お山の妄想のお話です。
智
「はぁ、今日もダメだった…」
社食の片隅に座り溜め息をつく。
今日こそは!と意気込んで、昼休みになった
途端ダッシュで営業部に向かったけどそこに
目当ての人物はいなかった。
アポを取っていた訳じゃないから不在でも仕
方無い……
それに相手は会社の花形、営業部のホープだ
から社内に居るのも稀だ。
俺が一緒に昼食をとりたかっのは一つ歳下の
男性、櫻井翔くん。
とってもイケメンで人気者。
初めて彼を見た時から心惹かれていたけど、
部署が違い殆ど接触することもなく、そして
これからも無いと思っていた。
遠くから眺めるだけで満足だったんだ、でも
事情が変わった。
期限が出来た…
あと数ヶ月で俺は退職し、都会を離れ南の島
へ行くことになったから。
そしたらもう櫻井くんを見ることも出来なく
なるだろ?彼との思い出は一つもないし…
それが凄く淋しくてさ、そんで思ったんだ未
練が残らないようにしようって。
短い間だけでも彼と親しくなりたい
話をして笑い合いたい
…友達………になりたいって。
だけどエリートが集まる営業部と俺の在籍す
る総務なんて全く接点がないから、仕事絡み
で近付くのは無理。誰かに紹介してもらうと
いう手もあるけど、俺の交遊関係は目茶苦茶
狭くて共通の知り合いさえいない有り様だ。
つまり、自力しかない。
今までの俺なら自分からアプローチしような
んて考えなかっただろうけど、状況が変わっ
たからやらねばならない。
そう決めたらすぐに実行だ、何しろ時間がな
いからね。
ごちゃごちゃと策を練るのも面倒だし、男ら
しくストレートにいこうと思って退勤する櫻
井くんを営業部の前で待ち伏せた。
中に居るのかわからないから賭けみたいなも
のだったけど天が味方してくれたようで、少
し待つと彼が『お疲れ様でした、お先に失
礼します』と爽やかに笑いながら部屋から出
てきたんだ。
しめた!と直ぐ様駆け寄り『少しお時間頂け
ますか?』と話しかけて、人のいない非常階
段まで連れて行くのに成功した。
幸先が良くてこれはスムーズに話が進むかも
しれない、なんて希望に胸を膨らませて櫻井
くんと向き合った。
予定ではそこで友達になってと頼むはずだっ
たのに、初めて近くで見た彼の半端ないイケ
メンさにテンパってしまい言葉を間違えてし
まったんだ。
『友達になって下さい』じゃなく『付き合
って下さい』って言っちまった……
綺麗な顔のアーモンド形の瞳が驚きに見開か
れたのを見て己の失敗に気づいた。
ヤバイと思って慌てて訂正しようとしたら、
櫻井くんは辺りをキョロキョロ見回してから
『罰ゲームかなんかですか?』って言う。
俺の言葉を真に受けてないみたい。
まー、いきなり同性からそんな言葉を聞かさ
れたら普通に冗談だと思うよね。
俺がそれに乗っかれば気まずい雰囲気になら
なかっただろうに、つい『ううん、本気』
なんて言っちまったんだ。
当然櫻井くんはドン引きだったよ……
だけどさ、実際本当に本気だったんだ。
ずっと好きだったから友達じゃなくて、恋人
になりたいってのが本心だったの。
でも流石にそれは無理だと思ったから友達と
して仲良くなりたかったんだけど……
今さら訂正も出来ないし俺は腹を括って再度
彼に『好きです付き合って下さい』と告白
した、すると彼はその綺麗な顔を不快そうに
歪めて『お断りします』と返してきた。
……想像通りの返答さね
だけど俺も諦められないから『だったら友
達で!願いします』って詰め寄ったんだ、
だってこのままだと櫻井くんとの思い出が最
悪なものになっちまうもの。
かなり必死だったよね。
そんな俺の迫力に櫻井くんはたじろいで、
渋々ながら『友達なら…』と受け入れてく
れたんだ。
嫌そうなのは見て取れたけど俺は超ラッキー
だった、だって友達になることさえ断られる
可能性もあったんだからね。
浮かれた俺は『これからよろしくね』って
櫻井くんと握手して帰途についたんだけど、
一緒に帰ればもっと話せた事に後になって気
付いて勿体無い事したと思ったよ。
後日、俺を認識してもらってやっと話が出来
