お山の妄想のお話しです。





旦那さまに御指南をお願いしてから幾日か過

ぎた。


訓練を始めると言われた日に旦那さまが仰っ

たのは脇と口をよく洗うことだった。

特に口の臭いは厳禁、お客をとるようになれ

ば食べてはいけないものもある。

おならの出やすいイモ類や臭いの元となる焼

き魚などは駄目だそうだ。


接客に対するルールの他に柘榴の皮で肌を擦

り白くすることなども教わった。

……他には自分で中を綺麗に出来るように練

習しろとも。

それらを習ったのは昼間、料亭の営業が始ま

る前の一時間程。


指導をお願いしてから何時慣らしが始まって

もいいようにしっかり心構えをしていたのに

そちらは全く始まる気配がなかった。


もしかしたら旦那さまは僕に触るのがお嫌な

のかな……とりわけ美しいわけでもないし、義

務だとしても気乗りしないのかも……


そう考えて気落ちしていたある日、とうとう

お話しがあった。



「和、そろそろ訓練を始めようと思うんだけ

ど……」


普段ゴロゴロして寛いでいる和室で、旦那さ

まは正座をし姿勢を正しておっしゃった。

僕はいよいよその時が来たのだと身を引き締

める。


「それでな、どんな事をされるのかわからな

いままじゃ怖いだろ?だから慣らしの段階を

話しておこうと思って」

「はい、お願いします」

「……最初は指だ。小指から入れてすんなり動

くようになったら次は薬指、中指と指を変え

ていく。指一本に慣れたら次は人差し指と中

指を同時に入れて出し入れをする」

「……はい」


そう聞きつい旦那さまの手に視線が向いてし

まった。長くて美しい指、それが僕の中に入

るのだと思うと意識してしまう。


「指に慣れたら、次は……アレだ」

「アレ?」

「男の象徴だ、それを日をおって少しずつ入

れて慣らしていくんだ。もちろん潤滑剤を使

うし傷つけないよう気をくばるから安心して

くれ」

「はい。旦那さまに全てお任せします」

「お、おう…」


僕に不安は一切ない、どちらかと言えば旦那

さまの方が戸惑っているようだった。


「…じゃあ、明日の晩から始める。仕事が終

わって湯を浴びたら寝室へ来てくれ」

「かしこまりました」


旦那さまに座礼をしてから部屋を辞す。

どうしてだろう明晩訓練が始まるというのに

恐怖心がない、それどころか『やっと』だと

少し喜びを感じたりした。


料亭に戻ると開店準備が始まっていて慌てて

手伝おうとすると雅さんに呼び止められた。

手招きされ廊下の隅へ行くと雅さまは真剣な

眼差しで訊いてきたんだ。


「訓練の事で呼ばれたんでしょ?大ちゃん何

て言ってた?」

「明晩から御指南頂けるようです」

「明日から始めるの……和ちゃんは何をされる

のかわかってる?」

「はい、旦那さまが教えてくださいました」

「そう……ね、和ちゃんは本当に大ちゃんで

いいの?きっとオレの方が上手に出来るよ。

絶対に痛くしないし怪我もさせないから指南

役はオレに変えなよ」

「えっ?!雅さまに?」

「うん。断りづらいならオレから大ちゃんに

言うから」


突然そう言われ、驚き疑問が湧いた。

僕が旦那さまにお願いした場に雅さまもいら

したのに今頃何故そんな事を言うのか。


「僕の方からお願いしましたし御断りするな

んて考えていません」

「でもっ…でもさ……最後は大ちゃんのがキミ

に入っちゃうんだよ」

「そうですね」

「いいの?それで本当にいいの?」


何故か必死な表情で雅さまが詰め寄って来て

少し怖い。でも、ここは誤解が無いように言

っておかなければいけないと思う。


「かまいません、旦那さまにして頂けるだけ

で幸せです」


これは本心だ。

だって他の陰間達はそれを仕事にする人に仕

込まれるのに、僕はお慕いする方にしてもら

えるんだから。


「大ちゃんがこの店で一番偉いから頼んだん

でしょ?」

「違います……旦那さまになら何をされてもい

いと思ったからです」

「それって…どういうこと?」

「恐れ多いことですが、僕は旦那さまをお慕

いしています……」

「えっ!駄目だよ!大ちゃんには坊ちゃんが

いるんだから!」

「これは僕の一方的な気持ち……胸に秘め外

に出すつもりはありません」

「それじゃ尚更ダメだよ。叶わない想いなん

て辛すぎる。ね、やっぱりオレがするよ。

その方が和ちゃんもオレも幸せになれる」


雅さまは僕の手を握り言うけど、その言葉の

意味が理解できない。どうして僕と雅さまが

幸せになるのだろう?


 もしかして坊ちゃんにバレた時の事を心配し

ているのかな……

僕は勿論、知っていて黙っていた雅さまにも

お咎めが下るから?


