お山の妄想のお話です。
今晩も仕事が終ったのは21時過ぎ。
激務に追われクタクタの身体に鞭を打ちつつ
向かうのは24hのスーパーマーケット。
この時間に行けば惣菜などがかなり安くなっ
ていて、独り身で料理ができない俺は重宝し
ているんだ。
スーパーの入口でカゴを持ち野菜売場を素通
りし向かうのは鮮魚コーナー。
勿論魚なんて捌けないし調理もしないから目
的は刺身と寿司。
遅い時間に来るから選り取り見取りとはいか
ないけど、それなりに食べたい物は見つかる
今日はマグロが残っていてラッキーだ。
でも値引きシールが貼られていない、おかし
いなと思い周りを見渡すと惣菜コーナーの方
からゆっくりと歩いて来る青いエプロン姿の
男性を見つけた。
「智くん!」
「おー、翔くん。お疲れ~」
値引きシールを持つ手を振りながら近づいて
くるのは顔馴染みの店員さん。
一年前にこの店に初めて来た時からの付き合
いになる。
その時は値引きの事を知らなくて好物の貝を
持ちカゴに入れようとした時に『お客さん、
ちょっと待って』と声をかけられた。
そして何事かと立ち止まるとポンとパッケー
ジに半額のシールを貼ってくれたんだ。
『間に合って良かった~、今から値引き時間
なんだ。数分差で定価なんて損だろ』
その時のホニャリとした優しい笑顔が忘れら
れなくて、ここに通うようになった。
つまりは利便生と智君に会うために、この時
間に店に来るんだ。
「ごめんな、惣菜の方先にやってたんだ。お
っ?今日はマグロ?」
「うん、これをあてに一杯やろうと思って」
「飲むの?珍しいね」
「明日は久し振りに休みだから」
「じゃあ骨休めだね。ほい、半額!」
「ふふっ、ありがと」
ポンと貼られたシールと癒しの笑顔。
それだけで1日の疲れが取れるようだ。
「おいらも明日は休みなんだ」
「えっ?!本当?」
「うん。ここの店長、誕生日は休みにしてく
れんの」
「明日誕生日なの?!」
「そうなの、もうすぐ三十路。だからコレ」
言いながらエプロンの胸の辺りを指差す、そ
こには70%引きのシールが貼ってあった。
「70%?」
「そー、おいらもう70%引きなの」
「どーいう意味?!」
「売れ残りだからさ、店長に貼られた」
「??売れ残り??」
意味がわからなくて首を傾げると、智君は恥
ずかしそうにする。
「鮮度も落ちて賞味期限も近いからって」
「商品の話し?」
「違う、おいらのこと」
「???」
「モテる翔くんにはわかんねーだろうな」
そう言い苦笑いをしたところで他のお客から
値引きの催促が入って智君は仕事に戻ってし
まった。
どうしても値引きシールを貼られた理由が知
りたくて暫く待っていたけど、智君は他のお
客の対応に忙しそうだったからその場を離れた。
智君がバックヤードに入る前にもう一度話を
訊こうと考えて、惣菜コーナーを物色しなが
ら様子を見ることにしたんだ。
惣菜コーナーで唐揚げを眺めていると、もう
一人の顔馴染みの店員が声を掛けてきた。
「お疲れ!翔ちゃん」
ニコニコ愛想が良いのは惣菜担当の相葉君。
「今日は唐揚げが結構残ってるんだね」
「そうなの、ちょっと揚げすぎちゃった。残
ると店長に怒られちゃうから沢山買ってよ」
「一人暮らしだから、そんなにいらないよ」
「明日まで大丈夫だから!」
「続けて食べるのは飽きるし」
「じゃーさ、彼女にアレンジしてもらえばい
いじゃん!」
「彼女なんていないから、無理」
「ええっ!いないの?!嘘でしょ!」
「嘘じゃない、仕事が忙しくて作る暇もない
からな」
それに密かに想いを寄せる人もいる。
詮索されるのが嫌だからこれは言わないでお
くけどね。
「翔ちゃんイケメンだから絶対綺麗な彼女が
いるはずだって皆で話してたの。そっか、い
ないんだ……じゃあ、大ちゃんにもチャンスあ
るかも…」
「大ちゃん?智君のこと?」
「あ、うん。そう…」
こっちでも意味不明な台詞が飛び出した、俺
に彼女がいないのと智君とどんな関係がある
というのか。
「チャンスって何のこと?」
「えっ?う~ん、オレの口からは言えないの
ごめんね」
「何だよそれ?意味がわかんねー」
「ごめ~ん。でも、大ちゃんに言えばわかる
と思うよ」
「智君に?」
「そう。もしかしたら値引きシール取れるか
もしれないし」
値引きシールの意味を相葉君は知っているよ
うだった。
「あのシール、どういう意味なの?」
「あれはね店長のおふざけなんだ。大ちゃん
にずっと恋人がいないから、値段というかハ
ードルを落として誰かに貰ってもらおうって
去年は半額シールだったけど、今年は三十路
直前だからって70%にされちゃった」
「ちょっと待って!智君付き合ってる人いな
いの?!」
「ここ数年いないみたい」
「マジで?!」
俺は唐揚げを放り投げ相葉君に詰め寄った、
彼の言葉が本当なら俺の想いは届くかもしれ
ない。実は初めて会ったあの日から、ずっと
智君を想っていたんだ。
だけど俺はたまに店を訪れる客でしかないし
智君は素敵な人だから絶対に付き合ってる人
がいると思って想いを胸にしまっていた。
でもフリーなら、もしかして!!
