お山の妄想のお話です。






まさかお許しが出るなんて……

これで旦那さまに僕の始めての人になってい

ただける……


諦めていた心に一筋の光が射した。

旦那さまにとっても始めての指南役、目の前

のお方には敵わないけれど心の何処かに僕の

事を留めて下さるかもしれない……


何年も後に『昔、そんな子供もいた』と思

い出してもらえるだけで幸せだと思った。


「お前はどうしたい?まだこの人に指南して

もらいたいのか?」


そう問う眼差しは冷たく、瞳の奥には瞋恚の

焔が揺らめいている。

冷たい美貌が恐ろしく全身が凍えるようだ。


旦那さまがこのお方のものであることは理解

している、だけど……

僕の唯一の望みを叶えるのもいけない事では

ないと思うんだ。


旦那さまは義務として、僕も割り切った姿勢

で指南を受ける……

本当の気持ちは胸の奥深くに隠しておけば問

題はないのでは?

僕だって一つくらい宝物が欲しい……


決めた……

自分勝手だとは思う、しかし我が身可愛さが

勝る。

対峙したお方からの威圧感は凄いけれど、旦

那さまにお願いしよう……


心を決め『お願いしたいです』と言おうとし

た時、お方様の後ろの布団がゴソゴソと動き

白くしなやかな腕がその腰に巻き付いた。


「………どうした?」


優しくその腕に触れたお方様の瞳は僕に向け

るものと違い慈愛に満ち溢れている。


「……………ぅう?……しょー……」


モゴモゴとした旦那さまの声、どうやら寝惚

けてらっしゃるみたい。


「ん?なんだ?」

「……何…してんだ…よ……寝ないの…?」

「もう少ししたら寝るよ」

「……すぐに寝ろよ……」

「あと少しだけ待って」


お方様が旦那さまの腕を撫でながら優しく諭

していると、 もう片方の腕も出てきてギュッ

と腰を抱きしめた。


「ヤダ……寝よ…………寒いよ……」

「ごめん、あんた裸だからな。ほら、布団に

入っていて」


そう言い腕を外そうとすると抱きつく腕に更

に力がこもった。


「寒いから……お前があっためて……」

「わかったから、少しだけ待って」

「……や…だぁ……寒ぃ……」


お方様の陰から黒髪が見え、それが駄々を捏

ねるかのように揺れている。

旦那さまは甘えているんだ……

この方に……


今まで聞いたことのない、幼く甘えかかるよ

うな声。寝惚けているからこそ取り繕うこと

がない本心なのだとわかる…


信頼関係にあり甘えられると確信がなければ

こんな声音は出ないだろう。

きっと僕には一生向けられることの無い声に

淡い希望に膨らんだ胸が萎れていく。


「本当にあと少しだから、待ってて」


腹の前で組まれた綺麗な手にポンポンと数回

軽く触れられた後、お方様は眼で僕に答えを

促してこられた。


どうしよう……

お願いすれば、お二方に御迷惑がかかる…

でも少しでも可能性があるなら望みも叶えた

い……


自分の中で葛藤が起こり返答に窮していると

旦那さまの小さな声が耳に入ってきた。


「……しょう……寒いよ…………………淋しい…」


ハッとした。

とんでもない間違いを起こすところだった。

僕の賤しい願いは、お慕いする旦那さまとそ

の愛する方を傷つける……


お二人の密月関係に微小な罅を入れるのも許

されるない、旦那さまの言葉でそれをやっと

噛み分けることができた。


「……お願いは撤回させて頂きます……」


自分の疚しさを隠すように額づき、そう返事

をした。


「本当にいいのか?」

「はい、立場を弁えず烏滸がましいお願いで

ございました…」

「そうか、お前の気持ちは了承した。この人

には後で俺から伝えよう」

「お願いいたします…」


返答を聞いたお方様の声は少し柔らかくなっ

たように感じる、やはり旦那さまが指南なさ

るのを不本意に思われていたのだろう。


「しかし、そうなるとお前の訓練は誰に任せ

