お山の妄想のお話です。





『ずっと音信不通でごめんなさい、色々と考

える事があって連絡するのを控えてました。

今日教室に来てくれたんだね、寮に帰ってか

ら友達に聞いて驚いたよ。

翔くんは優しいから俺を心配して来てくれた

んだね、ありがとう嬉しかった。

でも、もう来ないで下さい。

自分の都合ばかり押し付けて悪いと思ってい

るけど、整理したい事があるので今は放って

おいて欲しいです。

俺の中で問題が解決したら連絡しますが、そ

の時の事は翔くんが決めて下さい。

俺と会ってくれる気持ちが残っていたら嬉しい、今度こそ良い友達になれると思います。

もう会わないというならスルーでかまいません。

受験勉強で大変な時期に煩わしくしてごめん

なさい。俺の事なんて忘れてくれてかまわな

いから勉強頑張ってね』






「………………………………………はぁ」


昨晩届いたメール。

待ちに待った大野君からのメールだった、な

のに読んだら絶望しかなかった。

何回読み返しても文面が変わる筈もなく気持

ちもどんどん落ちていく。





昼休み大野君から拒絶される恐怖に慄き自分

の教室に逃げ帰った。

そして自分の席に突っ伏し頭を抱えたんだ。


今まで大野君を苦しめ傷つけていた事を第三

者から指摘されやっと気付くなんて……

自己中な考えで彼を〖普通〗に戻そうなんて

モラルのない行いをしてきたんだ、連絡が無

く会ってもらえなくても当たり前だ。


嫌われた……

もう前みたいな付き合いは出来ないのか

楽しかった日々は戻らない

あの笑顔を見ることは永遠にないのかも


そんな思いが頭の中に渦巻いて、悲しみや自

分自身への怒りでどうにかなりそうだった。

気を抜けば誰彼構わず八つ当たりしそう、そ

んな凶悪な負のオーラを纏う俺に誰もが近付

くのを躊躇していた。

そんな中、柔道部のアイツだけは平然と俺に

声を掛けて来たんだ。


「櫻井、お前何だか物騒な感じだな」

「…お前には関係無えだろ…俺に構うな」


ドスを利かせて言ったけど相手は全く動じな

い、さずが歴戦の猛者だ。


「そうは言ってもな、お前がピリピリしてる

からクラスの奴らがビビってんだよ。こんな

雰囲気じゃ楽しい昼休みがパーになっちまう

だろ」

「そんなの俺は知らねえし」

「まあまあ、そう言うな。何か悩みでもある

のか?だったら話してみろよ微力ながら力に

なるぜ」

「微力?役に立たん」

「厳しいな。お前の悩みの解決は無理でも、

糸口くらいなら見つかるかもしれんぞ?」

「………糸口か…」


答えは自身で出すべきだ。

けれど感情が渦巻き思考能力が低下している

今は他人がくれる些細なヒントでも突破口に

繋がるかもしれない。

俺は大野君の個人情報を伏せてざっくりとこ

れまでのことを話した。


「…俺は自分では気付かずに友人をずっと傷

つけていたようなんだ。突然連絡が来なくな

って心配で教室を訪ねてみて彼のクラスメイ

トの言葉でそれがわかった。彼に会うことも

拒まれて謝ることすらできない…」

「ほぅ、で?お前はどうしたいんだ」

「……会いたいよ、大切な人だから。会って

謝りたい」

「許されなくてもか?」

「許してくれるまで謝り続ける、関係を終わ

らせたくないから」

「何だよ、もう答えは出てるじゃないか。挫

けず謝りに行けよ」

「それが出来ないんだよ!会わせてもらえな

いんだから」


何度行ってもきっと〖相棒〗と〖松本〗に追

い返されるのは目に見えている。

彼らのディフェンスは完璧だろう。


「会わせてもらえん?て、櫻井は誰に頼んで

るんだ?取り次ぎなんてせずに直接本人に会

えば済むことだろ」

「全然知り合いのいないクラスだぞ?簡単に

入って行けないだろ」

「そうか?俺は平気だが」

「俺はお前みたいな鉄面皮じゃないからな」


領域と言うものが存在するから、ズケズケと

他所に入っては行けない。余所者を快く思わ

ない奴もいるだろうし、大野君に迷惑がかか

るかもしれない。


「お前ビビってるんだ」

「は?!ビビってねえし。最低限の礼儀だ」

「職員室や上級生のクラスとかでもねーのに

そんなの要らないだろ。それに今、そんなこ

とを気にしてる場合か?」

「………」


柔道部の言葉は尤もで本来なら大野君に会う

のに誰の許可もいらない。

俺は自分から行く勇気が無い臆病者だったん

だ………


「謝りたいなら何回でも行けよ、誠意を見せ

てこい。ビビって出来ないならお前の思いは

その程度ってこと、言うほど大切じゃないん

だろ」

「大切だよ!あの人を失いたくない!」


そう、絶対に失いたくない。

だったら何回でも行けばいいんだ。

会ってもらえるまで何度でも。

目から鱗が落ちるとはこのこと、答えなんて

簡単だった。


「今から行ってくる!」


善は急げだと勢いよく席を立ち、廊下へ駆け

出そうとした時予鈴が鳴った。

授業開始まで5分しかないが気にせず教室を

出ようとする俺を柔道部が止める。


「待て櫻井!もう5限が始まるぞ!」

「授業なんかどうでもいい!あの人に会う方

が重要だ!」

「待て待て待てっ!受験を控えてのサボりは

内申がヤバイ」

「一回フケたくらいどうってこと無い!」

「馬鹿野郎!お前はいいかもしれんが相手は

どうなんだ?!」

「 あ……」


そうだ、俺は良くても大野君はわからない。

俺が凸して授業をサボらせ、それで内申が悪

くなったりしたら大変だ。


「短い休み時間に行くよりHR終わりに行った

方が相手のために良いぞ」

「……そうだな」


自分のことばかりで相手の都合を考えない。

こんな傲慢さが大野君を傷付けていたんだ…

席に戻り俺は深く反省した、そして放課後す

ぐに大野君のクラスへと行くことに決めた。


*


HRが終ると同時に大野君の教室に向かいダッ

シュする。

距離はあったが元サッカー部の走りで通常の

半分程の時間で移動できたと思う。


目的地に着くとドアは閉まっていて廊下に出

ている生徒もいないから、まだ彼は中にいる

と思った。

教室の中は生徒が歩き回りざわざわしている

ので教師もいないばずだ、俺は後ろのドアを

開けると昼間見た大野君の席へと向かう。


突然の見慣れない生徒の乱入に教室内は静ま

り、皆の視線は俺に注がれる。

それに怯むこと無く進んだのに、そこには大

野君の姿はなかった。


「えっ?………大野君……」


無人の席を前に其れまでの勢いが嘘のように

立ち竦む。

まさか、もう帰った?廊下には誰もいなかっ

たのに?

