お山の妄想のお話です。
「櫻井、今晩の飲み会行くのか?」
仕事の合間に喫煙所で一服していると同僚に
そう尋かれた。
今日は終業後、各課との懇親会があるんだ。
俺の課では毎回出席する人員をクジで決めて
いるが今回初めて当たってしまった。
気の合う者同士なら楽しい酒席も、全然知ら
ない人や別の課の上役と一緒なんて気を使う
だけで面白くもない。出来ることなら永遠に
出席したくなかったのが本音だ。
「ああ、残念ながらクジに当たったからな」
「そうか……だったら一つ忠告してやる」
「は?忠告?何をだ?」
酒の席での忠告とはなんだ?
酔った女性社員をお持ち帰りするなとかか?
「開発部の大野さんって知ってるか?」
「開発部……知らないけど」
営業の俺はまだ開発部との縁はない。
「きっと今日の懇親会にも松岡部長と参加す
ると思うが、気をつけるんだぞ」
「だから、何をだ?」
「大野さんにだよ」
「はぁ??」
面識もない人物の何に警戒しろと?
同僚の言葉は全く要領を得ない。
「大野さんはイケメンが大好物なんだよ。
きっと今日の獲物はお前になるはずだから気
をつけろって言ってるんだ」
「それは……そのイケメンキラーに俺がどう
にかされるってことか?」
「…………まぁ……そうと言えばそうだが…」
「お前、俺を見くびるなよ。飲みの席なんか
ですり寄る奴なんかに落とされはしないさ。
たとえそれが絶世の美女でもな」
「大野さんは綺麗だが美女じゃないぞ」
「は?どういう意味だよ」
「それは……」
どうにも歯切れの悪い言葉に少しイラつき言
葉が尖る、そんな態度が気に障ったのか同僚
の眉間に皺が寄った。
「お前のためを思って言ってやったのにその
態度は何だ。もう知らん、せいぜい三枚にお
ろされないように気をつけるんだな」
「三枚におろすって…俺は魚じゃないぞ」
「魚じゃなくても危ないってことだ。折角忠
告してやってるのに、もうどうなっても知ら
んからな」
不愉快そうに言い捨て同僚は喫煙所を出て行
ってしまった、どうやら機嫌を損ねてしまっ
たようだ。
しかしあんな訳のわからん忠告をされたら誰
でも俺と同じ態度になるだろう。いくら親切
心だといえ全く意味不明なのだから。
「開発部のイケメン大好きな大野さんね…
近づかなきゃ問題無いだろ」
知り合い同士で固まり付け入る隙を与えなけ
ればいいし、今俺は仕事が楽しくて愛だの恋
だのに現を抜かす暇はない。
『大野さん』とやらに落ちるなんて万に一つ
も確率はないんだ。
「…あいつ、もしかしたらその人にハマっ
て実体験からの忠告だったのかもな」
同僚もイケメンだから狙われ、酷い目に遭っ
たのかもしれない……
でも奴と俺は違うから余計な世話だけれど。
*
今、俺は猛烈に悔いている。
何をかって?
それは同僚の忠告を軽んじていたのをだ。
『俺は大丈夫』『引っ掛かったりしない』
なんて甘く考えていた。
しかしそれは大きな間違い。
『開発部の大野さん』を侮っていたんだ。
*
親睦会の会場に入りまず最初に会費を納め、
クジを引かされる。
小さな箱の中から三角に折られた紙を一枚取
り渡すと、幹事はそれを開け座席を指示して
きた。
今回の会場は海鮮居酒屋の座敷を貸し切り
二十人程が集まるらしい。
幾つかある座卓の一つ、指定された場所に腰
をおろした。各課の上役を出迎えるため早め
に会場入りしたので、両脇にはまだ誰も座っ
ていなかった。
それから徐々に人が集まり、開始時間10分
前には殆どの席が埋まった。
右側には俺より後輩が恐縮しながら座り、左
側には小柄な男性が来た。
「こんばんは~、今日はよろしくね」
その人はフニャっと笑って言う。
優しげで穏やか、どこか安心する癒しの笑顔
だった。
「よろしくお願いします。私は営業の櫻井と
申します」
その人とは初対面だが砕けた口調から先輩だ
と思ったので丁寧に挨拶すると『礼儀正しい
んだね~流石入社時からの期待の星。俺は大
野よろしくね~』と返ってきた。
彼が『大野』と名乗ったのにも関わらず、そ
の中性的な美しさと穏やかさに警戒するのを
怠ってしまった。
その時はまだ『イケメンキラーの大野』を
女性だと思っていたし。
その後、今回の親睦会は女性の参加者はなく
野郎だけ、そして雑談中に大野さんが開発部
だと知った。
この人かイケメンキラー!?
