お山の妄想のお話です。





「次はさ、夜景を見に行かない?」

「……ごめん、もう付き合えない」


誘いを断った時、彼はとても驚いていた。

でも……俺はもう嫌だったんだ。



彼と話をするようになったきっかけは早朝の

ランニング。

酒が飲める年齢になりサークルのコンパや合

コンに参加しまくり太ってしまった俺は痩せ

るために家の周りを走ることにした


住宅街を抜け川の土手を通り適当な場所でU

ターン、そして公園を一周して家に戻るとい

うコース。早朝にしたのは朝活……と言いた

いけど実は近所の目を気にしてだ。


だってイケメンと評判の俺がダイエットのた

めにランニングしてるなんて知られたら超カ

ッコ悪いだろ。だからなるべく人に見られな

いようにしたんだ。


早朝と言っても5時位、外は結構明るい。

空気が清々しくて気持ちが良い、音楽を聴き

ながらテンポ良く土手走っていると遠くの斜

面に人が座っているのに気付いた。


朝っぱらから一人で何をしてるんだろう?

そんな疑問が湧き近付くにつれ走る速度を緩

めてその人物を観察することにした。


まず性別は男、年齢は俺と同じ位かな。

川に向かってちょこんと座り手に何か持って

いる……白いな?あっ!スケッチブック!

その人物は絵を描いているようだ。


通り過ぎざまスケッチブックを見るととても

上手くて、もっと良く見たくなったから彼に

近付き背後から覗き込んだ。

その絵は鉛筆だけで描かれているのに、濃淡

で水面の輝きまで表現されとても綺麗だ。


「すっげ!」


思わず声を上げると驚いた彼が振り向く。


「……あれ?」


何だかその顔に見覚えがある?記憶を探るべ

く見つめていたら、相手も同じなのか俺を凝

視してきた。

束の間見つめ合ってボンヤリと思い出した。


「コンビニ……?」

「そう、公園の近くの店…」


その言葉に記憶が鮮明になる。

彼はコンパ帰りの深夜にたまに寄る家の近く

のコンビニの店員だ。


「キミ、夜遅くに来る人だよね?」

「コンパ帰りに利用させてもらってます」

「だから何時も酔っ払ってたのかぁ」

「迷惑かけてたらすいません」

「そんなことないよ~、むしろ面白いし。

この前棚にぶつかって謝ってたよね」

「えっ?!俺、そんな事してた?!」

「んふふ『すみません、ケガないですか?』

って棚を心配してたよ」

「マジで?!恥ずかしい!」


そんな話から俺達は急速に仲が良くなっていき、毎回ではないけど彼のシフトに合わせて

店に行くようになった。



その日も深夜にコンビニへ行き暇を持て余し

ていた彼と雑談していた。

たまに会話が途切れて静かになるけど、お客

が居ない店内に二人だけの状況が俺にはとて

も心地良かった。


「………ねぇ、翔くん」


その晩もそんな感じだったけど、不意に彼が

普段と違い緊張している感じて俺を呼んだ。


「ん?なに?」

「あの……あのね…」


もじもじして何かを言い淀んでいる。

どうしたのかと顔を見ると目が合い、それで

意を決したのか真剣な表情で彼は言った。


「付き合ってくれる?」


とんでもなく重大な事かと思っていたらそん

なもので拍子抜けしたけど、断る理由もない

からすぐに返事をした。


「いいよ」


彼の顔がみるみる笑顔に変わる、それは花が

綻ぶようだった。



最初は映画だった。

『何が観たい?』と訊かれ『?』と思った。

彼が観たかった映画に付き合うつもりだった

から。


次は美術館。

芸術肌だからこういう所は一人でじっくり見

た方が良いのでは?と思ったけど付き合った


その次は水族館。

家族連れやカップルが多い中、男二人で見て

回った。一人で来るよりは二人の方が楽しい

ものね。


そのまた次は遊園地。

絶叫マシンはまさに絶叫!

幽霊屋敷でビビりまくる俺と手を繋ぎ『お

いらがいるから大丈夫』と言ってくれた彼

に頬が熱くなったりして……

暗くて良かった…


でも……ここで違和感を感じたんだ。

それはモヤモヤとしていて、簡潔には言い表

せないもの。

そして疑問も浮かんだ、どうして彼は俺を誘

うのか。他に遊びに付き合ってくれる友達が

いないのかと?