ればいいのか……やはり置屋へ……」


ここで指南を受けないとなれば置屋へ移るの

は当然だ、旦那さまと離れるのは辛いけれど

甘受しなければならない。


「待って!和ちゃんはまだここに置いてあげ

て!」


しかし僕が頷く前に雅さまがそれを遮った。


「何故だ?ここにいても陰間の訓練は出来な

いんだぞ?」

「オレがするよっ!和ちゃんの指南役にはオ

レがなるから!」

「お前がか?この人と同じで指南なんてした

事がないだろ?」


訝しげにお方様が仰有る、でも雅さまは怯ま

ずに続けた。


「したことはないけどやり方は知ってるし!

坊っちゃんや大ちゃんに迷惑かけたりしない

ように上手にする!だから和ちゃんはオレに

任せてっ!お願いっ!」


いつの間にか雅さまが隣にいて、お方様に土

下座で頼んでいる。


「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫!任せて!」

「意気込みは感じるが……俺の一存ではな…

ここの主は智だから話し合って決める、それ

でいいか?」

「うんっ!それでいいよ!」


思いもよらない展開に驚く僕に、雅さまはニ

コりと微笑んでくれる。


「安心して和ちゃん、絶対に悪いようにはし

ないからさ」

「は、はい……」


その笑顔に心が弛び、少しだけ胸の痛みが薄

れたように感じた。


「話は終わりだ。俺は寝るからお前達は出て

いけ」

「申し訳ございません……」


休息をお邪魔しないよう急いで扉へと向かう

しかし一緒に退室すると思っていた雅さまが

突然立ち止まりお方様を振り返った。


「坊っちゃんは意地悪だね、和ちゃんみたい

な純粋な子を態々この部屋に呼び入れるなん

てさ」

「雅、それはどういう意味だ?」

「どういう意味って…分かってるくせに!

情事の後の官能的な雰囲気や艶麗な姿を見せ

たら無垢な子供なんて思い通りになるさ。

自分に有利な筋道を立てるなんて、策士って

言うのかな?ううん、そーいうの狡猾って言

うんだよね。子供相手に酷いやり方だと思う

けど、オレも恩恵を受けられそうだから文句

は言わないよ」

「狡猾か……さもありなんだな」

「坊っちゃんは大ちゃんが絡むと本当に見境

ないよね、こんな子供にも妬くなんて」

「ふんっ!子供だろうが犬猫だろうがこの人

の愛情を分けることは出来ない、大切な人だ

から当然だろ」

「あ~、開き直っちゃった~大人気ないな」

「うるさい、さっさと出てけ」

「はぁい!じゃ、大ちゃんには上手く話して

おいてね!」

「言われんでもな」


そう言いお方様はニヤリと笑った。


「うふふ、それでは坊っちゃんおやすみなさ

い!さ、和ちゃん行こ!」


話し終わりこちらを向いた雅さまのお顔にも

お方様と同じ人の悪い笑みが浮かんでいた。

それから雅さまは『退散退散』と独り言ちな

がら、二人の会話の内容がよく分からなく呆

けている僕の背を押し廊下へ出た。


扉を閉める瞬間、未練がましくベットに目を

やると、そこには布団に入ろうとするお方様

とその首に巻き付くしなやかな腕が見えた。


「さぁ母屋に帰ろうか。まだ料亭の仕事が

残ってるかもしれないけど、今晩はもう休も

う。和ちゃんオレの部屋においで、オレが慰

めるからいっぱい泣いていいよ」

「…………はい……」


目を瞑ると寝室の様子やさっきの場面を思い

出し破恋の痛みに打ちのめされるだろう……

悲しい涙や胸の痛み、それを一人で耐えるの

は苦しすぎる。


雅さまの優しさに縋るのは卑怯かもしれない

けれど、今だけは誰かの温もりで癒されたか

った………



泣いて泣いて、旦那さまへの想いを流してし

まおう。

きっととても困難だろうけど、そうしなけれ

ばいけないんだ……


それが僕の本当の幸せへの第一歩……










To  be  continued