お山の妄想のお話です。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
狼男の絶叫が会場に響き渡る
俺は彼の手を見て身体が震えた。
狼男が出したのは『パー』
俺はチョキ………
勝った………
俺が勝ったんだ!!
「勝者はぬりかべ!優勝はぬりかべだ!」
松本の言葉に、固唾を呑み勝負を見守ってい
た外野が一斉に騒ぎ出す。
『やったな!おめでとう!』という祝福や
『くそーっ、ぬりかべが優勝なんて…呪…』な
どと呪詛めいた言葉、『残念だったな』
『泣くなよ~』なんて狼男を慰めるものもあ
った。
「ぬりかべと狼男はステージに上がれ」
ステージに招かれて段差を登ろうとしたが衣
装がかさばりバランスを崩した、するとさっ
きまで失意に項垂れていた狼男が支えてくれ
たんだ。
「大丈夫?気をつけてね」
憎いだろう俺にさえ親切に手を差し伸べる狼
男はとても良い奴なのだろう。
こいつの夢を奪ってしまった事を少しだけ済
まなく思った。
ステージに上がると大宮が並んで立っていて
俺は二人の前に誘導された。
「優勝したぬりかべには大宮SKに願いを叶え
てもらう権利が与えられる。誰に何を頼むの
か言ってくれ」
言ってくれ、だと?!
そう言われても声を出すことはできない。
やっとここまで辿り着いたのにバレでもした
資格を剥奪されかねない。
しかしここで黙っていたら怪しまれる…
どちらにしても危機的状況た。
「どうした?恥ずかしいのか?」
見当違いなことを言う松本に俺は手で✕を作
り違うと表現した。
恥ずかしくはない、本当ならすぐにでも大野
君と話したいくらいなんだ。
でも皆に部外者だとバレるのも困る。
ぬりかべの正体を知って欲しいのは大野君だけ、他には秘密のままにしたい。
勝つことばかりを優先して、その後どうする
かを考えていなかったなんて迂闊すぎる。
せめて俺の願いを聞いてもらう人物だけは確
定しておきたかったから、無言のまま大野君
を指差した。
「ん?タカか?タカコに願いを言うのか?」
それにOKサインを出す。
すると大野君は笑顔で俺に近づいてきた。
「恥ずかしがり屋のぬりかべさん、お願いを
皆に聞かれたくないのね?じゃあ、こっそり
タカコにだけ教えて♡」
俺の目の前まで来ると、耳に手をあて可愛い
仕草で訊いてくる。
大野君がこんなに近くにいるのは久し振りで
ドキドキした。
「………二人で会って欲しい……です」
彼にだけ聞こえるくらいの小さな声で言う。
「それって、デートってこと?」
「デートと言うか……」
緊張して声が上擦ったせいか、大野君は俺だ
と気付いていないようだ。
「ね?もう少し大きな声で言ってくれる?
よく聞こえないよ」
ぐいっとさらに体を寄せてくるから思わず抱
きしめてしまいそうになった。
それを堪えて身を引くと大野君はキョトンと
してから、楽しそうに『んふふ』と笑う。
「本当に恥ずかしがり屋さんなんだね。
いいよ、デートしよう。だけどこのままじゃ
君が誰かわからないよ、タカコにだけ顔を見
せてくれる?」
大野君にだけ顔を見せるにはどうするか考え
て、衣装の裾を少しだけ捲る。そこから中を
覗いてくれとの意図だ。
それが通じたらしく、彼はしゃがむと下から
衣装の中を覗いてきた。
面白そうに見上げて来た瞳が、俺を映すと驚
愕に見開かれる。
当然だ、寮にいるはずのない人間がいるのだ
から。
「大野君…」
「 ! 」
名前を呼ぶと自失状態から我に返り、俺から
離れようとした。
ここで逃がしたら本当におしまいだと直感し
たので、衣装を限界まで広げ大野君にも被せ
るようにして屈み込んだ。
幅がある衣装も二人入ればギュウギュウだ。
俺と大野君は今までに無い程に密着していて
綺麗な顔はすぐにでもキスできそうなくらい
間近にある。
ああ、キスしたいな…なんて思いながら見惚
れていると、突然大野君が踠きだして中から
出ようとする。
それを必死に押さえながら俺は彼に話した。
「大野君お願いだ、話を聞いてっ」
「離して!なんで櫻井くんがここにいるの」
「大野君に会いたかったからだよ」
「俺は放っておいてって言った、会いたくな
かったんだ」
「あなたをずっと傷つけていた事を謝りたか
った、本当にごめんなさい!」
「櫻井くんが謝ることないでしょ!俺が勝手
に恋して勝手に失恋したんだから」
「違うよ、俺は謝らなきゃいけないんだ」
「わけわかんない!もう放っておいて!忘れ
させてよ」
「忘れるなんて言わないで」
「どうして!辛いんだよ」
自分のせいだと言うのに、苦しそうな大野君
がとても痛々しくて思わず抱き締めた。
「やめろっ!離せよ!」
「ごめん、ごめんね、俺のせいだ」
「離せってぇ」
「嫌だよ、俺……やっと自分の気持ちに気が付
いたんだから」
「そんなの俺には関係ないだろっ」
「あるよ……だって、俺大野君が好きなんだ」
告白すると大野君の動きがピタリと止まる、
俺の言葉が届いた?