仲間数人と学食で昼めしを食べていると誰か

のスマホが鳴った。

それは隣の松本のものだったようで、発信者

を確認して直ぐに出た。


「どうした?」


優しい口調に彼女からかと思っていたが、ど

うやら違うみたいだ。


「ん?次の場所?お前さ、そろそろ自分で考

えろよ。デート場所はだいたい教えただろ?

……全部連れて行った?そうか、それで手ぐ

らい握った?……はは、幽霊屋敷で?馬鹿だ

な、そりゃ手を繋いだだけだろ。握るっての

は両手でぐっとだな……」


相手の声は聞こえないけど松本の言葉から、

デートコースをレクチャーしているようだった。


「んん?もっと良いムードになれる場所?

そうだな……二人で綺麗な夜景でも見ろよ。

そうすりゃムードに流されてお堅い子でもキ

スぐらいさせてくれるさ」


モテる松本の有難いお言葉……でもな…

誰もがそれで上手く行くわけねえだろ。

呆れながら通話を終えた松本に訊くと、やっ

ぱり男友達にデート場所を教えていた。


「年上のダチなんだけど好きだった子とやっ

と付き合えたみたいでさ、良い感じのデート

場所とか訊いてくるの。今まで恋愛とか興味

ない奴だったから上手くいくように色々教え

てやったんだけど、相手の反応が今一で困っ

てるみたい。だからね、夜景でも見に行けっ

て穴場を教えたの」

「へ~、夜景って効果的なのか?」


俺も彼女がいる時はデートに行ったけど、夜

景を見たことはないな。


「綺麗なものを見ると感動するからガードが

緩む、今までにない良い雰囲気になれるから

次のステップを踏めるだろ」

「そういうことか」


松本の友人は恋人との関係を進めたいらしく

色々と模索しているそうだ。


「そいつさ、確か翔さん家の近くのコンビニ

でバイトしてるはずなんだ」

「俺ん家のまわりコンビニ数軒あるけど?」

「え~と、どこだったかなぁ…忘れた」

「もしかしたら会ったことあるかもな」

「今度訊いておくから、そしたらその店に行

って売上貢献してやって」

「はは、良いけど」

「本当?翔さんもモテるからあいつの相談に

のってやってよ」

「俺でいいならね、でも親しくなれるかはわ

からないぞ」

「大丈夫だよ、あいつ綺麗なもの大好きだか

らイケメンの翔さんにだってすぐ懐くよ」

「懐くって…犬や猫じゃないんだぞ」

「ははは、そうだね。どちらかと言えば智は

犬や猫というより脱力系のウォンバットだか

らな」

「  えっ!?」


松本から出た名前に驚いた、だって聞き覚え

が有りすぎる。

それに家の近所のコンビニでバイトしている

なら、もう彼に確定じゃないか。


「……その人に教えたのって映画とか○✕美術

館とか△□水族館?」

「あと絶叫マシンが多い遊園地とかをね」


ここでずっと感じていた違和感の答えが出た

男同士で行くのは少し違うと感じていたけど

今まで行った場所は智君が彼女と行こうとし

ていた所だったんだ。

俺はずっとその下見に付き合わされていたん

だな……


ギリギリと胸に痛みが走った。

どうしてかな、友達なんだから下見に付き合

うのだってアリなのに……

酷く傷ついている自分がいるんだ。


知らずにデートの下見に突き合わされたのが

ショックなのか?

