お山の妄想のお話です。





「和ちゃん、大丈夫?」


俯きガタガタと震える僕を雅さまは気遣って

くれる。その顔には憂色が浮かんでいた。


「…………はい……」


心配をかけないように何とか返事をしたけど

震えは止まらない。

それは恐怖からだけど、自身にではなく旦那

さまに降り掛かる処罰を思ってのもの。


寝室で旦那さまが受けている仕打ちを考える

と恐ろしくて仕方がなかった。

あの方が怒りのあまり旦那さまに暴力を振る

っていたらどうしよう……

殴られでもしたら、あの華奢なお身体は壊れ

てしまう……


お守りしなきゃ………

そもそもこんな事になったのは僕のせい、自

分の浅ましい想いから旦那さまにご指南をお

願いしたからだ。

だから命に代えても旦那さまをお守りしなく

ちゃ……


「僕、あの部屋に戻ります」


怖じ気付いてなんていられない、勇気を奮い

雅さまに言った。


「戻ってどうするの?!絶対寝室には入れな

いし、坊っちゃんの怒りが増すだけだよ」

「でも……旦那さまを助けなきゃ」

「助ける?」

「はい、きっとあの方に酷い仕打ちを受けて

いるはずです。こうなったのは僕のせい……

ですから……」

「酷い仕打ちかぁ~、確かに激しいかもしれ

ないけど……」


雅さまの言葉を聞き、僕の脳裏に打ちのめさ

れ倒れる旦那さまの姿が浮かぶ。

白い肌には恐ろしい色のあざ…

細い腕が折られでもしたら……


恐ろしい想像をしてしまい、とても平静では

いられなかった。


「だ、旦那さまっ!!」


矢も盾もたまらず叫びを上げソファーから立

ち上がり、雅さまに運び込まれた応接室を飛

び出した。


「あっ!!和ちゃん待って!」


雅さまが止めるのを聞かず廊下を走り奥の部

屋へと急ぐ。

もうすぐ寝室の扉だという所で追い付いて来

た雅さまに腕を掴まれた。


「ダメダメダメダメ~!今邪魔したらそれこ

そ取り返しがつかなくなるよっ!」

「旦那さまがですか?!だったら!」

「違う違う!和ちゃんのこと!完全に許して

もらえなくなるっ」

「それでもかまいません!旦那さまが暴力を

受けないなら、それでいいんですっ」


掴まれた腕を払いドアノブに手を伸ばした。


「待って!大丈夫だから!坊っちゃんが大ち

ゃんに暴力振るうわけないし!」

「でも、さっきとてもお怒りでしたし旦那さ

まを突飛ばしました!あのまま殴られて…」

「そんなこと絶対無いからっ!ドア開けちゃ

ダメっ!」


ノブに触れる直前、後ろから抱え込まれズル

ズルと引きずられてドアから離される。

逃れようと暴れる身体を強い力で抑制され、

片手で口を塞がれて隣のサンルームまで運ば

れた。


「お願いだから落ち着いて」


雅さまは僕を抱き込んだままサンルームの壁

に寄り掛かかり座り込む。


「大ちゃんは絶対に大丈夫だからさ」


それでも踠く僕に言い聞かせるように耳元で

何度も何度も仰有った。


「坊っちゃんは大ちゃんが凄く好きで大切な

んだ、傷付けるわけがないよ。だから安心して…」


繰り返される言葉を聞くうちに、次第に僕は

落ち着きを取り戻していく。


「…本当に旦那さまはご無事でしょうか」

「大丈夫だよ。隣から大きな物音なんてしな

いでしょ?」

「……はい」


確かに隣の部屋から怒鳴り声や大きな音は聞

こえてこない、だったら今は何をしているの

だろう?


「旦那さまはお説教を…?」

「お説教??ん~、多分違うと思う」

「では何を?」


そう訊ねると雅さまは言いずらそうに口ごも

り困った顔をなさった。

どうしたのかとお顔を見つめていると、急に

真面目な顔になり僕を抱き込んでいた腕を解

いた。


「隣で何が起こっているのか和ちゃんが自分

で確かめてみて」

「確める?」

「うん。流石に部屋には入れないけど、音を

聞けばきっと分かるはずだよ」

「音……ですか?」


雅さまは頷き壁を指差す、そこに耳を当て様

子を窺えということらしい。

それに従い壁に耳を当てると微かに物音がす

る………


それは肌がぶつかり合うような音。

けれど頬を張るような炸裂音ではなく、もっ

と緩やかで打ち合う音が一定のリズムをもち

パンッパンッと響いている。


「手拍子……?」


訊くと雅さまは違うと首を振り『もっとよく

聞いて』と仰有る。

僕はもう一度壁に耳を当て集中して様子を探

ってみた。すると音と共に掠れ声が小さくす

るのに気がついた。


『………あぁ……しょう……しょ…う……』


旦那さまのお声……

苦しそうな、そしてとても切ない響き…


『うっ……さと…さとし…さとし…』


蕩けるように甘い囁きは、あの恐ろしいお方

だろうか?