不測の事態に机の前で固まっていると、近く

にいた生徒が話しかけてきた。


「あんた大野に用事があったのか?」

「あ、ああ。大野君はどこに?」

「あいつならもう帰ったよ」

「でも、廊下には誰も…」

「いないよ、あいつら何時も速攻で帰るから

な。何たって先生と一緒に教室出るんだぜ。

なんなら、先生が話し終わると同時にいなく

なるくらいだ」

「そーそー、二宮と大野は帰るのだけは速い

んだよな」


周りの生徒が呆れたように笑いながら口々に

言う。


「大野君は寮に帰ったの?それとも何処か行

く場所がある?」

「あいつらは寮に直帰さ」


それが分かればもうここに用はない。

『騒がせて悪かった』と詫びを入れ、再びダ

ッシュで自分の教室へと戻った。


教室に着くと机に置いたままだった鞄を持ち

辺りを見回す。

黒板の前で談笑する数人の中に柔道部を見つ

け駆け寄った。


「お前寮に帰るんだよな?」

「そりゃあ帰るさ、寮生だからな。つーか、

お前もう話し終わったのか?しっかり謝って

許してもらった?」

「いや、もう帰ってた」

「そうか残念だったな、明日頑張れ」

「明日じゃ遅いんだ、だから俺を寮まで案内

してくれ」

「寮へ?そいつ寮生なのか?」

「ああ」


学校に居ないなら寮まで会いに行く、それが

当然だと考えた。

だけど俺は寮へ入る術を知らないから寮生の

柔道部に案内を頼んだんだ。

しかし快く引き受けてくれると思っていた柔

道部は困ったように眉を下げた。


「悪いがそれはできん。寮は部外者立ち入り

禁止なんだ」

「同じ学校の生徒でもか?」

「そうだ。寮には寮内での決まり事がある。

同じ学校でも寮生でなければ入れない」

「そんな……でも、顔を隠してお前と一緒に

行けば怪しまれないだろ?」

「それがな~、セキュリティが厳しくて一人

一人虹彩認証しないと入れないんだよ」

「虹彩認証って……高級マンションじゃあるま

し、嘘だろ?」

「嘘じゃない、『大事な生徒に万が一にも危

険が及ばないように』との配慮だ。不審者に

でも入られたら名門に傷が付くからな」


俺達の通うここは名門と名がつく私立高校

それなりの学費を払っている、寮費だって相

当な額なのだろう。


「親の面会は?親も入れないのか?」

「親は身許確認後、来客用の玄関から入る」

「………マジか…」


そんな厳重な守りを突破するなんて無理だ。

今日はもう大野君に会えるチャンスはない…

失意にガックリと肩を落とす俺の背中を慰め

るようにポンポン叩き柔道部は言った。


「今日が駄目でも明日がある!明日また頑張

ればいいんだ!」

「…………そうだな」


俺としたら出鼻を挫かれたような状況だが、

腐っていても始まらない。

明日、必ず大野君に会い話をするために今日

は英気を養うことにしよう。


*


明日は朝イチで登校して、下駄箱の前で大野

君を待つことに決めた。

校舎に入るには必ず靴を履き替えるから絶対

に会えるだろう。


同じ寮生であるあの二人ともかち合う可能性

は高い。彼等にどんな妨害をされようと負け

るわけにはいかないんだ。

なぜならこれは俺と大野君の問題だから。


仮に努力虚しく会えなかったとしてもまだ昼

休みや放課後がある。

めげることなく挑もうと決め、早々に床につ

