お山の妄想のお話です。




昼食の乗ったトレーを持ちキョロキョロと辺

りを見回す。


先ず最近よく居る壁際のカウンターに視線を

向けた、けれどそこに姿はない。

その周辺から広範囲に渡り捜索したけど何処

にも彼は見当たらなかった。


まだ来てないのかな……

それとも食べ終えて帰ってしまったのか…

普段は俺より早く社食にいるから今いないと

なると今日は来ない可能性もある。


彼にも色々用事があるだろうし約束している

訳でもない、しかも俺は自身のエゴのために

大野さんを探しているに過ぎないんだ。

居ようが居まいが彼に非はない……


だけど何故か彼を責めたくなるんだ、この俺

が探しているのに何故いないんだと。

これは彼の好意に胡座をかいているからだろ

う、ずうずうしくも心のどこかでまだ俺を想

ってくれていると信じてるんだ。


俺に会うための験担ぎだというカツカレーを

気にするのもそのせい、彼が向けてくれる想

いを確かめ悦に浸っていた。


想いは受け取れないと言いながら、彼が離れ

て行くのを怖がっている。

迷惑でしかない筈なのにそれを向けられなく

なるのが嫌なんだ。


矛盾している……

大野さんと出会ってからどこかが狂い始めて

しまった、自分の感情がよくわからない。

今も彼の姿がないことに落胆している、彼女

に会えなくてもこんな気持ちになったことな

どないのに…


……これは優越感に浸りたいからじゃない

俺は大野さんを求めているんだ

友人として?それとも……

どういう意味でかはまだ明言出来ないけれど

彼女といるより安らぎ、楽しく感じるのは確

かだ。


避けたり彼女を作ったりして遠ざけようとし

たのに、今さら望むなんて……

男の身勝手さを体現している自分に虫酸が走

った。



課長が有給消化に入り俺もじきにそうなるの

で身の回りの整理を始めた。

一人で雑然とした部屋を片付けながら、ずっ

と櫻井くんの事を考えている。


一日だけでいいから一緒に過ごせないかな、

休日とかは彼女とデートで忙しいだろうな…

夜に食事とか、飲みに行くぐらいの時間を作

ってくれないかな……なんて。


諦めが悪いと承知しているけど、この恋を良

い思い出にしたいから、最後に一日…欲張ら

ずに数時間でもいいから二人でいたい。

でも断られるのが怖くて話し掛けることも出

来ずに時だけが流れた。


「……俺って意気地がねぇなぁ」


このままじゃ未練タラタラで新天地に行くこ

とになる、そうなれば後悔ばかりして仕事に

差し支えるだろう。

松兄に迷惑を掛けたくないから、櫻井君への

想いも完璧に処理しなきゃ。


「泣いても笑っても最後だもんな」


覚悟を決めて誘ってみよう。



そう決めたのに中々勇気が出なくて、社食へ

行くのが遅れてしまった。

人でごった返す中、櫻井君を見つけるのは困

難だろうけどやるしかない。


験担ぎと怖じ気付き防止用のカツカレーを持

ちキョロキョロと目的の人を探していると、

少し離れた場所に所在なげに佇む後ろ姿を見

つけた。


俺が彼を見紛うはずはない、絶対に櫻井君だ

彼女がいないけど今日は一人なのかな?

だとしたらこのチャンスを逃しちゃ駄目だよ

ね!