「俺が馬鹿だった。ずっと心のどこかで認め
たくなかったんだ、でも大野君と会えなくな
ってやっと気が付いた……」
「………………………………………どの俺?」
「えっ!?」
「櫻井くんはどの俺が好きなの?」
急に大野君の声が低く怒気を孕んだものに変
わる、俺には彼の怒りの見当がつかない。
「どの俺って…?」
「櫻井くんは女の子が好きだったよね、俺は
男だよ?」
「そうだね、それでも大野君が好きだ」
「嘘つき!」
今まで聞いたことのない大きな声だった。
狭い衣装の中で凄く近くにいたから尚更そう
感じたのかもしれない。
「嘘じゃないよ、本当なんだ…」
今までの俺の態度からでは信じてもらえなく
て当前かもしれない。
でも、信じて欲しい……
土下座をして謝れば今までの事を許し俺の言
葉を信じてくれるだろうか。
何にしても、ここではない静かな場所で二人
で話したい。
場所を移して話そうと言おうとした時、目の
前から大野君の姿が消えた。
それと同時にぬりかべの衣装が捲れ上がって
何が起きたのか状況がわかった。
「 !! 」
どうやら大野君の大きな声に異常を感じたユ
ーコが外側から引っ張りだしたようだ。
抱き抱えられる大野君と驚いた顔でこっちを
見る松本と狼男。
ユーコは俺を見て怒りに眉を吊り上げた。
「お前っ、何でここに…」
怒気を含んだ呟き、目は憎しみの炎が燃えて
いる。大野君を大事に想う彼にとって俺は悪
人でしかないんだ。
……………ああ、ここで終わりか
もうすぐ俺はここから、この寮から追い出さ
れる……結局何も出来ないままに…
大切な人から拒絶されたまま…
これまで大野君に会うために我武者羅に進ん
で来た終着がココ…
結局何も伝えられずに終わるのか…
俺の胸に悲愴感が漂った。
「あ~!タカコちゃんとぬりかべ、デートの
コースで対立ぅぅぅぅ!!」
「イチャイチャしてたのに、いきなり喧嘩か
あ?」
突然大声を出す狼男と松本。
何事かと周囲も騒ぎ出した
もしかして二人は場を取り繕ってくれている
のか?
「とりあえずタカコとぬりかべは別室で話せ
そして話が纏まったら戻ってこい。
次は準優勝の狼男の願いだ。狼男はユーコへ
のお願いでいいんだよな?」
「うんっ!オレ、ユーコちゃんともう一度デ
ートしたい!いいよね!」
「またかよ」
何でもなかったかのように振る舞う二人、や
はりこの場を誤魔化そうとしてくれているよ
うだ。
しかしユーコは俺を睨んだまま。
「………智、あいつをどうしたい?」
ユーコの問いかけが聞こえた、大野君は俯い
たまま黙っている。
「皆に正体をバラして寮から叩き出すか?」
衣装が捲れた時、皆に背を向けていたので身
バレはしていない。
でもバラされたらここから追い出されるのは
確実、袋叩きにされる可能性もないとは言え
ない。
部外者が忍び込んで寮のアイドルに悪さをし
たとなったらガチ勢が黙っていないだろう。
それが今までの行いのツケだとしたら甘んじ
て受け入れる。
それで大野君の気が済むなら……
「…………皆には知らせないで。大事にはした
くない」
「じゃあどうする?」
「決着をつける……、二人で話し合う」
「一人で大丈夫か?」
「平気だよ、片想いのケリをつけてくる」
大野君はそうユーコに言ってから、強い視線
を俺に向けた。
おこ?