お山の妄想のお話です。






「うわあぁぁぁ!」


低血圧の俺からは考えられない勢いで飛び起

きた。


嫌な夢、きっと恐ろしい夢で目覚めたんだ。

半端ない寝汗(多分冷や汗)と震える両手、そ

して100メートルダッシュでもしたような激

しい動悸がそうだと告げている。


しかし夢の内容は定かでない。

よほど思い出したくないのか、ぼんやりと霞

んでいてあやふやだ。


ただ、なぜか悪夢の登場人物だけははっきり

と覚えていた。

それは一つ年下の幼馴染みで仲良くしている

奴なんだけど……


そいつは頭が良くて面倒見のいいイケメンで

凡庸で冴えない俺にも良くしてくれる、非の

打ち所が無い奴なんだ。

だから女の子にも大人気でモテモテだ。

今はフリーだけど、彼女ができたら俺の相手

なんてしてくれなくなるだろうな……


もしかしたら今の夢は予知夢?

それとも警告なのかな?

唯一覚えていた幼馴染みが関係あるんだろうか?だとしたら何を警戒するんだ…

奴か?他か?もしくは両方??


結構長い時間考えてみたけど、夢の内容を思

い出せないのだから用心しようもない。

いくら考えても解決策はないと諦めて、もう

一眠りすることにした。


あと何時間眠れるか、時計を見て確認する。

今は3月14日の午前3時半…

3時間はいけるか……


もう嫌な夢は見ませんようにと祈りながら布

団の中に潜り込んだ。



「お前さ、お返し何にした?」

「ん~?クッキーとキャンディ」

「オーソドックスだなぁ」


恋人がいるクラスメイト達は1日中そんな話

ばかりしていた。

朝イチで友人に『大野は何を返すんだ?』と

訊かれ今日がホワイトデーだと気づいた。


悪夢で起きた時、時計で日にちも見ていたの

に全然気付かなかった。

でもバレンタインにチョコを貰っていない俺

には関係ないから致し方無い。


授業が終わり友人達は恋人に会うために浮か

れながら教室を出でて行く。

返す人もいない俺はのんびりと帰りの支度を

していたが、一応母ちゃんと姉ちゃんに貰っ

た事を思い出してお返しを買って帰ることに

した。


「何買おう……小遣いそんなにないからなぁ

駄菓子じゃ姉ちゃんにしばかれるかな…」


財布の中身を心配しながら校門を出ると、す

こし先に見慣れた姿があった。

学校が違うからこんな所にいるはずのない幼

馴染みの翔くんだ。


どうして俺の学校の前にいるんだろう?

難しい顔をしてスマホを見ているけど、誰か

と待ち合わせかな?

でもこの学校に知り合いなんているの?