同僚の言葉を思い出し少しだけ身構えたが、
隣でふにゃふにゃ笑う人はガツガツと迫るで
もなく狙われているようにも感じなかった。
なので徐々に警戒も薄れ最終的には同僚の言
った事は冗談だと思うようになっていた。
………そして、こののっぴきならない状態に
なってしまったんだ。
*
大野さんといるのが楽しくて席を移動するこ
となくずっと二人でいた。
無礼講で周りが騒々しかったので段々と互い
に近づき肩を寄せ合うようにして話した。
より近くで見る彼は綺麗で、クルンと巻いた
睫毛は可愛く笑った時に見える八重歯がたま
らなく愛しく感じる。
ずっと見ていたい……なんて思い、ハッとし
て我に返る事を何度も繰り返した。
………もしかして俺、この人に恋した??
まさかな…いくら綺麗でも相手は男、きっと
勘違いだ。そう言い聞かせその感情を否定し
ていたのに……
「おいらねぇ~こーゆートコロ好き~」
酔いが回った大野さんが舌足らずな口調で俺
の上腕から肘の辺りまでを撫でてくる。
滑るようになめらかな指の感触に身体がビク
リと震え腹の底に熱が籠る。
「筋肉とかぁ、弾力があって伸びたり縮んだ
りするでしょ?触ってて気持ちイイし血管な
んてサイコーだよぉ」
「そ、そうなんだ。筋肉フェチなんだね」
「んふふ、そうかな~」
「あなただって筋肉あるでしょ?俺にも触ら
せてよ」
触れられてばかりで不公平に思い言うと、
大野さんは『いいよ~』とYシャツの袖を捲
り腕を露にした。
細いけれど綺麗に筋肉のついた腕にそっと触
れる、すると彼は『ひゃあっ!』と声を
あげ『くしゅぐってぇ~』と笑いながら身
体をぶつけてくる。
その時丁度うなじが鼻先に来て、そこから漂
う薫りを嗅いでしまった。
ミルクのような甘い薫り……
これはこの人が発するフェロモンなんだろう
か、だとしたら俺は見事に捕らわれてしまっ
た。
大野さんが欲しくて欲しくてたまらない。
これは紛れもなく欲情だ。
まさか同性相手にこんな感情を抱くとは思っ
ていなかったが、恥ずかしながら股間に籠っ
た熱がそれを示している。
服を剥ぎ取り魅力的な身体の隅々までを暴き
たい、美しい声で鳴かせ快楽に身悶える姿が
見たい。そんな凶暴な感情が湧き上がる。
「んんっ?どうしたの?」
「 えっ? 」
「怖い顔してるから」
その時俺は獲物を狙うような目をして突き刺
すように彼を見つめていた。
それに対しての理由を訊かれても、淫らな妄
想をしていたとは答えられない。
「いえ…あの…」
「怖い顔のイケメンもカッコいいけど、やっ
ぱり笑った方が好き。ね、笑って?」
しかしそんな邪な思いを押止めるのも彼だ。
にっこりと子供のように無邪気な笑顔を見せ
られると、その純真無垢さを汚してしまうの
を躊躇わせた。
それに大野さんには微塵もその気が無いのも
明白で、ただただ可愛い酔っぱらいなんだ。
俺は『大野さんには気を付けろと』と言う同
僚の忠告を間違って受け止めていたようだ。
きっと奴は『その気もないのにそういう気
持ちにさせる大野さんに気を付けろ』と言
いたかったのだろう。
あいつも俺と同じ、この男心を翻弄する可愛
い小悪魔の被害者だったんだ……
忠告の真意は理解できたが時は遅すぎた。
本格的に酔いが回った大野さんは俺にしなだ
れ、眠そうにしながら太ももの内側を撫でて
