お山とじいまごの妄想のお話です。
「じゅん~おいらも~ダメ、終わりだ~」
ぐしぐしと鼻を鳴らしながら酔っ払った年上
の男が抱きついてくる。
「何だよ、諦めるのか?待っててと言われた
んだろ?」
俺はその小さな頭を撫でながら慰めることし
か出来ないでいた。
「言われたよ、でもダメ。もう待てない…
待ってても誰も幸せになれねーもん」
「どうしてそう思うんだ?あんたまだあの人
が好きだろ?それにあの人だってあんたが好
きだから待っててと言ったんだろ」
リーダーには恋人がいた。
いや、別れた訳じゃないからまだ『いる』
と言えるか。
数年前活動を休止する時、その恋人に
『親を安心させるためにしなくちゃいけない
事がある。だから少し時間が欲しい』『こ
れから何が起きても愛しているのはあなただ
けだから』と言われそれに頷いたらしい。
いつか二人で幸せに暮らす日を夢見て一人都
会を離れた後、恋人が一般女性と結婚したと
ニュースで知った。ショックで倒れそうだっ
たが恋人の言葉を信じて耐えたと言う。
恋人からは『契約結婚で愛はない、両親を
安心させるためだから』と言われたそうだ。
しかしその数年後、子供が産まれた…
『両親に孫を見せたかった。子供が少し成長
したら彼女と別れる。そうしたらずっとあな
たと一緒にいられる、勿論親として子供の人
生に関わっていくつもりだけどね』
そう言われ素直に『嬉しい』なんて感じら
れる訳がない。リーダーの中に恋人への不信
感が芽生えたようだ。
そして恋人と自分の関係がおかしいと気付い
たらしい。
普通親のために偽装結婚するか?
そして契約妻との間に子供まで作る?
おいら騙されてる?
そんな風に疑い色々と考え悩み、最終的には
自分が悪いと思うようになった。
……あいつ優しいから、きっと未練たらしく
縋り付くおいらを切れないんだ……
おいらから別れを切り出さなきゃダメなんだ
よな……
でも、まだ好きなんだ失くしたくない…
過去に何回もそんな相談を受けた。
当初は『どうしてそんな事を俺に相談する
んだ?!』と憤り覚えたが、他のメンバー
は妻帯者だから言えなかったんだろう。
俺も最初こそ腹立たしかったが、追い詰めら
れ弱っていくこの人を見ているうちにチャン
スだと思うようになった。
なぜならかなり昔からこの人を想っていたか
ら、でも好きだと自覚した時には既にその恋
人がいたから告白出来なかった。
愛し合う二人の間に亀裂が入るような事をし
たくないし、グループの活動に支障をきたし
たくなかったから。
でも今ならそんな配慮はいらない。
傷つき不安な日々を過ごすリーダーに手を差
し伸べるのは悪い事ではないし、それによっ
てこの人の心が動いたとしても恋人に罪悪感
を感じることもない。
フォローもせず待たせ続けたのが悪いのだか
ら。
「じゃ、どうするんだ?キッパリと気持ちを
捨てて新しい人生を歩む?」
「そうするしかない……それが一番良い…
おいらと別れれば子供や孫に囲まれた楽しく
幸せな老後っていうあいつの昔からの夢が叶
うし……」
「本当にそれで良いならそうしろよ。それで
辛く悲しい想いをするなら俺が側にいてずっ
と慰めてやるから」
痩せた肩に手を回し引き寄せると素直に腕の
中に収まった、以前なら抗われサッと身を引
かれていたのに。
「おいらの方が年上なのにいつも迷惑かけて
ごめんな」
「迷惑なんて思ってないから謝んなよ」
「潤は本当に優しいな……惚れそうだよ」
はかない笑みを口もとに浮かべ冗談めかして
言った台詞に、俺は『今だ』と飛び付いた。
「惚れろよ。大切にするからずっと俺の側に
いろ」
「……潤……」
痩身をギュッと抱きしめるとリーダーは驚き
身体を強張らせていたけど、暫く経つとおず
おずと俺の背に腕を回してくれた。
まだ俺の気持ちを受け入れてくれたのかわか
らないけど、悪い状況ではないようだ。