でも僕はこれからのままならない人生の中で

安らげる想い出が欲しい、だからどんなお咎

めが下ろうと旦那さまにして欲しいんだ。


「申し訳ございませんが僕は旦那さまにして

もらいます」


はっきりと雅さまに言いお辞儀をしてから踵

を返す。


「和ちゃん……」


背後から悲しそうな声がしたけど振り返らず

に調理場へと手伝いに向かった。



料亭での仕事が終わり、お風呂で身体と口そ

して中を綺麗にしてから離れの旦那さまの寝

室へとやって来た。


「それじゃ……始める?」


広いベットの上で正座で待っていると、旦那

さまが持て余し気味に言う。

慣らしは初めてだと言っていたから僕の扱い

に困っているのかな。


「はい。よろしくお願いします」


僕は覚悟を決めていたので訓練を始めて欲し

いとお願いしすると、旦那さまは頷いて指に

何かを塗り始めた。


「これは脂薬だよ。指が滑るようにする潤滑

油なんだ」


たっぷりと薬を小指につけた旦那さまは、暫

くの間それを見つめてから意を決したように

顔を上げた。


「和、俯せに寝て尻を出せ」

「…はい」


言われた通りベットに俯せ着物を捲り尻を出

した、するとそこに視線を感じて恥ずかしく

なる。


「もう少し広げて…」


内腿を軽く押されて足を開くように促され、

指示に従うと割れ目が開き奥が露になる。

顔を伏せ恥部を見られる恥ずかしさに耐えて

いると、そっとそこに旦那さまの指が触れた


「力を抜いて、辛くても我慢してくれ」

「はい」


クッと指に力が入り爪先が少し中に入ってく

るのを感じる。


『始まる…』


これから陰間としての生活が始まる…

それは悲しい事かもしれない、でも旦那さま

に訓練してもらえるのは幸運なんだ。

だから辛くても我慢する、どんな事も我慢出

来る。


「もう少し入れるぞ?」

「はい…大丈夫です…」


僅に指が進んだのを感じた、脂薬のおかげか

痛みは然程無いけれど違和感が酷い。

苦しさに呼吸が浅くなった。


「ホントに平気か?少し休む?」

「い、いえ…続けてください」


気付いた旦那さまは指を抜こうとしたけれど

それを止め続けてくれるよう頼んだ。

まだ小指、序ノ口でお手を煩わせるわけには

いかない。


「わかった、このまま続ける」

「お願いします……」


そして指が更に少し進んだ時、ドカドカと大

きな足音が廊下に響いた。


「な、なんだ?!」


音はどんどん近付いて来て驚いた旦那さまは

咄嗟に指を引き抜いた。

その直後乱暴に扉が開かれ一人の男が凄い勢

いで寝室へ飛び込んで来たんだ。


「  !! 」


そいつはベットの上の僕たちを見ると殺気立

ち、鬼のような形相で詰め寄り旦那さまの腕

を掴んだ。

旦那さまはその男を確認した時から硬直した

ように動きを止めたまま。


「あんた何をやってんだ!」


男は怒鳴り掴んだ腕を加減せずに引っ張って

旦那さまをベットの端へと投げ飛ばし、憤怒

の表情で僕を睨みつける。


僕はその激しさに身を竦ませた。

暴漢のような男だけどその面は気品があり美

しく、怒りに燃えた瞳には殺意がこもってい

るようでとても恐ろしかった。


「お前は何故ここにいる?」


