お山の妄想のお話です。
それぞれに意味があるというお返し……
でも、そんなの俺には関係ない。
悲しく惨めな気持ちになった俺は一刻も早く
この場から去りたかった。
「帰る……」
俯いたまま翔くんを見ずにベンチから立ち上
がる。浮わついた顔なんてみたくない…
「智君、ちょっと待ってよ」
焦ったような翔くんの声がするけど関わりた
くなかった、もう傷つくのは嫌だから。
「誰にどれを渡すか迷っているなら、そのコ
のイメージに合う物を渡せばいいんじゃね?
悪いけど俺には分からないから力になれねえ
よ。ただ……本命に渡すものだけはよく考えて
やれよな」
「本命??」
翔くんは俺が知らないと思っている、俺はあ
の場面を隠れて見てたんだから当然だ。
「綺麗な娘から高いチョコを貰ってただろ、
これから付き合うならそれに見合った物を返
した方がいいと思うぞ」
「えっ?!智君…見てたの?」
「あの日翔くん家の近くに用事があって行っ
たんだよ…それで偶然ね…」
半分本当で半分嘘、だけどそうとしか追及を
かわす理由付けができない。
自分で考えてお返しを決めろ、という意味で
言ったのに翔くんは全く違う反応をした。
「やっぱりあれ、智君だったんだね!」
「はっ?!」
「あの時、智君の気配を近くに感じていたん
だけど姿が見えなくてさ~」
「えっ??」
「気になって壁の向こう側を覗いたら、角を
曲がる姿が一瞬だけ見えたんだよ!」
やっぱり智君居たんだねと何故か弾んだ声で
話す翔くん。
って言うか姿見られてたんか……
「すぐに追いかけたかったんだけど、あのコ
を残したまま行けなくてさ」
そりゃ当然だ、誰だって冴えない幼馴染みな
んかより綺麗なコを優先するさ。
そうわかっているのに、彼女からチョコを受
け取り笑顔で礼を言う翔くんを想像すると胸
が痛んだ。
「それが普通だろ。とにかくお返しは自分で
考えて渡せ、貰った奴の義務なんだから。
じゃーな、俺マジで帰るわ」
これ以上惨めな姿を晒すのが嫌で荷物を持ち
テーブルから離れようとした、でも翔くんが
俺の腕を掴みそれを遮ったんだ。
「行かないで!」
「俺は関係ないから帰る!」
「関係あるよ!」
「どこがだよっ!離せ!」
普段なら俺の嫌がる事はしないのに、翔くん
は掴んだ腕を離さずにテーブルをまわって側
まで来た。
「智君、落ち着いて!俺の話を聞いてよ!」
「嫌だ!惚気話は別の奴にしてくれ!」
そして逃がさないためか今度は両手を掴んで
きた、俺は本気でこの場に居たくないからど
うにか手を振り払おうと足掻いた。すると翔
くんはその抵抗を封じるためにか、いきなり
俺を胸に抱き込んだ。
「俺が誰との惚気話をするのさっ!まだ相手
がいないのに!」
「嘘つけ!綺麗なコがいるじゃねーか!」
「あんたやっぱり誤解してるんだな!俺はあ
のコとなんて付き合わない!」
「あのコじゃなくても、チョコ貰った中にい
るんだろ!」
「いねーよ!」
「嘘いってんじゃねー!」
「嘘じゃねーし!なんならチョコなんて一つ
も貰ってないしな!」
「……えっ???」
その言葉を聞き俺の脳は混乱し、理解するま
で身体の動きも止まった。
翔くんはそれを見逃さず俺を抱えたまま地面
へと倒れこみ、気付くと上から押さえ込まれ
る形になっていた。
「俺はバレンタインに一つもチョコを受け取
ってない」
見上げた顔は真剣で嘘などついていないよう
に感じる、だけどそれではあの大量のお返し
はどういう事なんだ。
「貰ってねー奴がお返しなんて用意するわけ
ねーだろ!ふざけんなよ!」
「チョコを貰ってなくてもあげたい人がいる
んだ!」
「はあぁぁ?意味がわかんねぇ!」
「仕方無いでしょ、バレンタインには戻れな
いんだから」
こんなに意味不明な会話があるだろうか。
貰ってもいないのにお返しするとか、俺には
理解できない。
俺が馬鹿だからか?それともいつの間にか翔
くんが頭脳明晰な人から不思議ちゃんにシフ
トチェンジしたのか?
真意を探るため暴れるのを止め、しげしげと
翔くんを見つめた。
ふむ、イケメンには変わりがないようだが…
「……ごめん、きっと話が見えないよね」
翔くんは俺からの疑わしげな視線を浴び、困
ったように笑う。
「今からホワイトデーの品物について話すけ
ど、俺がバレンタインに誰からもチョコを受
け取ってないことを信じて欲しいんだ」
信じる信じないは情報量が少なくて筆舌つく
しがたい、しかし惚れた弱みか幼少時からの
慣わしか……悲しいかな俺は翔くんの言い分を
信じてしまうという性分なんだ……
「どういうことだ、言ってみろよ」
取り敢えず話を聞くのが先決だろう、続きを
促すと翔くんは『うん』と頷き話し出した。
「バレンタインのチョコレートは誰からも受
け取ってない、これは誓って言えるよ。本命
や義理、母や妹からでさえ一貫して受け取り
を拒否した。だって今年は長年想い続けた人
からやっとチョコが貰えそうだったから」
「……えっ??長年……」
言葉が続かない程のショックを受けた。
だって翔くんが密かに誰かを想っていたなん
て初めて知ったから……
「うん……何年か前に好きだって気付いた…
ずっと一緒にいたから、それがLOVEなのか
LIKEなのか判別が難しかったんだ」
ずっと一緒??ラブかライク??