違う……智君に彼女がいるのが……だ……

……俺……いつの間にか智君に恋してた……


なのに、それを知った時が失恋だなんて。

酷すぎるよ……


「翔さん?どうしたの?」


俯き黙り込んだ俺を松本が心配しているけど

今顔を上げることは出来ない。

きっと酷い表情をしているだろうから…


「……悪い、ちょっと気分が悪くなった」

「マジ?だったら外に出て良い空気吸ってき

なよ。食器は俺が片付けておくから」

「すまない、頼む…」


俺は足早に学食を出た。

とにかく一人になりたい、失恋がこんなに痛

く苦しいものだとは知らなかった……



大学では一人になれる場所が見つからなくて

家に帰った。

自室に籠り布団に潜ると智君の笑顔や優しい声、二人で過ごした穏やかな時間が思い出さ

れて涙が止まらない。


もう二度と訪れない時間……

智君の大切な人は俺じゃない、それがわかっ

てしまったから今までのように笑えないよ。


彼女のための下見に同行なんて辛すぎる

だから…もう智君と出掛けるのはよそう

次に誘われたら……断るんだ。

そう決意した数時間後に智君から電話がきた


「遊園地楽しかったね~。次はさ、夜景を見

に行かない?」


楽し気に話す智君、何時もなら会話も弾むけ

ど俺の気持ちはドン底だ。


「……ごめん、もう付き合えない」


それだけ言って電話を切った。

その後何回も着信が入ったけど全て無視して

布団の中で耳を押さえていた。



失恋の傷が癒えないまま数日が過ぎ、胸はジ

クジク痛むけど日常はこなさなければならず

重い気持ちのまま大学へ通っていた。


食欲はないけれど食べなきゃ身が持たないの

で学食で饂飩を食べていると隣の席に松本が

座った。


「翔さん久しぶりだね…」

「……おう」


松本の声に張りは無く疲れた表情だ。


「どうした?疲れてるみたいだな」

「ああ、凄く疲れてる。この前話したコンビ

ニバイトの友達がさ……」

「…何かあったのか?」

「少し前、翔さんが体調不良になった日にフ

ラれたって電話があったんだよ」

「…えっ?」

「夜景に誘ったら『もう付き合えない』っ

て言われたみたい。本当に好きだったらしく

て目茶苦茶落ち込んでるんだ。だからずっと

慰めてたんだけど……」


フラれた?!どうして?!

智君をフルなんて最低な奴だな!

もう付き合えない、だとよく言ったものだ

俺がそいつを成敗してくれる!!


……………………………………ん?

いや、ちょっと待て落ち着いて考えろ。

そのセリフで夜景の誘いを断ったのって俺じ

ゃないか?!


「ショックのせいか話が支離滅裂でさ、フラ

れた原因を突き止めるために告白した場面か

ら話させたんだよ。そしたらさ、ちょっとお

かしな点があって……翔さんの意見も聞いてい

いかな?」

「ど、どんなっ!!」


少しだけ希望の光が見えた気がして俺はかぶ

り気味に尋ねた。


「あいつの告白『付き合ってくれる?』っ

て言っただけらしいんだ。普通は『あなた

が好きです、俺と付き合って下さい』とか

言うだろ?相手の返答は簡単に『いいよ』

だったって言うし、それって誤解されてたん

じゃないかって思うんだよね」

「誤解……って?」

「相手はさ『恋人になって』て意味じゃな

く、単に何処かに一緒に行くって方にとっ

たんじゃないかって」

「   !!!  」


松本の考察は大当たりだ。

まさにあの時俺はそう受け止めた。

だって智君が同性の俺に告白するなんて夢に

も思っていなかったから。


「でもこれは俺の考えであって、他の人の意

見も聞きたかったんだ。誤解があったならも

う一度相手と話す必要があるだろ。そこでし

っかり気持ちを伝えれば上手くおさまるかも

しれないし…翔さんはどう思う?」

「間違いなく誤解だったと思う!!!」

「えっ???」


そう大声で叫び驚く松本と食べ掛けの饂飩を

残して騒がしい学食を飛び出した。

早く智君に電話しなきゃ!誤解だったことを

すべて話すんだ!


静かな場所ではっきり言うよ。

絶対に誤解のないように愛の告白をするから

智君ももう一度俺に言葉を下さい。


研究室のある棟の奥庭まで我武者羅に走った

ここなら人気もなく静かだ。

呼吸と心を落ち着かせるために何回も深呼吸

してからスマホを手に持つ。


深夜バイトだからこの時間は寝ているかもし

れないけど、起きるまでなんて待っていられ

ない。申し訳無いけと電話するよ。

画面に『智君』の文字を出すと発信アイコン

をタップした。


『………はい』


呼び出し音が数回鳴った後、弱々しい智君の

声が聞こえる。

その憔悴した声に自分のやらかした事を猛省

し、新しい関係を築くために口を開いた。





「智君、あたなが好きです。俺と付き合っ

て下さい」








智君、二人で見に行く夜景の場所へは俺がエ

スコートするからね。








ベタやん