お山の妄想のお話です。
朝から妙な胸騒ぎがあった。
胸騒ぎと言うより嫌な予感だ。
そう感じるのは滅多にない、きっと俺の大切
な華に関わる事だと直感した。
あの人が俺から離れていくような不安…
もしかして俺を欺き他の誰かと親密な関係に
なっているとでも?
……いや、そんなはずはない。
どんなに忙しくても週に一度は必ず彼の元を
訪れている、俺を迎える穏やかな笑顔は変わ
りないし房事を断られたこともない。
いつも優しく俺を包み込み癒してくれる。
それに彼は不器用だから隠し事なんて出来は
しない。というか、本人は隠しているつもり
だろうけど周囲にはバレてしまうんだ。
だから俺に内緒で陰間にするはずの少年を料
亭においているのも気付いていた。
何回か姿を見たこともある。容姿は整ってい
て人懐こそう、仕事をそつなくこなし仲居達
にも可愛がられているようだ。
本来なら雅や潤以外の男を近付けさせはしな
いがあれはまだまだ子供、華奢なあの人より
も細く力もないだろうから全く脅威は感じて
いなかった。
だから目を瞑っていたんだ……
しかし尋常でない胸のざわつきに急遽離れに
踏み込めば、愛しい人が件の子供を組み敷く
場面に直面するなんて!
許せない!俺以外の奴と契るなんて絶対に許
さない!
激しい怒りは少年に向いた。
俺の大切な華を誑かす奴はたとえ子供であろ
うと只では置かない、即座に置屋に移し仕置
きする、若しくはこのまま料亭の納屋に閉じ
込め折檻するか。
二度とこの人に色目を使わないように躾ない
といけない。
そう考え少年を捕らえるために手を伸ばすと
智が間に入り邪魔をする、媚びた目で俺を見
て乱暴するなと乞うんだ。
普段この人はそんな仕草をしない、この場を
誤魔化そうとしているのは明白だった。
それで俺の気持ちが鎮まるはずはない。
「誤魔化すな!悪いのは誰だ!」
俺の怒りが収まらないと分かると、智はころ
っと態度を変え面倒臭そうに経緯を話し、そ
の後に『とっとと帰れ』とぞんざいに言い放
った。
まるで自分に非は無いとでも言うような振る
舞いが腹にすえかね、矛先が智に移る。
細い身体を組み敷き鬱血の痕などが無いか確
かめるため寝間着を脱がせにかかると、当然
智は阻止しようと暴れた。
それを力で押さえつけ先ずは帯を引き抜いた
*
「止めろよっ!翔!!」
「黙れ!大人しくしろ!」
必死の抵抗を跳ね退け寝間着の合わせを大き
く開く、露になった白い肌には何の痕もなく
一先ず安堵した。
「言った通りだろっ!おいらはお前に顔向け
出来ないような事してねぇ!」
「本当か?あんたがあいつにしたかったとか
はないだろうな?」
「お前は馬鹿か!何にも知らねえ子供を手篭
めにしようなんて思うわけねぇだろ!それが
どれだけ忌まわしいことかおいらは身をもっ
て知ってるんだぞ!」
怒気を孕んだ声にハッとした。
智は陰間になる前、親の借金返済期限を伸ば
す条件として貸し主に犯された過去があるの
を思い出したんだ。
その話を聞かせてくれた時、この人は『貧乏
が悪いんだよ』と笑っていた。
しかし俺は幼い智の受けた傷を考えると腸が
煮えくり返る思いだった。
「これから仕事を始める和に恐怖や痛みを感
じる事なく、受け入れるための訓練をしてや
りたかっただけだ」
智にとっては少年への優しい気遣いなんだろ
う。気持ちは分からなくもない、でも。
「しかしそれはあんたの務めじゃない。置屋
にはそれ専門の奴がいる、そいつにさせれば
いいことだ。手解きをわざわざあんたがする
なんて、あの子をここに置くうちに情がわい
てしまったの?俺にずっと隠していたのはそ
のせいなのか?」
「違う!置屋じゃなく此処に置いたのは痩せ
すぎで心配だったからで、言わなかったのは
知れば騒いで煩いと分かっていたからだ!
