お山の妄想のお話です。




智君に家の掃除を頼んで正解だった。


塵一つない部屋、良い香りのするトイレ、

風呂場の鏡の頑固な水垢も綺麗になくなって

いた。(こんな所にも気配り凄え)


智子さんは勿論、他の女子達にも家が綺麗で

すごいと褒められ俺の株は爆上がり。

ちやほやされたけど智子さんとの距離は思い

の外縮まらずやっと友人程度だった。



「願いを叶えてくれてありがとう」


皆が帰った後、指輪から智君を呼び出してお

礼を言った。


「それがおいらの仕事だからな、礼はいらね

ーよ」

「でも智君のお陰で彼女に好印象を持っても

らえたんだもの、感謝してるよ」


智子さんにだらしない男だと思われないです

んだ、それは智君の魔法のおかげだ。


「ご主人様の願いを叶えるのがおいらの役目

だからな。……そんで、その女性とは上手

くいきそうなのか?」

「う~ん、まだわからないよ。前よりは距離

が縮まったとは思うけど」

「そっか……」


そう呟く顔は何故か沈んでいる。

骨を折ったのに芳しくない結果だから口惜し

く感じているのかも……


「ごめんね、こんなことに魔法を使わせちゃ

って」

「どんな事でも翔君の望みを叶えるのがおい

らの役目、謝ることはないぞ」

「でも、なんだか元気ないし……責任を感

じてるのかなって?」

「ははっ、そんなん感じてねーよ。元気なく

見えるのは疲れてるからだ」


願いを叶えるための魔法は、容易い難しい関

係なくとても力を使うそうだ。


「だからっちゃ何だけど、三つ目の願いはよ

く考えてくれよ。……最後は翔くんをハッ

ピーにして終わりたいからさ」


『最後』という言葉にドキリとした。

もう後一回しか望みを聞いてもらえない……

本当によく考えなきゃいけないんだ。


「次はしっかり考えて決めるよ。そうしない

と力を使ってくれたあなたに悪いもの」

「そうしてくれ……じゃ、おいら戻るから」


力のない笑みを浮かべた智君は、霧のように

姿を変えると指輪の中へと消えていった。



それから暫くは智君を呼び出さなかった。

今までは大した用事がなくても指輪から出し

て話していたのにだ。


あの疲労困憊の姿を思い出すと申し訳なく思

えてしっかり休んで欲しかった。

でも彼のいない日常は味気無く淋しいと感じ

はじめ、ほんの少しの時間でいいから会いた

いと思うようになった。


「もうそろそろ元気になったかな……」


指輪を取り出し眺めながら独りごつ。


以前のように楽しい時を過ごしたい…

のんびりとした姿やふにゃふにゃした笑顔で

癒されたい……


日が経つにつれ頭の中が智君でいっぱいにな

っていく。

その間、おかしな事にあんなに好きだった智

子さんを思うことは一度もなく、それに気付

いた時自分の心に迷いが生じたんだ。


これは……どういうことだろう?

俺の大切な人は誰だった?

会えなくなって心が傷むのは果たしてどちら

だろうか、と。



とうとう我慢の限界が来た。

どうしても智君に会いたいし話したい。

あれからだいぶ経ち疲れも癒えただろうから

呼び出しても平気だろう。


指輪を擦れば、あのとぼけた台詞と共に現れ

てくれて癒しの笑顔を見せて『翔くん、お

ひさ~』とおどけてくれるはず。

また楽しい時間を一緒に過ごせるんだ。



「  あれっ?!」


智君を呼び出そうと久し振りに指輪を取り出

し異変に気付いた。

青い宝石の煌めきがくすんでいるように見え

たんだ。


「これ…違う…前はもっと輝いてたのに…」


まるで智君そのもののようにキラキラしてい

た宝石の輝きが落ちているのは、まだ彼の調

子が戻っていないからか?


だとしたら俺のせいだ、何とかしなきゃ…

取りあえず容態か確かめる必要があるから、

俺は意を決して宝石を擦った。

すると普段と同じにピカリと辺り一面に光が

溢れ、それが消えると智君が現れた。


「……よぉ」


精彩を欠いた声、沈んだ表情……

まだ魔法を使ったダメージが抜けきっていな

いのか?


