お山の妄想のお話です。





それは屋敷への帰り道で起こった。


『お前、誰?』


頭上から声がして見上げると、そこには同じ

くらいの年格好の少年がいた。


『ここは蒼穹公爵がお住まいの山だぞ』


そいつは宙に浮き、高い位置から傲慢不遜な

態度で僕を見下ろしている。


『そういう君こそ誰?ここは智君の土地だよ

許可があってここにいるの?』


覚えたての言葉を使い言い返すと、そいつは

驚いたようだった。


『人間のくせにこの言葉を話せるのか?』

『まあね、勉強したから』

『へ~っ』


そいつはスーと僕の目の前に下りると、品定

めでもするようにジロジロと見てくる。


『もしかしてお前が公爵の飼ってる人間?』

『人間だけど飼われてるわけじゃない、僕と

智君は家族なんだ』


この山に住んでるのは智君だから蒼穹公爵っ

て智君のことかな?

智君にはお世話になっているけどペットのよ

うに扱われてはいない、僕は失礼極まりない

そいつを睨み付けた。


『お前本気でそう思ってるのか?俺達のよう

な高貴な存在がただの食料を家族にするわけ

ないだろ』


そいつは唇の端を上げ嘲るように笑う。


『人間にしては綺麗な顔つきだけど、公爵と

家族になるなら僕ぐらい美しくないと釣り合

わない』


月明りに見える姿はウエイブのかかった栗色

の髪と小さな顔、肌は透けるように白くその

中に魅惑的な菫色の宝石が煌めいている。

自信過剰ではなく、確かに美しい少年だ。


『家族に釣り合う釣り合わないはないよ、お

互いを慈しむ事が大切なんだから』


これは何度も自分に言い聞かせた言葉だ。

僕もずっと綺麗な智君とみすぼらしい自分が

一緒にいるのは不相応だと思っていたから。


何の取り柄もない僕にどうして優しくしてく

れるのかずっと疑問だった。

本当の家族ですら僕に関心がなかったのに、

どうしてなのか知りたくて幼い頃に訊いたこ

とがある。



「さとしくん……どうしてぼくといっしょに

いてくれるの?」

「……ん?」


1日の終わり、ベットで添い寝をしてくれて

いた智君はその言葉に閉じていた目を開け僕

を見た。


「ぼく……いらないこなのに……」


僕は街の権力者の三男として産まれた。

本来なら大切に育てられるのが常だろうけど

妾の産んだ子供だから疎まれていたんだ。


本妻が産んだ長男や次男は至れり尽くせりの

生活を送っていたけど、僕は屋敷の敷地内に

ある小さな家で母と二人でひっそりと暮らし

ていた。


それでも母が生きていた頃は幸せだった。

虐げられていても母の愛があったから……

だけど僕が4歳になったばかりの時、病気で

死んでしまった。


独りぼっちの僕は屋敷で暮らすことになった

のだけど、そこはとても冷たい場所。

継母からは穢らわしいと謗られ、半血の兄弟

は僕を蔑み『邪魔な奴』『必要のない子』と

言った。


父は見て見ぬふり……というより全くの無関

心で愛情なんて一欠片もなかった。

そんな生活だったから幼いながら自分には存

在価値がないと思っていたんだ。


「だれもぼくをすきじゃないの…」


辛い日々を思い出したら涙が零れた。


「そうか?俺は翔が大好きだけどな」

「ほんとう?」

「本当、好きだから一緒にいたいんだ」

「…ぼく、いらないこじゃない?」

「いらなくないよ、凄く必要!翔は大切な家

族だから」


仄かな月の光りでもキラキラと青く輝く瞳は

優しくて、言葉はとても温かく噓ではないと

感じた。


「かぞくにしてくれるの?いいの?」

「いいに決まってる、それとも翔は俺と一緒

は嫌なのか?」

「ううん!ずっといっしょにいる!」

「ずっと、か……嬉しいな」


智君はにっこり笑うと僕の涙を綺麗な指で拭