翔くんの学校は有名な進学校で、俺の学校の

ような底辺校に用事があるとも思えないし…

疑問に思いながらも近づき声をかけてみた。


「翔くん?」

「うわっ!」


突然話しかけたせいか、翔くんはビックリし

てスマホから顔にを上げた。

そして俺に気が付くと『智君だ!良かった』

と安堵したようだった。


「こんな所で何してんの?待ち合わせかなん

かか?」

「待ち合わせじゃないよ、智君を待ってた」

「へっ?俺を??」

「そう。ずっと待ってたんだけど中々出て来

ないから電話しようかと思ってたとこ」


翔くんはそう言ってニッコリと笑う。


「あれ?なんか約束してたっけ?」

「約束はしてないけどさ、今日は智君にどう

しても会いたかったんだ」

「どうして???」

「どうしてって、今日はホワイトデーだよ」


そう言って持っていた紙袋を掲げて見せた。


「それは知ってるけど……」

「とりあえずこの先の公園に行こう」

「えっ?俺、用事があるんだけど」

「そこをお願いっ!」


拝むようにお願いされたら断れない……

というか、翔くんに頼まれたら断るなんて出

来ないよ。


俺が『わかったよ』と答えたら翔くんはとて

も嬉しそうな顔をした。

綺麗な笑顔に胸がキュンとする、いつまでも

それを見ていたかったけど俺は無理矢理目を

逸らした。


……だってこんな感情は幼馴染みに向けるも

のじゃないもの。

絶対にバレたら駄目なやつ………

幼馴染みに恋してるなんて知られたら、気持

ち悪がられて縁を切られるレベルだよ。


「じゃあ行こう!人があんまりいないといい

んだけどなぁ」


上機嫌な翔くんは俺の手首を掴むと軽い足ど

りで歩きだす。

そんな翔くんとは正反対に俺の心はどんより

と暗くなっていった。


だって、どうしてもホワイトデーで渡すだろ

う物が詰まった紙袋に視線が行ってしまうん

だもん。


俺への用事が済んだらきっと誰かにあれを渡

しに行くんだろう………

あの中に本命用が入っているのかもしれない

な………


翔くんに彼女が出来るのか……

あんなに格好いいのに今まで誰とも付き合わ

なかったのがずっと不思議だったけど、きっ

と理想の人と出会えたんだな。

よかったな、翔くん……


……おめでたい事なのに胸が痛いや。

だけど……祝福しないとね、だって幼馴染み

でいいからこれからも近くにいたいもの。



学校の近くにある少し広めの公園に着いた。

人がいない場所がいいと言うのでチビッ子達

の遊ぶ遊具の横を通り過ぎ、奥にある東屋に

向かった。

高い木々に囲まれて日当たりが悪いせいかそ

こには人が寄り付かないんだ。


「やっぱり誰もいない、ラッキーだね」


そう言い俺をベンチに座らせ、自分はテーブ

ルを挟んだ反対側へと腰を下ろす。

そして紙袋をテーブルの上に置きニコニコし

ながらこっちを見た。

……いったい何なんだ、こいつ。


「で?こんな所まで連れて来て、俺に何の用

があるの?」


見たくもない物を見せられた俺は少し不機嫌

に尋ねた。


「用って…ホワイトデーのこれだけど?」


紙袋を指差しキョトンとする翔くん、

しかし俺にはさっぱり意味がわからない。


「それってバレンタインのお返しだよね?