学年が違うし今は学校も違うから翔くんが想
い続けたという人に皆目見当がつかない……
「その人をLOVEの意味で好きだって気付いて
からは、結構キツい日々だった。だってその
人、凄くモテるんだよ。甘い蜜に集まる害虫
を駆除するのは並々ならぬ忍耐と努力が必要
だったんだ」
そんな努力を厭わない相手……
翔くんはその人に本気なんだ……
どんなに頑張ったって俺なんかが敵うはずが
ない。
翔くんが好きになる人だからハイスペックで
美人なんだろう。
きっとお似合い、絶対お似合い、満場一致で
お似合いで皆から祝福されて当然な人……
真実を突きつけられて、俺は暴れる気力も尽
きた。翔くんがそんなに好きな相手なら幼馴
染みとして応援するしかない…
あとは話を最後まで聞いて、己の気持ちを葬
り翔くんに力を貸す……のが最善……
「そんな人がいたなんて初めて知ったよ…」
「それは違うな、あんた知ってるだろ」
「は?」
「……まあ、いいや。最後まで聞けば思い当
たる節があるだろ………続きを話すよ」
「??」
「ずっと一方的な想いだと思っていたけど、
ある時その人も俺を想ってくれてるんじゃな
いかと気づいた。ふとした仕草とか表情で具
体的にどうとは言えないけど、そう感じたんだ。そして今年のバレンタイン前にその人が
俺に訊いてきた事によって確信した」
「何を訊かれたんだ?」
「バレンタインのチョコって値段によって本
気度が違うと思うか、って」
「 !! 」
それは覚えのある台詞だった。
*
『なー、翔くんはバレンタインのチョコって
どう思ってる?高いヤツなら本命とか、スー
パーとかで売ってるのはそれ程強い想いじゃ
ないとか……値段で判断するタイプ?』
『しないよ、値段がどうとか手作りだからと
か気にしない。誰にだって事情はあるから大
きさや値段なんて関係ないと思うんだ』
『例えば安い板チョコでも?』
『その人の想いが伝われば全然OKでしょ』
『ふ~ん……』
『あのね…好きな人がくれるチョコなら、た
とえ麦チョコ一粒でも嬉しいものだよ』
*
「……それって……」
「思い出した?智君が言ったことだよ」
翔くんへの気持ちに気付き、そして翔くんも
その想いを受け入れてくれるんじゃないかと
漠然と感じていた時に尋ねた。
普通の日に告白するのはハードルが高いけど
バレンタインの浮かれた雰囲気の中なら勢い
でイケると考えたんだ、だからコンビニで板
チョコを買って翔くんの家に向かった…
「今年こそ智君からチョコが貰えるって確信
して超嬉しかった。だから他からは絶対に受
け取らないって決めたんだ」
「けど、俺が見たあの娘…」
「受け取ってないよ。好きな人がいるから貰
えないって言ってるのに、あのコしつこく押
し付けてくるから断るのに時間がかかったん
だ。玄関前とかに置いてかれても困るしね」
「それ、マジ?」
「本当だよ」
翔くんは俺からのチョコを待ってたの?
俺達両想いだってこと?
でも、だったらどうして……
「だったら、どうして今まで何も言ってくれ
なかったんだよ……」
走り去る姿を見たのならその状況から『誤解
された』と思わないのか?
普通なら弁解とかするんじゃないの?
「ごめん……俺、あれが智君ならすぐに戻っ
て来てチョコを渡してくれるって思い込んでた。あんな場面をみて驚いただけで、俺のこ
と信用してるから勘違いだとすぐにわかって
くれるって。行き違いになると嫌だから家で
待機してようって……自惚れてたんだよ……
馬鹿な俺は何をするでもなくただ待ってた、
10時を過ぎても11時になっても待つだけ。
とうとう12時を過ぎてバレンタインが終わっ
て漸く間違いに気づいた、どうして待つだけ
で自分で行動しなかったのかって」
「…………」
「だいたい智君は夜も遅くに家を訪ねるよう
な非常識な人じゃない、連絡がないのもおか
しいって……もっと早く気付くべきだったん
だ。俺から電話して誤解を解く事も可能だっ
たし、そもそも何故チョコを貰うことに固執
していたのか…」
まるで独り言のように話す翔くん、その表情
はどんどん歪んでいく。当時をとても悔やん
でいるようだ。
「バレンタインだもの、翔くんはモテるから
貰って当然だろ」
「そうじゃないんだ、そもそもバレンタイン
は愛を告白する日だろ?だったら俺から智君
にチョコを渡すのも有りだったんだ。それな
のにただ待つだけでチャンスを棒に振って…
悔やんでも悔やみきれなかった」
つまり俺が涙に暮れた夜、翔くんは悔恨の念
に苛まれていたってことなの?
あれ?終らん(汗)
私が迷子