ってくれた。


「さ、もう寝ろ。明日も犬と遊ぶんだろ?」

「うん!おにごっこする!」

「犬とか?お前勝てるの?」

「すぐつかまって、そのあとずっとおに…」

「ぷっ……だろうな」


智君はクスクス笑いながら僕を抱き寄せた。

大きな胸に顔を埋める、智君は体温が低いか

ら冷やっとするけどとても安心できる。


「子守歌を歌ってやろうか?」

「うん……」


僕は智君の子守歌がとても好きだ。

美しい声と優しいメロディーを聞くと安心し

てよく眠れるから。

ただその歌詞は僕にはわからない言葉で、い

つしかそれを理解したいという思いが芽生え

ていた。


幾度か言葉を教えて欲しいとお願いしたけど

「これを翔が知る必要はないから」と言われ

てしまい習うことは出来なかった。


だけどどうしても知りたくて、屋敷の図書室

で見つけた古い本を元に独学した。

歌詞の意味やたまにポツリと溢す独り言とか

とにかく智君の全てが知りたかったんだ。


完璧にマスターして驚かそうと智君には内緒

にしていて、近頃やっと会話が出来るレベル

に達した。と言っても実際話したのは目の前

の少年が初めてだったけど。



『慈しむ?馬鹿なことを言うな。いくら変わ

り者の蒼穹公爵でも家畜にそんな想いを持っ

てやしないさ』

『君は失礼だな、どうして僕を食料とか家畜

とか言うんだよ』

『もしかしてお前は俺達が何なのか知らない

のか?』

『独特な言語や特異体質なのはわかってるけど…』


智君にもこの少年のように宙に浮く特殊能力

がある、だけどそれ以外は僕と同じだろう。


『ははっ、本当に何も知らないんだな』

『どういう意味?僕と君は何が違うのさ』

『何もかも違うさ、俺達は高等な種族であり

お前達人間は下等な生き物。狩るものと狩ら

れるものなのさ』

『狩るものと狩られるもの?』

『何回も言ってるだろ。お前達人間は俺達ヴ

ァンパイアの食料でしかないってさ』


その時初めて『ヴァンパイア』という人とは

違う種族が存在することを知った。


『ヴァンパイア?何それ?』

『驚いた、公爵は何も教えていないんだな』

『食料ってどういうこと?』

『知りたい?だったら教えてやろうか?』


言うと同時に彼の目は菫色から赤へと変化した、その禍々しさに背筋が凍る。


『ちょっとの味見なら許してくれるはず、

俺は公爵のお気に入りだからな』


自慢気に笑う唇の端から鋭い牙がのぞく、

危険を感じ逃げなければと思うのだけど得た

いの知れない恐怖に身体が竦み動けない。


『さぁ、どんな味かな?』

『  !!  』


彼の手が僕の肩に触れそうになった時、それ

までおとなしくしていた狼達が彼に向かい一

斉に飛び掛かった。


『うわっ』


成長し2m近くまで大きくなった狼達。

それに襲われたら一溜まりもない、彼は瞬時

に空中に飛び上がり狼の攻撃を辛うじて避けた。


『危ないな……この俺を攻撃するなんて流石

は公爵のところの狼……それだけこいつが大

切ということか』


ギラギラした目で忌々しそうに僕を見下ろ

す、狼達は僕を護るように立ち塞がり低く唸

りながら何時でも飛び掛かれる体勢をとって

いる。


『近くまで来たから公爵にお会いしようと思

っていたけど、このままいたら噛みつかれそ

うだから帰るか。おいお前、余計な事は言わ

ず潤が寄ったとだけ公爵に伝えておけ』

『余計なことって』

『さっきの事だよ。こんなに愛玩していると

は思わなかったから悪戯したのがバレたら叱

られる。公爵は怒ると凄く怖いんだ』


言いたいことだけ言い『じゃあな』と飛び去

ろうとするのを止めた、疑問に思う事があっ

たから。


『待って!ひとつ答えてよ』

『なんだ?』

『君は最初からこの言葉で話してたけど、僕