俺には全然関係無いじゃん」

「まーまー、そう言わず見てよ」


翔くんは紙袋の中に手を入れガサゴソと中を

探り、小さな箱をテーブルの上に置いた。

可愛い包装紙とリボン、女の子が好きそうな

ラッピングだ。


「えっと、これはキャンディ。色々な味が入

ってるやつね」

「……へ~」


恋敵にあげるものに興味なんてないから、返

事なんて適当だ。


「智君はホワイトデーのお返しにもそれぞれ

意味があるって知ってる?」

「知らね、興味ないし」

「そっか、じゃあ教えてあげるね!」

「……別に教えてくれなくても…」


過去何回かしたお返しはスーパーなんかの特

設コーナーにある物を適当に選んでいた。

だって意味まで考え贈りたいと思う人なんか

いなかったし。

はっきり言ってどうでもいい情報で知りたく

もないのに、翔くんは勝手にペラペラと話し

始めた。


「まずキャンディは『あなたが好きです』っ

て意味なの。それでね、驚くことに味にも意

味があるんだよ。リンゴ味は『運命の相手』

ブドウ味には『酔しれるような恋』レモン味

は『真実の愛』とかね。本当はその三つだけ

の味にしたかったんだけど無理だった」

「へー」

「それで、次はこれ。マカロン!マカロンの

意味は『あなたは特別な人』これもイイ感じ

だよね、貰ったら嬉しいでしょ!」

「かもね…」


キラキラした瞳で同意を求めてくるけど、俺

からしたらどうでもいいこと。


「次は~キャラメル!懐かしくない?子供の

頃はよく食べたけど成長するとあまり食べな

くなるよね。そのキャラメルの意味は『あな

たといると安心する』。そんな感じはするよ

ね、キャラメルって優しい味だし」

「……そうだね」


そういやガキの頃はおやつで食べてたな。

チープなオモチャが入っててさ、それで翔く

んと遊んだんだ。

ただ純粋に翔くんが大好きだった…

いつからかそれが邪な想いに変わってしまっ

た、無邪気だったあの頃にはもう戻れない。


「それから、少し大きめなこれはバームクー

ヘン!美味しいって評判の店のなの」

「ふ~ん」

「ちょっと~、何でそんなにテンション低い

のさ。中身チョコがかかったやつなんだよ、

そういうの智君好きでしょ?」


何故か不服そうな翔くん。

どうして俺が喜ぶ必要があるんだよ、いくら

好物でもそれは他の人の口に入るものだ。


「確かに好きだけど俺には関係ないじゃん」

「えっ?」

「だってそれ、ホワイトデーのお返しだろ」

「そうだよ?」

「だよな、だったら俺に見せびらかしてない

でさっさと渡してこいよ」

「…ひけらかしてるわけじゃないよ」

「じゃあ何だよ?誰にどれを渡したらいいの

かって相談か?俺は翔くんが誰からチョコ貰

ったのか知らないから、悪いけどアドバイス

できないぜ」


その時、酷い痛みが胸に走った。

それは嘘……本当は一人だけ知ってる……

バレンタインの日、俺は翔くんの家の近くで

見てしまったんだ。

とても綺麗な女の子が高級そうな箱を翔くん

に渡してるのを……


その上品な包装の箱は超有名店のもの、小さ

なチョコが三つ入っただけでも数千円はする

んだ。


デザート部の活動でネットを眺めた時に知っ

て『値段が高すぎて俺達じゃ買えないねー、

でもいつか1個でも食べたいね』と部員の相

葉ちゃんと話したから覚えてた…


そんな高価な物、絶対に本命チョコだろ…

綺麗な女の子からの想いが詰まった高級チョ

コレート……

翔くんと彼女は美しく整っていて凄くお似合

いだった、俺なんて絶対に敵わない……


俺は翔くんに見つからないように、そろりと

壁に隠れてそのまま家まで逃げ帰った。

逃げ帰るなんて言葉、変だと思った?

でも実際そうなんだよ。


だって……2月14日のバレンタイン

とち狂った俺は『翔くんも俺が好きみたいだ

からきっと上手くいく!』なんて謎の自信で

板チョコを渡そうとしたんだもの……


馬鹿だよな、本当に……

翔くんがサエない俺なんかを好きになるはず

ないのに。


優しくしてくれるのも面倒を見てくれるのも

駄目な幼馴染みが心配だからであって、恋愛

感情があるわけじゃない……

誰にでも分かることが勘違いで浮かれていた

俺は気付かなかったんだ。


家に着いて部屋に飛び込み、布団を被って泣

いたよ。やっぱ失恋はキツイし。

二人の姿を思い出すと胸が痛くて苦しくて、

死んじまうんじゃないかなんて本気で考えてた。


だけど人間の危機管理って凄いよな、さっき

見た事を忘れたい!もう傷付きたくないって

思ってたらマジで忘却の彼方だったもの。

ついさっきまではね……


翔くんがホワイトデーのお返しと、その意味

なんて話すから心の奥に仕舞いこんだ辛い記

憶が甦っちまったんだ。


朝方見た夢はきっとこれを知らせてたんだ…

今日はホワイトデーで、バレンタインの辛い

記憶の続きが起こると無意識にも警告してい

たんだな。


傷が深くなることも知らずに翔くんの後をノ

コノコ着いてきた俺は、本当に救いようがな

いバカだ………














えっ?!今頃ホワイトデー?

アメブロの長いメンテのせいwww






自分の息抜きw