お山の妄想のお話です。





満月が真上に差し掛かったと同時に儀式は始

まった。


儀式と言っても音が出るような道具は使わず

ニノが静かに呪文を唱えている。

妖精の言語らしく何と言っているのかわから

ないけれど、それはまるで詩のように美しい

メロディだった。


呪文を耳にしながら俺は青い指輪を握りしめ

て一心に祈った。


智君に会わせて下さい。

俺が大切なのは智君ただ一人、代わりになる

人なんかいない。

どうかこの想いが届きますように……


時を忘れ必死に祈り続ける。

すると突然目の前がパッと明るくなり驚いて

伏していた顔を上げると、そこには月と同じ

ように煌めくニノの姿があった。


きらきらと月光がニノに降り注ぎ、腕を広げ

空を見上げる横顔は神々しいまでに美しい。


これは月のパワーを授かった証?

するともう魔法の儀式は佳境を迎えてしまっ

たのか?

でも智君が現れる気配は全くないし、掌にあ

る青い指輪にも変化は見られない。


まさか失敗?!

そんな言葉が頭を過り背筋が凍る。

駄目だ!失敗なんて絶対あってはならない!

俺は不吉な予感を振り払うべく頭を振ると、

青い指輪を握り再び祈った。


智君、会いたいよ

話したいことが沢山あるんだ


出会いから現在までの思い出が蘇る。

初めて会った時、美しい笑顔を見て幼い胸に

灯った熱。

再会した時もその熱は消えていなかった

ただ大人になり常識に囚われて意識の外だっ

たんだ。


他の人を好きだと思い違いまでして……

信じてくれなくて当然だよね

だけど今度は信じてもらえるように、溢れる

程の想いが詰まった言葉と態度で示すから

だからお願い、側にいて………


智君の笑顔を思い浮かべながら渇望し、指輪

を握る力を強めると掌に微かな熱を感じた。

慌てて掌を開き確認すると宝石が微弱な光を

放っている。

まだまだ儚い光だけれど、きっと良い兆候に

違いない。


あなたに会いたい

話したい

触れたい

大切な愛しい人、どうかここに来て


俺は智君の化身ともいえる青い宝石に心から

願った。

すると宝石は瞬く間に輝きを取り戻し、いつ

しか眩しくて目が開けられない程の光を発し

ていた。


それは智君が指輪から出てくる時と同じだった。きっと魔法は成功したんだ。

もうすぐ智君に会えると歓喜に胸が震えた。


しかし喜んだのは束の間、ピシッという音と

同時に宝石にヒビが入り粉々に砕けてしまっ

たんだ。


「   !!  」


砕けて足元に落ちた欠片を愕然と見ていると

ニノから叱咤の声が飛んできた。


「何をしてる!今が正念場だぞ!願え!智に

届くよう誠心誠意に!」


そうだ、まだ終ったわけじゃない!

絶対に智君を呼び寄せるんだ、これが最後の

チャンスなんだから。


智君来て!俺の所に!!


強く願うと砕けた宝石からいくつもの光の粒

子がふわふわと浮かび、俺の前に留まり密集

して次第に人の形へと変化していく。

白いだけで色はないが、それは見覚えのある

シルエット……


智君だ!!