くる。
きっとこれも誘惑なんかじゃなく、安心して
リラックスしているということだろう。
子猫のふみふみと同じだ。
出会ってからほんの少しの間にこれほど心を
開いてくれたのは嬉しいし幸せだけど、憎か
らず思う相手からのこんなスキンシップは苦
痛でしかない…
でも離れたくもないからこの苦行に耐えるし
かなかった。
*
「二人で何を話してるんだ?」
可愛い悪戯を繰り返す大野さんに修行僧の如
く厳しく身を律し耐えていると開発部部長の
松岡さんがビール瓶片手に近寄ってきた。
「あ、初めまして。私は営業の櫻井…」
「君の事は知ってるよ。何しろ期待のホープ
だからな」
松岡部長は言いながらビール瓶を差し出す、
どうやら酌いで下さるようだ。
目上の人に酌をさせるなんて畏れ多く思うが
目力が凄く固辞することも出来ない。
恐縮しながらコッブを差し出すと、部長はそ
れに並々とビールを注いだ。
「まー飲めよ。大野の御守りをしてくれてあ
りがとな」
「そんな、御守りなんて…」
「こいつ酒に酔うと面倒臭いんだよ。
好みのタイプからは絶対に離れないしな」
「……はぁ」
松岡部長はニコニコしているが、恐ろしい事
に目が笑っていないことに気付く。
「こいつ、飲み会いが好きで毎回親睦会に参
加すんだよ。その度に酔っぱらってイケメン
に擦り寄ってな、始末に負えねーんだ。
今回は君に迷惑をかけたみたいで済まなかっ
たな」
「迷惑なんて……」
毎回イケメンにすり寄るのか……
そう思うとイケメンなら誰でもいいのかと心
が痛む。
「そう言ってもらうと有り難い、こいつの言
動に深い意味はないから気にしないでくれ」
言いながら大野さんの頭を軽く叩き、離れろ
と言った。
「痛てえよ松兄~暴力反対、それと変なこと
言うなよぅ!おいら誰でも良い訳じゃねー。
櫻井くんは本当にカッコいいし前から気にな
ってたんだから~」
大野さんは俺を庇うように抱き付き、部長に
文句を言う。それに対し松岡さんはハイハイ
と軽く流した。
「こいつ相当酔っぱらってんな。君といてよ
ほど楽しかったんだな」
「そーだよ~、超楽しい♪だって櫻井くんと
やっと話せたんらもん」
「あ~うるせえ、お前は少し黙ってろ。俺は
彼に話があるんだから」
「にゃんだよ~、大事な話?」
「凄く大事な話だ、お前が聞いても訳がわか
らんだろうから少し寝てろ」
「そっか、むじゅかしい話なんらね。わかっ
た~おいらしゅこし休憩しゅる」
そう言うと大野さんはズルズルと崩れ落ち、
俺の膝を枕に眠ってしまった。
手は内股に添えられたまま、そして腹に顔を
向けているので鼻先が股間に向けられダイレ
クトに寝息を受けることになった。
酔って赤く染まった目元や頬、小さく開いた
口がファスナー辺りにあり、それを目にした
と同時に脳裏に淫靡な妄想が溢れる。
恥ずかしいことにやんちゃな息子が元気に布
地を押し上げてしまった。
それに焦り、上着を掛け誤魔化そうとしたが
松岡さんには隠しきれなかったようだ。
「…………今までお前みたいな状態の奴を何
人も見てきた。皆誘惑されたと思い込んでこ
いつと関係を持とうとするんだ。でもこいつ
にそんな意図はねぇ、迷惑な話しだろ?
だから今のお前の状態を咎めはしねぇ、ただ
酒の席のことだと忘れてくれ」
忘れろ?!この可愛い人を??
