呼び掛けると隣から返事があった。
「はは、そーだよな。お前達は何時も側にい
てくれるよな…」
『用事があるんだろ?さっさと言えよ。何で
もしてやるから早く傷の手当てをしろ。皆心
配してるんだぞ!径なんて遅いって珍しく怒
ってるんだからな』
式神にまで心配をかけるなんて本当に申し訳
ないと思う。でも、これだけは譲れない。
「報告が済んだらするよ。悪いけど廊下の明
かりを消してくれるか?」
『………了解』
太郎は『そんな事?!』と拍子抜けしていた
が俺の気が弱っているのを感じてか従ってく
れた。
今の俺には廊下の端にある電灯のスイッチを
押しに戻るのも苦痛だから。
スッと照明が落ち光源は朧気な月明かりだけ
部屋の入り口から数歩さがっていれば顔色な
んてわからない。
「これでよし…翔くんの顔を見てさっさと
退散しよ」
俺は目の前の扉を数回ノックした。
翔
智君と雅紀が向かった現場から数時間前に連
絡が入った。
一緒に仕事をしていた∞の横山という奴が
雅紀の負傷を伝えてきたんだ。
驚いて容態を訊くと、打撲で大したことはな
いけれど祓いでの疲れもあるので現地の病院
で1日療養させるとのことだった。
今回の仕事は結構過酷なものだったらしく横
山の声にも疲労が滲んでいた。
そんな現場で智君は大丈夫かと心配になり尋
ねると、途中から別行動でまだ連絡がつかな
いと返ってきた。
しかし自分達はこのまま帰るので、智君はも
う一方のグループと行動するだろうと教えて
くれた。
当の本人からも連絡がないし、智君のことだ
から事務所に報告に来るだろうと踏まえてず
っと待っているんだ。
静かな部屋に一人でいると不安な気持ちにな
る、雅紀が負傷したなんて聞いた後だから尚
更だ。
強い人だから心配はいらないと思う反面、最
近様子がおかしかったのを懸念している。
ザワザワと胸騒ぎもあるから、早く元気な姿
が見たかった。
「……まったく、心配させんなよ」
時計を見ればもう遅い時間だが、現地からこ
こまでは4時間以上かかるので仕方がない。
連絡がない限り日付が変わっても待ち続ける
つもりだった。
まんじりともせず夜を過ごしていると、微か
な話し声が聞こえた。
閑静な住宅街では思いの外声が響く、それが
待ち人のものに聞こえて窓から通りを見た。
すると家の前に一台の車が停まり、智君と知
らない男性が身体を寄せ合っていた。
男性は智君を抱き、智君は嫌がり抗うことも
ない……受け入れているんだ。
状況を理解した瞬間、一気に怒りの感情が沸
き上がる。
俺がこんなに心配して待っていたのにあのひ
とは男とイチャイチャしていたなんて!
悔しくて相手に憎悪する、これは紛れもない
嫉妬だ。そして八方美人の智君も憎くなる。
きっともうすぐこの部屋に仕事の完遂を報告
しに来るだろうけど、優しく労ってなんてや
れない。
扉を開けフニャフニャ笑いながら入って来る
だろう智君にキツい言葉を掛けてやる!
久し振りがこんな話…
昨夜間違ってUPしちまったさ
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