凍るような冷たい声で問われ、恐怖で言葉が

出ない。


「あのひとと何をしてたんだ?」

「あ…」


震えながら口を開いた時、僕と暴漢の間に旦

那さまが割って入った。


「翔!よせよ!こいつは悪くない!」

「はあ?ならあんたが悪いのか?こんな子供

にうつつを抜かしたのか?」

「違う!おいらは和に陰間になる訓練をして

たんだ!」

「訓練?指南してたってことか」

「そうだ、大事な訓練だ」

「大事なのはわかっているが、それはあんた

の仕事じゃないだろ!置屋で教える事だ」

「本来ならそうだけど色々と事情があったん

だよ」


旦那さまはそっと美しい暴漢の手を取り、媚

びるような声で続けた。


「だからそんなに怒るなよ……翔の怖い顔な

んておいら嫌いだ」


見上げる瞳はしおらしくうるうると濡れてい

る、しかし暴漢は怒りを収めようとしない。


「こんな顔にしたのはあんただろ!誤魔化す

な、悪いのは誰なんだ」

「これを悪いとは思ってねぇけど和のことを

翔に言わなかったのはおいらがいけなかった

よ、すまなかったな。謝ったんだからもうい

いだろ、お前はとっとと帰れよ」


色仕掛けが失敗した旦那さまはポイッと握っ

いた手を放ると不貞腐れた態度をとる。

その姿は暴漢の逆凛に触れたようで、旦那さ

まに掴み掛かると乱暴にベットに押し倒した


「うわっ!何すんだよ!」

「悪いのはあんたなんだろ?だったらお仕置

きが必要だ、躾直さなきゃな」

「ちょっ一寸待てよ!お仕置きってなに!」

「あんたが誰のものか身体に教え直す、二度

とこんな事が起こらないようにな」

「げっ!冗談じゃねー!」


暴漢は暴れる旦那さまを組み伏せ動きを封じ

て着物を脱がしにかかる。

僕は怯え震えて見ているだけだった、でも旦

那さまの嫌がる声を聞きお助けしなければと

思ったんだ。


「お止め下さい!旦那さまは悪くありません

僕が全部悪いんです、ですからどうか旦那さ

まをお離し下さい!」


勇気を振り絞り暴漢に縋って訴えたけど直ぐ

に振り払われてしまった。


「うるさい!お前は出ていけ!」

「でもっ」


尚も止めようとする僕を誰かが後ろから抱え

ベットから離される。

突然の事に狼狽え誰なのかと背後を見上げる

とそれは雅さまだった。


「雅、そいつをさっさと部屋から出せ」

「わかったよ坊ちゃん、でも大ちゃんをあん

まり虐めないでよ!」

「黙れ!これは虐めじゃない躾だ!それから

お前もそいつの事を報告しなかったから後で

処罰するからな!」

「オレはどんな罰も受けるけど、この子だけ

は許してあげて」

「うるさい!お前達の事は後で考える、とに

かくこの部屋から早く出て行け!」


激しい剣幕で怒鳴られ雅さまは『ひゃ~っ』

と悲鳴を上げながら、僕を抱えたまま寝室か

ら脱兎のごとく逃げ出した。

最後に僕が見たのは、馬乗りになった男が旦

那さまの寝巻きの帯を投げ捨てる場面…


「旦那さまっ!旦那さまぁ!」


遠退く寝室に向け大きな声で旦那さまを呼ん

だけど、反応が返って来ることはついに無か

った。







To  be  continued










ね、お山でしょw

やっと登場!