が言葉を理解してなかったらどうするつもり

だったの?』


潤と名乗る少年はこの言葉で話しかけたくせ

に返事をすると驚いていた、矛盾していると

思ったんだ。


「ああ、少し腹が減ってたから食事をしよう

と思ってた。公爵の土地でどうかとも思った

けど美味しそうなものを見つけたし無断で食

べても言葉が通じなかったからと言えば許さ

れるからな。所有物なら言葉が通じるのは当

然でわからない奴は野良ってことで免罪符に

なるんだ』


つまり免罪符を盾に取り、最初から僕を襲う

つもりだったようだ。


『あ~腹が減った。仕方無いから自分の一族

の領土で狩ることにするか。じゃあな、くれ

ぐれもよけいな事を言うなよ』


何度も念を押し潤は木々の間に消えていく、

それを見送り狼達と帰路についた。

屋敷に戻ると智君はまだ帰ってなくて、今し

がたの出来事が衝撃的で食欲もなかったから

そのまま部屋へと入りベットに突っ伏した。



グルグルと色々な事が頭の中で渦巻いている

潤という綺麗な少年

蒼穹公爵

ヴァンパイアという種族

人間はヴァンパイアの食料……


蒼穹公爵は絶対に智君

自分はヴァンパイアだと言う潤

あの言葉を話し宙に浮けるのがヴァンパイア

だとしたら、智君もそうなるよね……


じゃあ人間の僕は食料なの?

智君は僕を食べる?

言葉を教えてくれなかったのは、どうせ食べ

るから必要ないと思ったの?


……幼い頃の僕に大好きで必要だと言ったの

は食べるため?


智君はそんな人じゃない

あの優しさが噓なわけない

僕達は家族だもの、そうだよね……?


思考が悪い方へと流れ胸が苦しくなる。

それを治すために布団に潜り身体を丸めてい

ると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。

返事をせずに黙っているとキィッと扉が開く

音がして誰か近付いてくる。


穏やかで優しい気配。

すぐに智君だとわかったけど、まだ混乱して

いて話せる状態じゃないので眠っているフリ

をした。


「眠ってるのか…」


残念そうな声がして布団の上から頭を撫でら

れる。


「沢山遊んで疲れたのかな」


そっと布団を捲られ顔を覗きこまれる。

それでも寝たふりを続けていると手で前髪を

かきあげられ、露になった額に柔らかなもの

が触れた。


すぐに離れたそれは智君の唇…

幼い頃、一人でも眠れるようにと智君がして

くれていたおやすみのキス。

その後に悪い夢を遠ざけると言うおまじない

が続くんだ。

成長するにつれいつしか無くなった儀式、今

ならまじないの言葉も理解できる。


『闇の公爵の権威をもちて、いかなる魔も

愛し子の眠りを妨げることを禁ず』


布団をかけ直しながらの小さな呟き。


『どうかこの子に幸あらんことを』


もう一度僕の頭を撫でた後、ベットから離れ

扉の方へと気配が動いていった。


「翔…良い夢見ろよ。おやすみ」


とても優しい言葉を残して静かに扉は閉じら

れた。




「ううっ……」


起きていることを気付かれないように暫く堪

えていたけど、とうとう我慢の限界が来て嗚

咽が漏れた。


今までわからなかったおまじないの言葉…

智君はずっと僕の身を案じ、幸せを祈ってく

れていたんだ。


嬉しかった

そして少しでも疑念を抱いた自分が愚かだと

思った。


潤が話したことはわからない事が多いから

自分でそれを解こうと思う。

まずは〖ヴァンパイア〗についてだ。


ヴァンパイアとはどんな種族か

その食事内容と食事のとりかた


もし本当に智君がヴァンパイアで僕を食べた

いと言うのなら……

この身を捧げてもかまわないよ。







やべ、続いた

眠くて支離滅裂