久しぶりのカツカレーはやっぱり幸運をもた

らしてくれた。その勢いを借りて櫻井君へと

近付き声をかける。


「さ、櫻井君」

「……えっ?」


突然呼ばれ振り向いた彼は俺を見て驚いたよ

うに目を見張り、それからハッとして目線を

下げてから安心したように笑った。


「大野さん…今日はカツカレーなんですね」

「えっ?!あ、うん。験担ぎにね」

「それって以前と同じ意味……ですか?」

「……うん、櫻井君と話したかったんだ。

よかったら一緒に食べてくれる?」


以前と同じ願い…

すなわち邪な感情がまだあるのを暴露してし

まい『気持ち悪い』と断られるかと思ったけ

ど、櫻井くんは『御一緒します』と穏やかに

返してくれた。

優しい人、たとえ想いは届かなくてもこの人

を好きになったことを誇れるよ。


「窓際、丁度席が空いたから行こうか」

「そうですね、行きましょう」


奥のテーブルが一つ空いたので移動した。

そこは穴場なのか?入り口から遠いせいか食

べ終わった人が退き空席が出来ても周りに座

る人は少なかった。


俺と櫻井君しかいない一角、人を気にせず話

すのには良い環境だ。

何とかして約束を取り付けたいけどチキンだ

から中々言い出せず、近況報告などで話を繋

いでいる。


しかし昼休みも残り僅か、そろそろ本題に入

らなければ収穫のないまま終ることになる。

時間がない俺にとってこれが最後のチャンス

かもしれない……

何とかしなきゃと切実に思った。


「あのさ、休日とか何してるの?」


とりあえずはそこから。

櫻井君の返答が『彼女と会ってる』ならそこ

で終了になる……

二人の間に俺が入る隙間なんてないから。


「そうですね、だいたい寝てます」

「えっ、そうなの?!」


休日の過ごし方が自分とまるで同じで少し驚

いた、アクティブな彼だからてっきり出掛け

まくっていると予想してたんだ。


「どうして驚くんです?休む日と書いて休日

なんですよ。平日は仕事で彼方此方飛び回っ

てますからね、休日くらいゆっくりしたいん

です」

「……彼女さんが家に来たりするの?」

「呼びませんよ、普段人に囲まれてますから

一人で静かに過ごしたいし」


櫻井君が休日彼女と一緒にいないとわかって

嬉しかったけど、理由が理由なだけに俺なん

かが誘っても無駄なような気がする…

彼女とも会わないのに大して親しくもない俺

と出掛けてくれるはずないもの。


「大野さんは?」

「へっ?!」

「お休みは何をしてるんですか?」

「俺もだらだら寝てるかな…それか絵を描い

てる」

「絵ですか、凄いな!」

「趣味で描いてるだけだから…下手の横好

きだよ」

「いやいや風雅ですよ、俺の趣味なんて食べ

歩きですからね」

「美味しいって評判の店とかに行くの?」

「そうです、ネットの口コミとか読んで店を

決めたりします」


そう聞いて再びチャンスだと思った。

美味しい物が好きというなら食事ぐらいは乗

ってくれるかも。

俺は食道楽じゃないけど、最高級の海鮮を出

す美味い店を一軒だけ知ってる。


そこは穴場的な店だからきっと櫻井君は知ら

ないはずだ、夜の数時間くらいなら付き合っ

てくれるかもしれない。


「あのね海鮮が美味い店知ってるんだけど」

「海鮮いいですね、俺は貝が好物なんです」

「……一緒に行く?」


断られるのを覚悟で恐々訊いてみる、すると

櫻井君は嬉しそうに笑い『お願いします』

と言ってくれた。



名前を呼ばれ振り返ると、そこには求めてい

た姿があった。

自分より幾分か背が低く華奢な姿、探してい

た大野さんだ。


久しぶりに間近で見た彼は清らかで神々しく

感じる、同じ生き物のはずなのに他の奴らな

んかとは比べ物にならない存在感。


数秒間見惚れ、そしてはっと思い出す

今日の彼の献立はなんだ?と。

験担ぎのカツカレーでなければ俺には興味が

ないことになる……

今もただ近くを通ったから話し掛けた程度な

のかもしれない、兎に角彼の持つトレーを確

かめなくては。


一瞬だけ大野さんの顔から視線を下げ、それ

を見やってから安堵の息を吐いた。

彼が持っていたのはカツカレー、まだ俺に関

心があると言うことだよな。



「……一瞬にいく?」


そう訊かれ一も二もなく、お願いしますと答

えた。

美味い海鮮に心を引かれたのもあるけど、そ

れより大野さんと出掛けるというのに惹かれ

たんだ。


外野がいない場所で二人きりで話せば自分の

心が分かるはず、目の前ではにかむ彼への想

いが何であるか真実が知れる。

自分の常識というものにガチガチに固まった

脳ミソも認めざるを得ないはず、心を解き放

つ機会なんだ。


「いつにします?大野さんの都合に合わせま