衝動的にそれを抱き締めた。

まだ完全に実体化していないそれはフヨフヨ

していて、ともすれば腕をすり抜けてしまい

そうだったが何とか抱きとめ続ける。


するとそれは次第にしっかりとしていき、暫

くして肌の感触が伝わって来た。

すべすべした肌、そして温かな体温

頬には柔らかい髪が当たり甘い香りが漂う

必死故に固く閉じていた目を開けると、すぐ

近くに綺麗な顔があった。


「………智君」

「おう」

「本当に本物の智君だよね?」

「おいら本物だ」

「ニノの魔法が成功して俺の所に来てくれた

んだよね?」

「そうだよ、翔くんの願いが叶ったんだ」

「じゃ、これからは俺の側にいてくれる?」

「うん。ずっとな」


花が綻ぶように智君は笑った。



魔法を成功させたニノは智君に優しく微笑み

そのまま消えた。

きっと外で待機している相葉の元に帰ったの

だろう。


「ニノには面倒かけちゃったな。いつか礼を

しなきゃ」

「そうだね、智君がここにいるのは彼のおか

げだもの」

「………おいらが来れたのは翔くんの力が

あったからだぞ」

「俺の?」

「ずっと呼んでくれただろ?純粋な翔くんの

想いは伝わってたよ、それが光になっておい

らをここに導いてくれたんだ」

「えっ?そうなの?」

「ニノから聞いてない?」

「誠心誠意願えとしか……」

「そっか……ニノも試したんだな」

「ニノもって?」

「おいらがこっちに来れるか否かは翔くんの

想いによってだったんだ」

「俺の?魔法の力じゃなくて?」


俺が戸惑っていると智君は妖精王からの制約

について話し出した。


「おいらがこっちの世界に住みたいと王様に

言ったら反対された。妖精の身体でこの世界

に長くいたら穢れで弱ってしまうって。

それはおいらも知ってたし、翔くんと同じ時

の流れにいたいから人間になる許可をくれっ

てお願いしたんだ。人間になるには妖精の国

の全てを捨てなきゃならない、そんで二度と

戻れない」


智君は俺の願いを叶えるために全てを捨てる

覚悟をしたという。

大切な人に多大な犠牲を強いてしまい、自責

の念に駆られた。


「そんな顔すんなよ。おいら達妖精には親や

兄弟とかいねぇし、地位とか名誉もないから

そんなに大袈裟なものじゃない。それに殆ど

の友達は人間界に来れるから会おうと思えば

会えるんだ」


俺は罪悪感に押し潰されそうなのに、当の本

人は『気にすんな』と平気な顔だ。


「人間になる魔法は魔力を多く使うから誰に

でも出来るわけじゃない。おいらはそこそこ

力があったからそれをニノに渡して魔法をか

けてくれって頼んだ、足りなかったら自然界

の力とニノの魔力もちょびっと貸してとも言

ったけどね。だから人間になるのは然程難し

くなかった、けどそこで王様からもう一つ制

約が出たんだ。それは翔くんのおいらへの想

いが本物なら妖精界から出られるけど、少し

でも虚偽を感じたら出すことは出来ないって

やつ。真実の想いなら光輝く道になっておい

らを導き、そうでないなら光は消えるって」

「だからニノは誠心誠意必死に願えと言った

のか……でも試すって?」

「想いが真実じゃなきゃ、おいらはここに辿

り着けない。つまり妖精王は翔くんの想いが

本物なのか光の輝き具合で試したんだよ。

申し訳ないけど、おいらも……」

「智君も?俺を試したの?」

「うん……だって薬屋の女の子への想いを

疑ってたから。突然手のひらを返すようにあ

のコよりおいらが好きだなんて言われても信

じられないだろ。だから王さまの制約に同意

したんだ」


多くを語らずただ『願え』と言ったニノも

智君に相応しいかどうか俺の思いの丈を測っ

ていたのだろう。


「でもおいらはここに来れた。翔くんの気持

ちも本物だってわかった」

「信じてくれた?」

「うん、とっても嬉しい」

「それって……」

「だって…おいら翔くんが好きだもん」

「本当に?」

「だからずっと薬屋のコに妬いてた、翔くん

にも塩対応だったでしょ」


やっぱり俺の思い込みではなかった、あの時

智君は可愛く嫉妬してくれていたんだ。


「それに関しては勘違いで智子さんに現を抜

かしてた俺が悪いんだ、信じてもらえなくて

も仕方無かった。それなのに自棄を起こして

無茶な願いを言ってしまって……」

「おいらこそ、試したりしてごめん…」


お互いに謝り疑心も蟠りも無くなった。

俺は智君が好き、智君は俺を好きだと言って

くれた。それは心が通ったってことだよね。


「ねえ、俺達って両想いってことでいい?」

「………うん」


恥ずかしがりながら頷く智君の頬がうっすら

と桃色に染まっている。

始めてみる表情に愛おしさが込み上げた。


「これからはずっと一緒にいてくれる?」

「当たり前だろ、そのために人間になったん

だもん」

「ありがとう……俺のために…」


喜びに涙ぐむと智君は綺麗な指でそっと目頭

を拭ってくれる、そして少し困った顔をした


「翔くんのためだけじゃないよ、おいらが同

じ時間軸を過ごしたかったから」

「俺と一緒に歳をとってくれるんだね」

「うん、一緒に爺ちゃんになれるかな?」

「当然だよ!共に白髪が生えるまで一緒にい

るんだもの!きっと智君は可愛らしいおじい

ちゃんになるね」

「翔くんはイケじいかな?んふふ、楽しみ」


俺は智君に偕老同穴の誓いをたてるよ、死ん

だ後もあなたと睦まじくすごしたいから。

そして今まで指輪の妖精として願いを叶えて

もらったから、今度は俺があなたの望みを叶

えたい。


「智君なにかして欲しいことない?今までの

お礼に俺に出来ることなら何でもするよ」

「え~、突然言われてもないよ~」

「そう言わずに考えて!あなたのために何か

したいんだ」

「う~、そんなこと言われても……」


今まで願いを叶えることのが当然だったから

逆の立場では直ぐに思いつかないみたい。

それでも俺はしつこく訊いた、大切な恋人の

始めての願いをどうしても叶えたい。

願いが叶う喜びを体験して欲しかった。


「何でもいいの?」

「どんなことでもいいよ、頑張るから」

「じゃー、おいらと幸せになろ」

「えっ?!それって願い事じゃないよね?」

「なんで?」

「だって願い事なら『おいらを幸せにしろ』

じゃない?」

「うんにゃ、れっきとした願い事だよ。

おいらを幸せにするのは翔くんで、翔くんを

幸せにするのはおいらだもん。お互いを幸せ

にしなきゃ成り立たないじゃん」

「そうだけどさ……ちょっと違うんだよ…

智君のためだけに何かしたいんだ」


智君は『ねーよ、そんなん』としかめ面をし

ながらぼやく、だけど暫くして思いついたよ

うだ。


「あったよ、願い事!」

「何々!言ってみて」

「これ大至急なんだけど」

「うん、何?」

「着るもの用意して!」

「えっ??」

「だっておいら素っ裸じゃん!流石にこれじ

ゃヤバいでしょ」

「あ………」


再会に感極まりずっと抱きしめ続けていたか

ら気が付かなかったが、確かに智君は一糸ま

とわぬ姿だった。

制約で妖精の国で着ていた服も捨てなくてはい

けなかったんだ。


「わ、わかった!すぐに探してくる」

「おー、頼むな」


そうは言ったものの、俺的にはこのままでも

いいんじゃないかなと思ってしまう。

目の保養になるしね。


だけど初めてのお願いを叶えない訳にもいかず、取りあえず押し入れにあったシーツで智

君をくるみ洋服を求め家中を探し回った。


そしてやっと親父の若かりし頃着ていたであ

ろうYシャツとスラックスを見つけて着ても

らい家路についた。


夜が明けたら必要な物を買いに行こう。

これから智君との幸福な生活が始まるのだから。





砕けた宝石は新しい指輪に嵌め込まれ、いつ

の日か二人の指を彩るだろう。

だってSOMETHING  BLUEにぴったりだ

もの。









おわり







やっつけた

m(_ _)m