ここで勢いで押せば疲れたこの人の全てを奪
えるだろうけど、本気の恋愛をしたいからあ
えてしない。
相手から求められるまで紳士に振る舞うつも
りだ。
「あんがとな潤…頼ってばっかでごめん」
「だから、謝るなって」
「んふ、優しい男前。本当に好きになりそ」
「大歓迎だよ」
抱いた背中を優しくさすっていると、落ち着
き気持ちが和らいだのかすぅすぅと小さな寝
息が聞こえてきた。
「……寝ちまった」
話の途中だったので残念に思えたが、穏やか
な寝顔を見ると暖かい気持ちになる。
「まったく、飲み過ぎなんだよ。俺の誕生日
を祝うとか言ってたのにな」
今晩リーダーが俺の家にいるのは『誕生日
を釣った魚を料理して祝ってやる~』とクー
ラーボックスに大量の戦利品を入れて突撃し
てきたからだ。
それなのに飲んで食って酔っぱらってさっさ
と寝るなんて、呆れたがそこがまた可愛いと
思うから俺も末期なんだろう。
「早朝から釣りに行った疲れもあったんだな
……ゆっくり休ませてやろう」
起こさないように注意を払いリーダーを抱き
上げ、ベッドに寝かせるために寝室へと向か
った。
*
『潤君、誕生日おめでとう』
『おめでたま○ん!』
『Happy Birthday、松本』
零時を過ぎるとメンバーからの祝のラインが
続々と入る。
それから恒例の秘蔵写真が送られてきた、で
もグループとしての活動がないから仕事が一
緒になることも稀なので昔程の量ではない。
一先ず落ち着いた時、リーダーがグループ
LINEに参加していない事を相葉君が指摘し
た。
『ねぇ、大ちゃんは?』
『そういえばいませんね』
『どうしたのかな…メンバーのBDには必ず
LINEを送るのに。何かあったのかな』
リーダーからのメッセージがないのは俺のベ
ットで眠っているからだ、心配する翔さんに
は悪いがそれを教える必要はない。
俺は想い人と二人だけの最高の誕生日を過ご
しているのだから。
その幸せを伝えるためにビデオ通話に切り替
え、三人にお礼を言った。
「みんな忙しいのにありがとう。送ってくれ
たプレゼントも届いているよ。感謝して大切
に使わせてもらうね」
そんな俺を見て相葉君が驚いたように言う。
「えっ?!だいぶ静かだけど?友達とかとパ
ーティーしてるんじゃないの?」
「そうですねぇ、そこは何処なの?小栗君と
か一緒じゃないの?」
「ここは俺の寝室だよ。友人達は仕事で時間
が取れないから別の日に祝ってくれるそうな
んだ」
「えっ?もしかして誕生日なのに一人??
言ってくれたら俺達集まったのに!」
「てっきりパリピのお仲間とお楽しみ中だと
思ってましたよ」
「潤君淋しくない?オレ今から行こうか?」
「私も行きますよ」
相葉君とニノが言ってくれたけど俺は笑って
断った。
「はは、全然淋しくないよ。寧ろ今最高に幸
せを感じてる」
「無理しないでよ~本当は一人ぼっちで淋し
いんでしょ?」
「相葉君、俺はぼっちじゃないよ。実は大切
な人と一緒なんだ」
「うそ~その割には静かじゃん」
「その人、お祝いで飲み過ぎて休んでる」
そう言いスマホを背後に向けた。
そこにはこんもりと布団に山が出来ている、
二人はそれを見て察してくれたようだ。
「わ~、ごめん!オレ達ラブラブな時間を壊
すとこだったんだね」
「それならそうと早く言って下さいよ。危う
く馬に蹴られるところでした。そういうこと
ならこの通話も終わりにしましょう」
「そうだね!じゃーね潤君、今度その大切な
人を紹介して!」
「紹介?ふふ、わかったよ」
紹介するまでもなく皆が良く知っている人物
だが、本当にリーダーと付き合う事が出来た
ら真っ先に報告するさ。
『じゃ、お休み~』『良い夜を』の言葉と
共に二人は画面から消えた。
残っているのは思い詰めたような表情の翔さ
んだけだ。
『なあ、智君からの連絡マジで来てない?