すよ」

「いいの?」

「はい、でもできたら平日以外で。いつ帰れ

るかわからないから」

「櫻井君仕事忙しいもんね、土曜日の夜とか

どう?」

「大丈夫です」


夜からでなくても大丈夫だけど、きっと休日

は休みたいと言った俺を気遣ってくれている

んだろう。然り気無い優しさが嬉しい。


「えっと、来週の土曜はどうかな?」

「何日ですか?」

「ん~、16日」

「大丈夫です、集合場所は?店の最寄駅にし

ましょうか」

「最寄駅は山手線と地下鉄があるんだ」

「駅名は?」


その店は両方の駅の真ん中位に位置している

らしく、大野さんは普段山手を使うようで俺

の家からは地下鉄を利用することになる。

駅で待ち合わせにするとどちらかが無駄な経

路をとることになってしまう。


『地下鉄の駅まで迎えに行くよ』と大野さん

は言ってくれたけれどそれは心苦しい、だか

ら現地集合にした。店名さえわかればスマホ

のマップで行けるから。


「店名は海鮮 嵐丸って言うの。網元さんがや

ってるから新鮮でリーズナブルなんだよ」


手帳を取り出し大野さんはサラサラと店名を

書いた、その字も綺麗で惚惚と見てしまう。


「16日午後7時、海鮮 嵐丸に集合ってこと

でいい?」

「16日7時 海鮮 嵐丸、了解です」


確認のため復唱した時、背後から『えっ』

という女性の声がした。

何事かと振り向くとそこには俺の〖彼女〗

が立っていた。


料理が乗ったトレーを持っていることから

昼食をとりに社食へ来て、俺を見つけてこの

テーブルまで来たというところだろう。


「……やあ」


取りあえず軽く挨拶をすると、彼女は少し乱

暴にトレー置き不服そうに俺を見る。


「櫻井さん、16日のこと忘れたんですか?」

「君と約束はしてないはずだけど」


休日に会う予定を一度も組んだ事はない、だ

から彼女の言葉も身に覚えがない。


「確かに約束はしてませんけど、16日は私の

誕生日です!忘れてしまったんですか!」

「……ああ、そういえば」


付き合いだした頃誕生日も聞いたような気が

する、でも興味がないから忘れていたんだ。


「交際してから初めての誕生日なのに……

約束なんてしなくても一緒にお祝いしてくれ

ると思ってました。それなのに……」


彼女は唇を噛みフルフルと震えた、悲しみか

怒りかは判別できない。

面倒臭いので放っておこうかとも思ったが

会社のマドンナ的存在のそんな姿に周囲から

好奇な視線が向けられている、このままでは

大野さんにも迷惑がかかりそうだから何とか

しなければいけない。


誕生日を忘れていたと彼女に謝ればこの場を

遣り過ごせる、その後の事は場所を変えて話

せばいいだろう。

そんな風に安易に考えていた。


「君の誕生日なの忘れてた、ごめん」

「……私こそ取り乱してすみません。謝って

下さるなら16日は一緒にいてくれますか?」

「………それは……」


俺は返答に困った、彼女と大野さんなら比重

は大きく大野さんに傾いている。

しかし聞き耳を立てるギャラリーを前に正直

に言えはしない、俺や大野さんの今後の立場

に関わるからだ。


どれだけ悪く言われようが俺は身から出た錆

だが大野さんには何の非もない、それで陰口

など言われたら申し訳が立たない。


「櫻井さんは恋人の誕生日よりお友達と遊ぶ

方が重要なんですか?」


中々答えない俺に苛立ち彼女が口調を強める

今まで淑やかな女性だと思っていたが以外と

高飛車だななどと考えていたら、いままで黙

っていた大野さんが口を開いた。


「君の誕生日だと知らずに櫻井君を誘ってし

まってすまない。彼が答えに困っているのは

俺を気遣ってくれているからだよ、だから責

めないでやってくれ」


軽く頭を下げ彼女に謝意を示した後、大野さ

んは俺に言った。


「食事は別の日にしよう。16日は彼女を祝っ

てあげて」

「えっ……大野さん…」

「知らなかったとは言え二人の大切な記念日

をぶち壊すとこだった。本当に悪かったよ」


大野さんは席を立つと『ごめんな』ともう一

度彼女に頭を下げ、食べ終えた食器を持って

テーブルから離れて行った。


その時の苦し気な表情を見て、俺の曖昧な態

度が酷く彼を傷つけたことがわかった。


周りからどう思われようとハッキリ言うべき

だったんだ、『約束したから大野さんと食事

に行く』って……

彼女なんかより大野さんを選びます、と…








おーひーさー



色々ありました

息子×2=流行り病

夏場はオフシーズンのはずなのに

何故かお客が減らず残業続き

暑さと疲労で脳ミソ役立たず


きっとお盆休みは地獄です


中々更新できません

m(_ _)m