「智君…大丈夫?」

「ん?何が?」

「具合が悪そうだけど、まだ魔法を使ったダ

メージが残っているの?」

「えっ?!そんな事ないよ、おいら凄く元気

だし!」


智君は慌てて体裁を整えたように見えた、

心配をかけまいと無理をしているようだ。

でも体調が悪いのは明らかで、こんな時はど

うしたらいいのかと焦った。


人間だったら病院へ行くけど指輪の精は診察

してもらえるのか?いや…無理だな。

そもそも俺以外に彼の姿は見えないし…


こんなに弱った智君を放ってはおけない、俺

は自分に出来ることを必死に考えた。

そして思い当たったのが薬だ、これならすぐ

に手に入る。


「そのままここで待ってて!」

「えっ?何処行くんだ?」


そう訊かれたので薬屋だと答え、財布を尻ポ

ケットに突っ込みながら玄関に向かう。


「薬なんていらねぇから…ここにいろよ」

「すぐ戻るから絶対に待っていて!」


不調だからか智君が初めて弱気な事を言い、

それを聞き俺まで不安になり急いで薬屋へと

走った。


全速力で走りながら玄関ドアを閉める時にチ

ラリと見えた智君の表情を思い浮かべる。

とても辛そうで悲し気だった……


『……そんなに会いたいのかよ』


そして痛々しく淋しそうな小さな呟きが聞

こえた気がした……



家から一番近い薬屋に飛び込み、薬を選んで

もらうために店員を探したが何処にも姿がな

い。仕方無く自分で探すことにして棚を見て

回ったけれど全然わからなくて困った。


腹痛とか熱、咳、鼻水なで症状がはっきりし

ていれば薬の種類もわかるけど『疲れてい

て元気がない』程度の情報じゃどれを選ぶべ

きか見当もつかない。


やはり知識のある人に尋くのが一番だろう、

早く智君の所に戻らなきゃいけないし。

この薬屋は家族経営で、店と居住スペースと

繋がっているから大声で呼べば誰か出てくる

はず。


「すみませ~ん!どなたかいらっしゃいませ

んか!」


奥に向かって何回か叫ぶと『は~い!すぐに

行きます』と返事があり、程無くして女性が

出て来た。


「あっ!櫻井君、どうしたの?!」

「えっ?!」


それは智子さんで……

だけど俺は彼女を見て驚いてしまった。


「何を驚いてるの?」

「智子さんノーメイクだから……」

「わ~っ、そうだった……今日はお休みだか

らお化粧してなかったわ~!超恥ず~い。

もしかして不細工だから驚いた?」

「違います…けど…」


驚いた理由を彼女には言えなかった。

何故なら俺自身も混乱していたからだ、だっ

て素顔の智子さんは智君にそっくりだったか

ら。



滋養強壮ドリンクと解熱剤を持って家路を急

ぐ。早く智君に薬を飲ませて楽にしてあげた

いのと、心の中のモヤモヤを払拭したいからだ。


家を出た時に感じた迷いは素顔の智子さんを

見たことにより疑いに変わり、そして昔の記

憶を紐解いて真実へと繋がった。


これまで智子さんに出会い一目惚れをしたと

思っていたけど、彼女の素顔を見て違うと感

じた。初めて彼女会った時に感じた懐しさや

安らぎを勘違いしていたんだ。


あれは彼女ではなく智君への想いだった。

幼い頃、助けてもらった美しく優しい指輪の

精に俺は恋をしたんだ。

しかしそんな幼い恋心は成長するにつれ陽炎

のように揺らめき霞んでいき、智君と面影が

似る智子さんと出会い錯覚してしまう。


普段は綺麗に化粧していて、こんなにも似て

いるなんて思わなかった。本当に女性の化粧

は魔法みたいだな。


智君に似ていたから智子さんに好意を持った

と気付いたせいか、彼女と一緒にいても全く

ときめかず、智君に会いたいという気持ちが

強まった。


馬鹿な俺はこんな状況になって、やっと本当

に好きな人が誰なのか気付いたんだ。

俺は智君が好き、智君も俺を嫌ってはいない

はず。


『……そんなに会いたいのかよ』


あれは自分より智子さんを優先したと思い込

んだ故の嫉妬だったのかも。

それと出掛けに見た智君の表情も相俟って、

あわよくば両想いではないかとまで思い始め

ている。自分本意でお目出度い考えだと思う

けれどそうあって欲しい。


しかし違う可能性も大いにあるんだ。

彼は崇高な指輪の精霊だけれど俺はしがない

人間だ、一応今の持ち主だから親しくしてく

れているのかもしれない。


もしこの想いが独り善がりで智君に届かない

としたら、その時は……

残された最後の願いを使ってもいいかな…









終わらんかった…

通常運転やんか

m(_ _)m