「ちょっと落ち着いてよ。急にどうしたの」
「智君明日休みって言ってたけど、予定とか
あるのかな?!」
「そんなの本人に訊いてよ~。あ、でも夕方
からパーティーがあるはず」
「パーティーって?バースデーパーティー?
俺も参加出来るかな?!」
「だから~落ち着いてってぇ!何で興奮して
んのっ!つか、バースデーパーティーじゃな
いよ。お見合いパーティー!」
「おっ、お見合いパーティー!なんでっ!」
「彼女が出来るようにって、店長からのプレ
ゼント。大ちゃんは嫌だって言ったんだけど
店長が行かないなら会費返せなんて無茶言う
から仕方無く行くみたい」
「それ、パワハラだろっ!訴えてやる」
「やめてよ~、二人は凄く仲良しだから大ち
ゃんが悲しむよ~」
「だったらどうすりゃいいんだ?!」
相葉君の胸ぐらを掴み揺すっていると背後か
ら冷たい声がした。
「従業員に乱暴はやめて下さい、警察呼びま
すよ?」
「ニノちゃ~ん、助けて(/≧◇≦\)」
「店長と呼べ」
振り返ると、そこには小柄な男性がいた。
初対面だけど胸のプレートと本人の言葉で店
長だとわかった。
相葉君の言ったことが本当なら、店長と話を
つけるのが最善だろう。
「あなたが店長?」
「そうですが、何か?」
「智君のお見合いパーティー参加を無しにし
て下さい」
「どうして?お客様には関係無いことでしょ
う?それにもう高い会費払ってあるし」
「関係はあります!明日の誕生日は俺が祝っ
てあげたいから!」
「あなたが?大野とはどういう関係です?」
「今は……まだ店員と客ですが…」
「やはり関係無いでしょ」
「あります!今から俺と付き合って下さいと
告白しますから!」
「告白?あんた誰よ?」
勢いづいて言う俺を店長は冷たい目で見た、
悪巫山戯だと思われたのかもしれない。
「店長!この人が噂の翔ちゃんだよっ!」
「……翔ちゃん?智の言う翔くんって奴か」
「そうなのっ!ねー、今の台詞だと大ちゃん
と翔ちゃんってムフフなんじゃない!お目出
度いことだよ」
ムフフ……?
何のことやら分からないけど、名前に聞き覚
えのあるらしい店長は品定めでもするように
俺をジロジロと見てきた。
「あんたが……確かにあいつ好みのイケメン
だな。あんたさっきの言葉は本気か?交際を
申し込むっての」
「本気です。断られても諦めません。だから
お見合いパーティーはキャンセルさせて下さ
い。かかった費用は俺が払いますから」
たとえ告白を断られても諦めない、それなら
まずは友達として誕生日を祝うつもりだ。
「会費返してくれるなら、キャンセルでかま
わないよ」
「ありがとう、金額を教えて」
「後でいい。それより今丁度お客がいなくて
あいつ一人きりだけど」
「翔ちゃんチャンスだよっ!」
鮮魚コーナーを見ると本当に智君一人で絶好
のチャンスだった。
「まだ就業中だけど、いいの?」
店長に確認すると、さっさと行けとばかりに
顎をしゃくられる。
俺はカゴの持ち手をギュッと握り、固い決意
を持って智君へと向かった。
「さ、智君」
「あれ?何か買い忘れ?」
「買い忘れじゃなくて、あなたに話したいこ
とがあって」
「おいらに?」
「うん。明日の誕生日、俺に祝わせてくれま
せんか?」
「えっ……でもおいら明日は…」
「お見合いパーティーはキャンセルになった
よ。店長と話しはついてるから安心して」
「何で?!」
「俺があなたをお見合いパーティーになんて
行かせたくないから」
「えええっ?!何で?!」
「あなたが好きだから。俺と付き合ってくれ
ませんか?」
カゴを床に置き智君の手にそっと触れながら
告白すると、綺麗な瞳が見開かれた。
「それ、本気?」
「本気、ずっと好きだった」
「だって、彼女とか……」
「いないよ。俺も今まであなたには付き合っ
ている人がいると思い込んでいて告白を諦め
てたんだ、でも相葉君からその値引きシール
の意味を聞いて覚悟を決めた。もし駄目でも
友達からでいい、一緒にいたい」
「………翔くん…」
ポトリと値引きシールが床に落ちた、そして
智君が俺の手を握り返してきたんだ。
「ありがとう……おいらもずっと翔くんが好き
だったんだ。それこそ初めて会った日から」
「俺もだよ!」
互いに一目惚れだったみたい、なのに今まで
思い込みから想いが通じ合わなかった。
遠回りをしてしまったけど結ばれることがで
きてよかった。
「でも、本当にいいの?おいら賞味期限ギリ
ギリの70%引きだよ?翔くんにはもっとピチ
ピチの娘の方が……」
やっと両想いになったのにそんな事を言い始
めるから、俺は智君のエプロンについた値引
きシールを引き剥がした。
「智君は賞味期限ギリギリなんかじゃない!
今が旬の甘いフルーツみたいだ」
本当だよ、何時も甘い匂いを感じてなんだ。
「やめてよ、凄い恥ずかしい」
照れた智君の顔は朱色に染まっていて、マジ
で熟れた甘い果実のようだった。
*
それから俺達は付き合い出し、数ヶ月後ひと
つに繋がる事ができた。
智君が賞味期限ギリギリの70%なんて大きな
間違いで、新鮮で甘い恋人を美味しく頂きま
した♡
おわり