『しょ……すき……おいらに…』

『ああ、全部やる……あんたに全部…』


今まで聞いたこともない旦那さまの声

そして少し前、暴君のようだったあのお方と

は思えない優しく甘い声色…

音を聞き続けているうちに隣の部屋で何がな

されているのか理解した。


それからもう一つ、分かったことがある。

お二人はお互いを想い合っている……

僕の入る隙間なんてないほどに……


ズキッと激しい痛みが胸を襲い、瞳からは涙

がボロボロとこぼれ落ちた。

決して報われない想いであることはわかって

いたけど、現実を知ればやはり打ちのめされ

る。


痛みから胸を掴み踞る、涙が溢れ呼吸が出来

ない。僕の生まれて始めての破恋だった。


「ごめんね…ごめんね和ちゃん…」


咽び泣く僕を雅さまは強く抱きしめ、そして

謝罪の言葉を繰り返す。


「どうして…雅さまが謝るんですか…?」

「だって和ちゃんに惨いことをさせたもの。

どうしても和ちゃんにあの二人の関係を知っ

て欲しかった…そうして大ちゃんを諦めても

らいたかったんだ」

「………そう……ですか……身の程をわきまえろ

と教えて下さったんですね……」


売られて陰間になるしか生きる術のない哀れ

で汚い子供が旦那さまに恋情を抱くなんて身

の程知らずで烏滸がましいと、ものの道理を

訓えて下さったのだろう。


「違うよ、そうじゃないんだ……オレが卑怯

なんだ」


クシャリと顔を歪ませ僕を抱く腕に力をこめ

る雅さま……

彼のどこが卑怯なのかわからない、けれど痛

みに耐える僕にはこの包み込んでくれる温も

りだけが救いだった。


「傷付けてごめん、悲しませてごめんね…

オレの側でならいくら泣いてもいいよ、ずっ

と慰めてあげる。大ちゃんを忘れられるまで

ずっとね…」

「……できません……雅さまに御迷惑をかけて

しまいます」

「迷惑なんかじゃないよ!オレがそうしたい

の、和ちゃんの近くにいて守ってあげたい」

「雅さま…?」

「ふふ、和ちゃんは子供だしオレの言ってる

ことわかんないよね……今はそれでいいよ。

でもいつかわかってくれたら嬉しいな」


そう言い雅さまは頭や背中を撫でてくれる、

僕はその優しさに慰められ胸の痛みがいくら

か引いていくようだった。



雅さまの胸に顔を埋めると規則正しい鼓動だ

けがして、心を痛める隣の音は聞こえない。

そしてポカポカと温かくて僕はうとうとして

しまった。


「おい、そこにいるんだろ」


しかし不機嫌な声により、現実へと引き戻さ

れる。


「ふぁ!ふぁい!いますっ!」


その声に僕と同じでうつらうつらしていた雅

さまが飛び起き返事をする。


「話がある、こっちの部屋に来い」


少しだけ開いた寝室の扉の後ろから命じられ

僕達はそれに従う。

先に雅さまが立ち上がり僕の手を引っ張って

くれる、そして手を繋ぎドアへと向かった。


「坊っちゃん、入るよ」


扉の前で一応声を掛けると、返事を待たずに

寝室へと入った。

一歩足を踏み入れると何処からか青臭い匂い

が漂ってきて、なんだか田舎の山にあった栗

の花の香りに似ているなと思った。


「そこへ座れ」


どうしてそんな匂いが?と考えていたらまた

不機嫌な声がして、そちらに視線を向けると

あの方がベットに座り僕達を見ている。


「……和ちゃんは後ろに」


正座をすると雅さまは僕を身体で隠すように

前に座った、上役だから庇ってくれているの

だろう。


「なぁ、雅紀。今日の責任はどう取るつもり

だ?俺もこいつがここで働いているのを黙認

していたが、あっちの訓練を智にさせるなん

て許してない。お前は止める立場じゃないの

か?そして俺に連絡する義務は?」

「ごめんなさいっ!全部オレが悪いんです!

だから罰はオレだけに」

「お前だけ?無理だな」

「そ、そんなぁ~。和ちゃんはまだ子供なん

だよ、許してあげてよ」


雅さまは必死に庇ってくれる、だけど一番悪

いのは僕だから罰を受けるのは当然のこと。

覚悟は出来ている。


「僕はどんな罰でも受けます……」

「えっ!ダメだよ、和ちゃん!」


平伏し言うと雅さまの焦った声が聞こえた。

折角庇っていただいたのに、お気持ちを無駄

にして申し訳ないけれどけじめは必要だ。


「ほぅ、子供のくせに意外と肝が据わってい

るんだな。お前、和と言ったか頭を上げろ」

「はい…」


少しだけ臆したけれど逡巡せず頭を上げ正面

からお姿を見ると、かの人はベットの上で胡

座をかき片手で頬杖をついている。

身につけているのは乱入して来た時の洋服で

はなく寝巻き、旦那さまの着ていた浴衣を羽

織っていた。


だらしなくも胸元は大きく開き、そこから細

いが鍛えられた身体がのぞく。

ゾクリとする色香を放っていた。


「子供に言うのもなんだが……俺は智を心か

ら愛している。だから仕事だとしてもお前の

指南を許すわけにはいかなかった」

「はい…」

「だかな、この人はお前を弟のように可愛く

思い身を案じている……それに言い出したら聞

かない頑固者なんだ。だから今回だけは目を

瞑るつもりだ」

「えっ…」


僕は思ってもみなかった展開に驚き、目を見

張った。








To  be  continued








あ~、書き切れなかった

あ~、やる気がでない

彼のせいでモチベだだ下がり