あの人がメンバーの誕生日を祝わないなんて
絶対にないだろ?最近俺の所にも連絡がない
んだよ。だから何かあったのかと心配で…』
「連絡がないって…翔さんからはしてる?」
『今は仕事と家庭が忙しくて…子供が小さ
いから手が掛かるんだよ』
「………へ~、幸せみたいだね」
『そりゃ~な、子供は欲しかったし』
「そう…ならリーダーはもういらないだろ
解放してあげなよ」
『はぁ?!それをどうしてお前に言われなき
ゃならないんだ』
「俺がリーダーからあんたとの関係について
色々相談を受けてるからだよ」
『俺との関係を…?お前にか?!だからっ
て関係ない奴が口出しするな!』
俺の言葉に激昂した翔さんが大きな声を上げ
る、すると背後の布団に出来た山がビクリと
動いた。
眠っていた人を起こしてしまったのかと焦っ
たが、その後は動かずまだ夢の中のようで安
堵した。
「翔さん大きな声を出さないでくれ、寝てる
人が起きてしまうだろ」
諌めるとばつの悪い顔をして『すまん』と
謝る。
「リーダーからの相談の内容は話せない。
信用にかかわるからね。でもね諫言すること
は出来るよ。ねぇ翔さん、欲しいからと言っ
ていくつも欲張ると本当に大切なものを失う
ことになるよ。この意味、わかるだろ」
人間だから欲があるのは当然。
でも、どれをも手に入れ離さないなんて都合
の良いことはないんだ。聡明な翔さんなら知
っているはず。
『わかるさ、でも俺には智君に愛されている
自信がある。だからあの人が離れて行くなん
て事はない。大切なものを失うことはないん
だよ』
「それはどうかな……今のあんたはリーダ
ーの愛の上に胡座をかいてるだけだ。リー
ダーの苦悩や淋しさを理解してるのか?」
『……淋しい思いや不安にさせているのは
悪いと思ってる。でも後少し辛抱してもらえ
ば俺達は幸せになれるんだよ』
強い自負心、この世界で生きていくには必要
だが、それがどんなに自分勝手な考えでリー
ダーに酷な思いをさせているのかわからない
らしい。
俺からの諌言は翔さんには響かないようだ。
「そう…だったら俺から言うことはもうな
いよ、二人の問題だものな」
『お前も智君に変な事を吹き込むなよ、俺
達の事は俺達で決めるから』
「わかった。二人で決めるならリーダーの
出した答えを尊重してやってくれよ」
『当然だ。あの人の言うことは必ず俺が叶え
るから』
「………頑張って。もう遅いから切るよ」
『ああ、またな。今度久し振りにメンバーで
集まろう。その時にはお前の大切な人の話を
聞かせてくれよ』
「…………そうだね」
想い人の話をメンバーできるのは何時になる
だろう。
リーダーが翔さんから離れなければ永遠にそ
の機会はない。
「じゃあ、また…」
憂いながらも通話を切ろうとすると、突然
後ろから腰に抱きつかれた。
「……じゅん…ぺちゃくちゃうるさい…」
背中に顔を押し付けたせいかくぐもった声だ
ったがどうやら翔さんにも聞こえてしまった
ようで、画面には鬼のように険しい顔が映っ
ている。
『そこにいるの智君なのか?!どうしてお前
のベットに!!どういう事か説明しろ!』
「 ちっ!」
俺は怒声を響かせるスマホの電源を速攻で切
った。面倒な事態になったが考えようによっ
ては良かったのかもしれない。
今回の事でリーダーと翔さんの関係にけじめ
がつくかもしれないから、どの様に転ぶかは
この人次第だ。
何も知らずグリグリと頭を押し付けてくるリ
ーダーを見ながら祈る。
できるなら俺の差し出す手をこの綺麗な手で
掴んで欲しい、同じ道を歩いて行こう…
そんな想いを胸に、腹に回された片手を取る
とそっと美しい指に口づけた。
潤BDなのに
こんな話でいいんか?
果たして悪い男は誰でしょう?