そんなのは絶対に無理だ、俺は完全にこの人
の虜なんだから。
「…それは無理です。俺は大野さんに心を
奪われてしまいました」
「………本気か?」
「嘘偽りのない、本気です!」
松岡さんはじっと俺を見詰める、どんな嘘を
も見抜こうとする眼光の鋭さだ。
どちらかと言えば強面の松岡さんの視線は恐
ろしい、しかし大野さんを手にするためには
この圧力に負けるわけにはいかない。
暫くの間俺達は無言で見つめ合った、いや睨
み合うというのが正解だろう。
「大野は俺の部下で同郷の後輩でもある。
こいつの親父さんには色々と世話になってい
て恩があるんだ。だからこいつを危険に晒す
ことや不幸になるのを見逃せない。櫻井が本
当にこいつを想っているのならそれを態度で
示せよ」
「それは……?」
「酒の席でどうこうするでなく素面の時にア
クションを起こせってことだ。大野がそれを
受けたなら俺もとやかく言わない」
「わかりました、場を改めて大野さんに告白
します」
「そうしてくれ。とりあえず、いまはソコを
落ち着けろ。テントを張った奴の言葉はイマ
イチ信用出来ないからな」
やはり股間の事情はバレていた……
俺は大野さんの保護者である松岡さんに認め
られるように必死に股間の沈静をはかった。
しかし大野さんがむずがり頭をグリグリ動か
すので思うようにいかない。
依然股間は押し上げられたまま、松岡さんか
ら冷たい視線を浴びていた。
「……お前誠意をみせろよ」
「す、すみません。頑張っているんですが」
誠意だけではどうにもならない、松岡さんも
男なのだから性はわかっているだろうに…
「ま、仕方ねえな。飲み会が終わるまでに
何とかしろ。それから俺の目を盗んでこの酔
っぱらいを持ち帰ろうなんて浅はかな考えは
持つなよ」
「そんな事しません!俺は白面の時に告白
するって決めてますから」
大切に想う人だから、しっかり手順を踏んで
懇ろな関係になりたい。
「そうか…だったらお前を信じるよ。
だがな、もし順序をすっ飛ばし大野の意にそ
わない事を仕出かしたりしたら、俺はお前を
許さないからな」
「……えっ?」
許さない?どうすりつもりだ?
殴られるのだろうか?
俺より上背があり体格も良いこの人に殴られ
たらかなりダメージをくらうだろう。
「そっ、そんな事は絶対にしませんよ」
「なら良いんだが」
俺の言葉に納得してくれたのか、松岡さんは
眼光を弱めた。
それを見て緊張を緩めた時、彼はニヤリと笑
って言ったんだ。
「大野は釣りが趣味でな、釣った魚を俺に送
ってくるんだよ。小さい魚なら三枚におろし
て大物だと解体したりもするんだぜ」
「へぇ…そうなんですか」
「おお。俺はこいつのためなら三枚おろしだ
ろうが解体だろうが喜んで引き受ける。
………たとえそれが魚じゃなくてもな」
『せいぜい三枚におろされないように気を付
けろ』
松岡さんと同僚の言葉がリンクする。
奴の忠告……
それは最も恐ろしい松岡さんに気を付けろと
言うものだったのだろうか。
三枚おろし、解体、たとえ魚じゃなくても…
その意味を理解した時背筋に冷たいものが走
った。
「はは……そうですか……」
かなりの脅しだ、でも屈することは出来ない
だって俺に大野さんを諦めるなんて選択肢は
ないのだから。
*
愛しい人のまろい頬を撫でながら決心した。
三枚おろしや解体されることなく、必ずこの
人を手に入れようと。
そして次の懇親会に参加するイケメンどもに
忠告するんだ。
『大野さんには気を付けろ、下手な事をした
ら恐ろしい人に解体されるぞ』ってね。
俺の想いが伝わるまで、松岡さんには大々的
に大野さんの虫除けになってもらおう。
これだけ脅されたんだから、それぐらいして
もらっても罰は当たらないはずだ。
今日は一先ずこれでお別れ。
でも日を改めて大野さんに告白する。
きっとあなたははにかみながらも頷いてくれ
るはず、なぜなら俺達は互いに運命を感じて
しまったから……
面倒臭くなり強制終了
意味不明な話で
すんません
なお題名に深い意味は有りません
只のノリでぇすm(_ _)m