ると思ってたのに中々会う機会がなくて、残
された時間も減っていく。
だから自分から会いに行くことにした、以前
から社食で食事しているのを目撃していたの
で昼食を一緒にって考えたの。
何時来るかわからない櫻井くんを社食で待つ
より誘いに行った方が確実だから、昼休みに
ソッコーで営業部まで行くんだけど殆どが空
振りに終わる。
稀に姿があって誘っても、午後イチで会議が
あるとか営業先から戻る途中で食べたとか言
われて断られた。
今のところ成績は10戦10敗、惨敗や。
まだ一緒に昼休みを過ごしたことは無いし、
二言三言程度しか話せてない……
けど、ただ見ていただけの時より確実に進歩
してると思うんだ。少しづつでも櫻井くんに
近付けるんだもの。
ここから去るまでに一つでいいから良い思い
出を作りたいな、友達としてでかまわないか
ら。恋人は無理だって百も承知だしね。
「よし!また明日も頑張るぞ」
自分に渇を入れてから、櫻井くんと談笑しな
がら昼飯を食べれるのを祈願し注文したカツ
カレーを頬張った。
翔
生まれて初めて男から告白された。
その相手は殆ど接点の無い総務の大野さん。
最初は冗談だと思っていたけど、目が真剣で
マジなんだとわかった。
大野さんはドキッとするような美形だったけ
ど俺の恋愛観では付き合うのは女性だけ、ど
んなに綺麗な人でも同性なんて有り得ない。
だから不快を示して断ったのに、大野さんは
友達でもいいからと迫ってくる。
本来の俺なら『キモい、近付くな』とか冷た
くあしらい追い払って終わりだけど、何故か
彼にはそれが出来なかった。
どうしてかはちょっとわからないけど、友達
くらいならいいかと思ってしまったんだ。
それを伝えると大野さんはパッと瞳を輝かせ
嬉しそうに微笑んだ。
それがとても眩しく見えて呆けている間に彼
はステップを踏むような軽い足どりで帰って
しまい、残された俺は何だか狐につままれた
ようだった。
*
次の日、商談が済んで部署に戻ると後輩の中
丸が来訪者があったと伝えてきた。
取引先かと訊いたら総務の男性だと言う、そ
れで思い当たるのは昨日の大野さんしかいない。
どんな用件だったのか尋ねると『お昼を一
緒に食べたかったみたいですよ』と返って
きた。
そして『先輩いつの間にあんなに綺麗な人と
知り合いになったんです?今度紹介して下さ
いよ』なんてしれっと言うんだ。
そんな中丸にイラッとして『絶対お前なん
かに紹介しない』と言い捨て席についたけど
落ち着いて考えたらムカついた理由がわから
ない。
何度も思い返して考えてみたが、思い当たる
のは大野さんしかなった。
彼を綺麗だと称賛されて、俺の方がイケてる
と腹が立ったとか??いや違う。
紹介しろと言われたのにムカついたんだ。
あの綺麗な人をお前なんかに紹介するわけ無
いだろ、と。
なんだこれ?どういうこと?
まさかの独占欲??
いやいや落ち着け、昨日少し話しただけの人
だぞ?執着とかないだろ。
それにあの人は俺に対して厄介な想いを持つ
敬遠すべき部類なんだぞ。
なのに、どうして???
訳の分からない自分の感情に軽くパニック状
態になった。
つまり俺は大野さんに好意があるのか?
でもそれは恋愛感情ではないよな?
だって俺は女性が好きだもの……
きっと何かを勘違いしているだけだ。
ほら、大野さんはパッと見中性的だからだよ
でなければ男にときめくわけがない。
そんな風に『勘違い』と結論付け納得してい
たけれど、次の日も大野さんが来たと報告を
受けてこれはヤバイと感じた。
だって大野さんが来てくれたのが嬉しくて、
会えなかったのを残念に思ったから。
勘違いが度を越え始めているんだ、好意が恋
にすり替えられていく。
このままではアイデンティティが失われそう
で恐ろしくなった。
なので、申し訳ないが友達になると言ったの
を今は撤回して、俺の精神状態が元に戻るま
で大野さんに極力近付かないことに決めた。
その他に、安定するために彼女を作るのもい
いかもしれないな。
勘違い泥沼
♪がんばるさ!負けないのさ♪