いた。


しかし気合が入りすぎたのか、なかなか眠気

が訪れない。

様々な手法で眠ろうと試みたけれどどれも失

敗に終わり、仕方がないのでスマホでも弄る

かと手にとったタイミングでメールの着信が

あった。


とても良いタイミングなので吉報かと直ぐ様

液晶を見ると〖大野君〗とあり、久しぶりの

彼からの連絡に胸が高まった。


どうか良い内容でありますようにと、祈るよ

うな気持ちでメールを開く。

そしてそれが悪い知らせだと理解した…


〖もう来ないで〗

〖放っておいて〗


恐れていた〖嫌い〗は無かったけれど、それ

と同様の言葉がある。

俺は大野君に拒絶された………


サーッと血の気が引くのを感じた。

胸の高鳴りなどとっくに消え、絶望の淵へ突

き落とされたんだ。





「おい、お前大切な人と会えたのか?」


朝っぱらからスマホを見て、重い息を吐く俺

の所に柔道部がやって来た。


「昨日の晩もう来るなってメールが来た…」

「マジか……」

「心の整理がつくまで放っておいてってさ、

そう言われたら会いに行けないよ。それに彼

の友人達も邪魔をするだろうし…」


大野君がそう決めたなら、あの二人が絶対に

俺を彼に近付けさせない。


「……嫌われたんだ、俺」

「櫻井……」

「せめて一言謝りたかったな……」


たとえ許されなくても自分の犯した罪の謝罪

だけはしたかった。

それさえもう出来ないんだ。


「あぁ……俺もう駄目だ…」


机に突っ伏し溜め息を吐く俺には、壮絶な悲

愴感と絶望感が漂っていることだろう。

そんな俺を眺めていた柔道部は突然妙な質問

をしてきた。


「なぁ櫻井、お前木登りできるか?」

「したことねえよ…」

「木登りできれば寮に入れるんだが」

「えっ??」

「俺の部屋のベランダ付近にな、枝っぷりの

いい木が生えてるんだ。そいつを使えば寮に

侵入出来ると思う」

「入れたとしても俺が寮生じゃないとすぐに

バレるだろ」


いい具合に寮に入れても身バレすればすぐに

追い出される。

部屋番号も知らない俺が大野君を見つけるこ

とは不可能に近い。


「それは大丈夫だ、俺に良いアイディアがあ

るからな。ハロウィン パーティーに紛れ込め

ばいいんだよ、 お前も仮装すれば身バレもし

ないだろ」

「ハロウィン パーティー……」


大野君が女の子の格好でやって来た日に、パ

ーティーの事を話していた。

確か女の子のモンスターの仮装をすると言っ

ていたから探し出すのは容易かもしれない。


「寮の掟を破ることになるが、お前はそれで

もいいのか?」

「かまわん。友人が難儀していれば手を貸す

のは当然、それが友情だ」

「すまん……頼む」


こいつの事を〖寮のアイドル大宮SKのタカと

かいう奴に現を抜かすイタい奴〗などと思っ

ていたのを撤回する。

義理人情に厚いとても良い奴だった。


柔道部に感謝しつつ自分に渇を居れる。

これが最後のチャンスかもしれない、大野君

の心情には反してしまうけど俺はあなたにど

うしても会いたいんだ。


だから無茶を承知で寮に潜入する、そして必

ずあなたを見つけ出すから。




ハロウィンパーティーは今週末

それまでに木に登れるように、そして高所恐

怖症をなんとかしなきゃ。








頭が痛い

(リアル)