お前が嫉妬深いのはおいらを好きすぎるから
だと知ってるけど、あんな子供との関係を疑
うか?おいらそんなに信用ねえのかよ!」
「信用してないわけじゃない、智が魅力的す
ぎるから心配なんだよ。あんたが拐われたり
したら俺は生きていけない」
「翔は大袈裟だな、おいらみたいな年増誰も
相手にしねえから安心しな」
「あんたは自分を全然理解してない、だから
心配なんだ!わかれよ!」
自分がどれだけ人を惹き付ける存在なのか、
どうしたらわかってくれるのか……
自覚し対処してくれるなら、こんなに俺がや
きもきすることもないのに。
智の言うことに嘘はないと思うけど、どうに
も遣る瀬ない。
そんな感情を察することもなく、智は億劫そ
うに俺を見上げた。
「はいはい、わかったよ善処します。だから
お前ももう妬いたりするなよ。これでこの話
は終いにしようぜ」
「わかったよ、俺の勘違いだったんだな」
「そうだ、馬鹿げた勘違い!お前の剣幕に和
が凄く怯えてたから謝っとけよな」
「謝れと?もとはあんたが色々と隠してたの
が原因だろ。先に俺に謝れよ」
あまりにも理不尽なので言い返すと、智は
『なんでおいらが…』と不満そうにしながら
も詫び言を述べた。
「おいらが悪かった、もう隠し事はしない」
「当然だ。指南はもうするな、そしてあの子
は置屋へ移せ」
「勝手なことを言うな!和はまだ此処に置く
し訓練もおいらが続ける!」
「まだそんな事を言うのか!あんた状況を理
解してるのかよ!」
「理解してるさ!でもな、おいらが指南する
って和と約束したんだから破るわけにはいか
ねえんだ」
「それについては俺からもあの子に詫びる、
だから止めろ」
「はぁ?アホか?おいらは和を弟みたいに思
ってるだけなのに、まだ疑ってるのかよ」
「疑ってはいない、ただあんたがあの子に触
れるのが嫌なだけだ。だってあんたは俺のも
のなんだから」
「料簡の狭い男だな!」
「ああ、あんたに関わることにはな」
「……お前がなんて言おうと、おいらはやる。
嘘つきになりたくねえし一度決めたことだか
ら。それに此処と茶屋の主はおいらだぞ、お
前にとやかく言われる筋合いはねえ」
「たしかに二つの店は智に任せた、だけどあ
んたは俺のものだ。道理はあるだろ」
お互いに譲れず睨み合いが続いた。
いつもは穏やかな双眸に怒りの色が見える、
きっと智は俺が嫉妬心から決め事を反故にさ
せようとしているのに気付いてるんだ。
大人気ないと言われても仕方がない、でも
俺以外が智に触るのも、智が他の奴に触れる
のも絶対に許容できない。
「あんたは俺のものだから勝手は許さない」
その言葉に智の怒りは更に深くなる。
「確かにお前の持ち物の一つだろうさ。
でもな、おいらは人間で意思がある。嫌な事
は嫌と言えるし言いなりにもならねぇ、身請
けされて此処に来た時にそうしろと言ったの
はお前じゃないか、忘れちまったのか?」
智を陰間茶屋から身請けした時、陰間と客の
ような上下関係でなく対等な立場でいて欲し
いと頼んだのは紛れもなく俺だった。
「忘れてない、だけど嫌なんだよ!」
「ふざけんな!自分勝手はお前だろ!ここは
お坊っちゃんの我儘が罷り通る場所じゃねぇ
んだよ!」
どすっという音と同時に腹に衝撃を受けた。
智に覆い被さっていた俺は脇へと蹴り飛ばさ
れたんだ。
「うっ……」
腹を押さえ蹲る俺を冷ややかな目で見ながら
智は乱れた寝間着を整えた、そして扉を指差
し言った。
「とっとと出て行け。頭を冷やして出直して
こい」
このまま出て行けば、智が和という少年へ施
す指南を認める事になってしまう…
俺は昔聞いた情事の後の睦言を思い出してい
た、それは指南とは何をするのかだ。
孔を数日かけて指で慣らし、最後は指南役の
モノを挿入して仕上げられるのだと、この人
は何の感慨もなく話していた。
智も指南役も陰間になるための訓練だと割り
切っていたから特別な感情なんて無かっただ
ろうけど、智に恋心を抱いているように見え
たあの少年はそうはいかないだろう。
その想いにこの人が気付き絆されでもしたら
俺から離れて行ってしまう……
寄り添い抱き合う二人を想像し、恐怖と怒り
がこみ上げた。
「頭を冷やせだと?出来るわけないだろ!」
俺は再び智へと掴みかかった。
To be continued
???振り出しに戻った?
進まぬ(T0T)